動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

by AlphaWolfy
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 秋に助三郎をもらってきたことがよかったのでしょうか、肌寒くなってきたものですから、二匹をおそるおそる同じケージに入れたのですが、喧嘩はなさそう。思い切って、しきりを取り外すと、二匹は夜には一緒に寝ていました。

 トイレはどうなるのだろうと思っていましたが、年子がトイレで用を足すので、助三郎も真似して同じことを。爪とぎだけは、年子は好きでよくやりますが、助ちゃんはあまりやってくれません。それでも、この二匹は「猫の相談室」などに寄せられている問題は何一つなく、ぶんちゃんが「うちの二匹はお利口さんだね」と感心しています。

 季節柄、紅葉のケージは廊下から茶の間の中に入り、紅葉はいつでも誰かのいる場所にいます。ローリングしなくなったので、もうそばで一緒に寝ていません。シーツの交換のときに、茶の間に置くと、ぴょんぴょんと茶の間を丸く走ります。斜頸は相変わらずなので、同じ方向にしか走らないですが、ゆっくりと走っています。時々、おしっこしたりして、カーペットをはがしてお洗濯ということもありますが、そんなことは気になりません。走る姿を再び見せてくれたのですから。

 こちら助三郎。玄関のケージから出て茶の間に出されると、紅葉に興味があるらしくじっと見ています。意を決して、紅葉の頭に、ぱしっ。「こら、なにするの」と叱られても平気です。ケージの上に登ってみたり、中に入りたがったりと、こいつはどうしてこんなにやんちゃなのでしょうか。

 年子はそういう助三郎を見て、半ば唖然としているようです。茶の間に出されると、助三郎とは関係なく一人でうろうろしています。


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2006.08.31(Thu)21:10 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 年子が結構臆病で、シャイな猫であるということがわかったのは、助三郎が来てからでした。初めての猫だった年子のやることなすことを見て、「猫はこういうものなのだ」と思ってしまっていましたが、助三郎が来て、いろいろと違いがわかるようになりました。

 考えてみたら、子育てだってそうですよね。ぶんちゃんとダイナ君では全く性格も違うし、反応も違います。ダイナ君が生まれてくるまで、「子供はこういうものなのだ」と思っていますから、「こういうものではないようだ」という修正もまた必要になってくるわけで。

 最近読んだ本によりますと、長毛と短毛で性格が違うようで、長毛はおっとりしていて、短毛は活発なのだそうです。こういう十派一絡げの判別がいいかどうかは別にして、年子と助三郎を見ている限りは当たっています。また、年子は女の子で、助三郎は男の子ですから、男の子が活発なら、これもまた当然という感じも。

 年子は助三郎を認めると、まずピアノの下に避難。体の大きさからすると絶対負けることないのに、どうして逃げるんだよ。二匹の間に緊張状態が走りましたが、積極的に喧嘩まではいきません。ダイナ君が助三郎と遊んでいるところを、年子は遠巻きに見ていて、「私も遊んでよ」とは寄ってきません。ちょっと時間がかかるかなあ。でも喧嘩はしないのか。

 紅葉が随分元気になったおかげで、犬用トイレが不要になり、ダンボールの中にとりあえず犬用トイレをいれ、それを囲うようにダンボールの壁があるのですが、初日にさっそく底から脱走してしまい、「こんなに小さいのに、もうこの高さを越してしまうの」と皆驚きました。同じ月齢の頃、年子はケージの一階から二階へと、「よっこいせ」と一段一段壁に足をかけて登っていたのですから。

 これは年子とは違う。

 走り方もすばしこいです。抱かれることを嫌い、「放してよ、僕は遊ぶんだよ。いいじゃないか」という暴れ方をしています。これを慣らしてしまったのがぶんちゃんです。ぶんちゃんは、助三郎を無理やり抱いて、顔を押し付け、じっとしているのです。暴れる隙がないほどぎゅっと抱きます。これを毎日やっていると、ぶんちゃんに対しては、上手に抱かれるようになり、ぶんちゃんの体に手を回して、「ま、こういうのもいいかな」という顔をしています。しかし、ぶんちゃんは年子がやはりお気に入りで、そんなことをしながらも、「年子はかわいいねえ」とおっとり寝転がっている年子を時間をかけて撫でるのでした。

 年子は来た日にもうトイレで用を足していましたが、助三郎は保育器育ち。砂がないところでどうしていたかというと、下に敷いてあるペットシーツを排泄した上にうまくかけて、見えなくしてしまう器用な術を知っているのでした。うちに来た最初の日には、やはりそうするので、「シートをかけなくていいから、この砂にしなさいよ」と紅葉が使っていた小さいトイレを入れておきました。翌日には砂のトイレにするようになり、「なんと猫は賢いんだ」と感嘆しました。

 年子と助三郎が三階建てケージに同居するにはまだ時間がかかりそうだったので、世帯主が一番上の階をふさいで、助三郎専用にしてくれました。二階、三階は床の半分だけが設置されているのですが、何もないところに太い針金を渡して、その上に紅葉の古いケージの床板を大きさに合わせて切って、一階と同じ広さにしました。

 「何やら新入りが頭上でうるさい」年子は気になる様子。尻尾がたれていると、ちょっかいを出しにいきます。
  一方、助三郎は、「下に年子ねえちゃんがいるみたいだ」と、下を覗き込みます。ほどなく二人は一緒に寝るようになるのでしたが、それほど仲がよいわけではなさそうでした、しばらくの間は。

2006.08.30(Wed)21:08 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 動物病院の仔猫は「ホワイティちゃん」と呼ばれていました。一緒に保護された猫が黒かったようで、体の色で呼んでいたようです。でも、白猫ではありません。尻尾は縞だし、顔にも柄があります。体の両側には島のような黒いところがあって、足にも手にも黒いところがあります。今でも、足の模様を見るたび、変な柄だなあと感じます。

 動物愛護団体ライフボードのHPには、猫は二匹飼いをお勧めしますと書いてあります。確かに、年子は手がかかりません。紅葉は病気なので、手がかかっていますが、病気がなくなってしまった年子にはトイレ掃除以外手がかかるところがなく、「猫って楽だな」と思っていました。

 私が忘れられないテレビ番組に、NHKの「動物園の一週間」(だったと思うのですが)があります。

 そもそも私は子供の頃から、テレビを見ません。今でこそニュース番組を見ますが、大学時代など全く見たことがありません。子供二人もニュースくらいしか見ません。ニュースが終わると、「消しなさい」とすぐいいます。テレビには嘘があるし、テレビの中には虚像がある。と感じるようになってから、見なくなったのではなく習慣として見なくなったのですが(時間がない)、現在のバラエティ番組を見ていると、ひどいなあと思うことはよくありますよ。「これっていじめじゃないの」と思うこともありますし、「人間として、そういうことするか」と思うこともあります。人の失敗を嬉しそうに笑ってみているし、学校でいじめが横行するのもわかるなあと思います。

 話はもどって、「動物園の一週間」です。その動物園のキリン舎の隣にはサイ舎があって、サイの親子がいるのです。そのサイのぼうやが隣のキリンさんにいうのです。「キリンのおいちゃん」(小さいのでおじちゃんと言えない設定になっている)と話しかけるサイのぼうやは、角が立派になったねと言うキリンさんに「おいちゃんもそう思う? おかあさんが大きくなればもっと立派になるって言ったよ」と言うのでした。キリンさんは、ぼうやがいなくなってから、「サイの角が立派だってことは、本当はサイでないとわからないんだろうな」とつぶやくのです。

 私が何を考えたかといいますと、猫は猫同士でないとおもしろい遊びも、楽しいじゃれあいもできないのだろうなと。いくら人間が相手をしてあげたって、種が違うと理解しきれないところがあると、まあそういうことです。

 それで、ダイナ君が調子が悪くなって、動物病院の近くの大学病院(普段は近くの病院で点滴しているのですが、調子が悪くなると、もともと診てもらっている大学病院に点滴に行く)で点滴をしている間に、動物病院に行って、「後からダイナ君を連れてきます。仔猫を見せてください」といいつつ、手作りクッキーを渡すのでした。

 私はお料理は大嫌いですが、なぜかお菓子作りは好きで、いかに手抜きしつつ(粉を二回ふるうとか、室温にもどすとかをどうしたら省略できるか)ケーキを焼くか、ということに挑戦しているのでした。それと、市販のものはお砂糖が多すぎる。どこまでお砂糖をカットできるか、どこまで味として耐えられるか、というチャレンジをしているのでした。

 で、ダイナ君とぶんちゃんを連れて、動物病院に行き、「猫をもらって帰りたい」と申し出ました。うちの一家なら大切にしてもらえるだろう、というので許可が出て、連れて帰ったのですが、当然命名権はぶんちゃんにあって、いろいろ迷いましたが、「助三郎」となりました。

 ぶんちゃんは、病院の人たちが、「ホワイティちゃん」と呼んで大切にしていたのなら、それでかまわないといったのですが、「横文字はいやだ」と反対したのは、私お狂でした。となると、選択肢は「助三郎」か「格之進」しかありません。ぶんちゃんは「助三郎」を選んだのでした。

 ところが、この助三郎、深いダンボール箱を病院でもらって、とりあえず玄関に入れたのですが、初日から脱走する奴だったのです。


2006.08.27(Sun)21:04 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 兎一匹、猫一匹、亀二匹、人間は四人、の家はそこそこ落ち着いている感じで、兎の紅葉には手間隙がかかるときもありましたが、自分で餌を食べ、自分でお水を飲み、首が傾いていますが、普通に生活しています。猫の年子は、かわいいねえと言われていた時期がいつのまにか過ぎて、ケージから出すと、夜には闇とまぎれて、「ぶみ」と踏んでしまうこともしばしば。

 亀二匹は、ダイナ君が水かえするときには、必ずお庭に出して甲羅干しをさせています。亀は思いの他、足が速く、少し目を放すと、「いなくなった」とダイナ君は真っ青になるのです。ダイナ君は父親と似て、目の前に物があっても気がつかない人で、大抵私が見つけて、「ここにいるけど」と半ば怒るのでした。見つかったからいいようなものの、見つからなかったらどのくらいいやな気持ちになるか。事故に合ったり、犬や猫につつかれたり、帰りたくても帰れないことになるのだから、と怒るのですが、数回そういうことがあってから、「おかあさん、水槽洗ってるから、カメ子を見張ってて」と言うようになりました。

 十月も終わりかけた頃、紅葉は体調が少しでも悪くなったら動物病院へ、年子は一月に一回は爪きりと蚤とりのお薬を付けてもらいに動物病院へ行くのですが、ある日、診察室の奥の保育器に小さな仔猫発見。ぶんちゃんが「かわいい~」と声をあげると、ダイナ君も「あ、ほんとだ」先生が「見てきていいですよ。里親さん募集中なんです」「里親さん?」「二匹でどぶに落ちていたところを保護したんですけどね。体温が下がってもう駄目かと思っていましたが、なんとか元気になってくれて、もう一匹の黒い子が今日貰われていって、寂しそうにしているんですよ」

 すきん!!いつも一緒にいた兄弟が貰われていって、一匹で残されている。そして寂しそうにしている。こういう話に弱いんだよなあ。子供二人は「わ~、かわいいねえ。連れて帰りたい」「年子がおねえちゃんの猫なら、僕もほしいよ」おもちゃじゃないって。

 見にいくと、子供二人はかわいいと言っていますが、私は口の形があまりかわいいとは思えなくて、「もっとかわいい猫はいっぱいいるよ」と心の中で言っておりました。「年ちゃんが何ていうかね」「年子を連れてきてみようよ」看護士さんの許可を得て、保育器の上に置いてみると、年子は相手の姿を見るなり、逃げようとします。「駄目だよ、駄目駄目。年ちゃんが仲良くならないと連れて帰れないでしょ」「すぐには無理でも、時間をかければ何とか」いつのまにか若い先生がフォローに回ってしまった。

 とりあえず、その日は帰ってきたのでした。

                 つづく

2006.08.26(Sat)21:01 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 年子が家族になり、ごんちゃんがワンショットでやってきたりと、それなりに忙しかった2005年夏でしたが、紅葉の看病は日々怠らずにやっておりました(当然だろ!!)。

 ステロイドの注射が一日二回の内服になり、一日一回10ccになり、それを少しづつ減らしていきました。ところが、5ccになったところで、再びローリングの発作が出てしまい、あわてて病院に行くと、ステロイドを大量に注射し、また内服にもどしていくという作業にもどってしまいました。「ステロイドは肝臓に負担がかかるので、なるべく投与したくないですが、それしか治療方法がない。減らしていって発作が出たということは、切れないということですが」

 暗澹となっていきましたが、とにかく今の状態を脱しなければなりません。

 ただ、動物病院に行くことはそれなりに楽しかったので、それだけが救いでした。院長先生はよほど状態が悪くならないと診察してくれなくて、若い先生が診てくれるのですが、それはそれで不満ではなかったし、看護士さんたちは優しいし、動物病院に来ている人たちは全部が全部とは言いませんが、動物の体を心配しているから来ているわけで、飼い主としてはよい飼い主である方が多いので、気軽に話しかけることができます。自分のペットの状態がよくなくて、そばにいるペットが元気そうにしていると、その落差に暗くなってしまうこともありましたが、それでも元気のない動物ばかりが集まってしまうのも、これまた暗いお話で、「紅葉も元気になろうね」といいつつ、元気なかわいい犬猫に目をやるのでした。

 紅葉を抱いて、ダイナ君が受験勉強しているのを見ていると、ノートから目を上げたダイナ君がこんなことを言いました。

「おかあさんは、僕といるより、紅葉といる方が楽しいみたいだね」

「そんなことはないよ。ただ、紅葉の世話をきちんとしていれば、紅葉は病気にならなかったかもしれない。それを思うと、紅葉に申し訳なくてたまらない。今は紅葉にいっぱい話しかけて、愛されていると思ってもらいたいんだ」「ふうん」

 ぶんちゃんとダイナ君が茶の間で一緒に勉強することもよくありました。そのそばで紅葉に「愛しているよ」と言うと、ぶんちゃんもダイナ君も私に尋ねるのです。「私は?」「僕は?」「愛してるよ」「言い方が違う。紅葉に言うときの方が優しい」私は苦笑してしまいました。「私と紅葉とどっちをたくさん愛してる?」と尋ねないところは、十代半ばだからでしょうか。

 年子は玄関のケージから出たくなると、にゃあにゃあと鳴くのですが、紅葉は兎だから当然鳴きません。「紅葉はお利口さんだね。遊んでほしくても、餌がなくても、鳴かずに我慢していたんだね」と言うと、なぜか涙が出てきました。鳴かないことをいいことに、ろくに世話しなかったのです。

 ダイナ君の二匹の亀。彼らも何も言いません。でも、ダイナ君は学校に行くときは、玄関の水槽に向かって「行ってくるよ」といい、帰宅すると「ただいま~。亀お二人にもただいま~」と言うのでした。

 自分の気持ちを伝える術が少ない動物ほど、飼い主がわかってあげる努力をしないといけないのだと、年子が来るまではわかりませんでした。


                 つづく
2006.08.25(Fri)20:57 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
「確かに犬は飼いたかったけど、最初からこんな大きな犬はなあ」と世帯主。
 家の中でも犬派と猫派に分かれていて、ぶんちゃんは無類の猫好き。「年子が犬だったら、拾ってこなかった」というくらい、猫が好きです。猫を相手にしているのを見ていると、確かに「よくこれだけ猫には愛想がいいねえ」と思えてきます。対して、ダイナ君は犬派です。散歩に出かけたい、一緒に駈け回りたいというのがあって、これは個人の性格にもよるのでしょうか。

 猫はあまり人の機嫌をとらず、自分勝手に生活しているようですが、犬は「忠犬ハチ公」の物語のイメージ通り、ご主人を忘れないという日本人の大好きな忠誠心を持っているようです。猫もご主人のことを全く無視することもないのですが。

 とにかく、私とダイナ君は二人でお散歩に出ました。ごろうざは引きの強い犬で、自分の行きたい方向に行こうとします。「犬の散歩ってこんなに大変なものだったのかな」とダイナ君。信頼関係が築けているわけでなし、だいたいにおいて、夏休みといえども受験生のダイナ君が犬と一緒に遊べる時間はそうそうなく、食事を与えている私でさえ、発情ぎみのごろうざをもてあましています。

 それでも朝は私が一人でごろうざを散歩に連れていき、夜はダイナ君と一緒に行き、家の近辺をくまなく回りました。あまりご近所つきあいがないので、ごろうざが私の知らないご近所の家を脱走してきたかもしれず、その家の前を通ったなら、中に入っていこうとするでしょう。引越しで遺棄されたなら遺棄されたで、空家の家に入っていこうとするでしょう。飼い主がいないということを見極めてから、フィラリアの治療をしようと思ったのです。その時は、迷い犬を保護したら保健所に連絡する、ということを知らずにいました。

 「ごろうざはフィラリアを治してもらいに、うちに来たんじゃないの」というぶんちゃんの言葉に、飼うことを決め、病気の治療を始めることにしました。動物病院に連れて行き、治療を始めてくださいとお願いし、粉薬をもらって帰宅した二日後、ごろうざの本名は「ごん」だということがわかりました。

 ごろうざはあまり吼えない犬でしたが、うちになついてきたのか、たまに吼えることがありました。夕方、食事のしたくをしていると、うちの向かいの方が知らない方を連れてお見えになりました。「奥さん、この犬」と言われたときに、ごろうざの飼い主さんであることはすぐわかりました。うちとは目と鼻の先、1ブロック先の方です。面識もなかったほどですから、その家に犬がいるということも知りませんでした。一階が駐車場、二回におうちの玄関がある家で、二階の玄関の奥のスペースが犬小屋になっていたようです。

 この犬はよく脱走するんですよ。二、三日したら帰ってくるんですけど、今回一週間も帰ってこないので、どうしたのかなと思っていたんです。息子が大学時代に下宿先で拾った子犬で、就職のために神戸に行くことになったとき、実家に連れて帰ってきたんです。うちはもう犬は五匹めくらいでしょうかね。昨夜、主人がごんの鳴き声がするって言うんです。近くにいるらしいと。それで捜していたら、お宅につながれていたんです。「フィラリアがいるようですが」「そうなんです。この犬は長生きしないと思います」

 私もダイナ君も飼うつもりになっていたので不本意な気持ちを押し殺し、病院からもらったドッグフードとフィラリアの薬をお渡しし、ごんちゃんにさよならしました。「うちは夫婦二人とも忙しくて、あまりお散歩もさせてあげられないので、おにいちゃん、いつでも散歩させてあげてね」と言ってくださいましたが、私達の喪失感は大きなものでした。

 世帯主が「春になったら(ダイナ君が高校に入学したら)、子犬を飼うか」と言ったので、ちょっと気持ちが晴れました。ごんちゃんはフィラリアを治療してもらえないのかな。確かめることができませんでした。ごんちゃんは、自分の家の前を通ることが何度もあったのですが、何の反応も示さず、素通りしていました。帰りたくなかったのかな。ごんちゃんは一週間、うちの家族でいました。

                  つづく

2006.08.24(Thu)20:53 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 うちの家は汚いです。私がお掃除をよくさぼるので。古いし、狭いし、住み心地悪いです。ところが、不思議なことに、このむさ苦しい家に、なぜかぶんちゃんの友人が集ってきます。「どこで勉強しようか、ということになって、相談したらうちになった」「夜、皆で出かけるまでの間、うちで時間をつぶすことになった」「うちでビデオを見ることになった」2005年8月も終盤を迎えた頃、「夏休み最後の遊びとして、うちで夜を徹してレンタルホラービデオを見ることになった」

 堪忍してくれよと思いましたが、人の来ない家より来る家の方がいいだろうと、ぶんちゃんの友人二人がやってきました。紅葉と年子とカメ子とレックス。どちらかというと、小さい動物ばかりで、一晩一緒に寝ても、実害のない連中ばかりです。うちの家は玄関を出ると、車を置くスペースがあって、門を閉めなければなりません。開けていても盗られるような物はないんだけど、物騒だからね。あ!私の自転車、盗られたことがあります。盗られないだろうと鍵をかけたまま置いておいたのでした。

 それはさておき、夜十二時になった頃、門を閉めるかねと玄関の扉を開けると、「わ!!!」大きな犬が扉の前に寝そべっています。私を見て、逃げるでもなく、ずっとうちに居るかのように、「ああ、出てきたの」って感じです。犬が飼いたいと言っていたダイナ君をあわてて呼びます。私の大声につられて、ぶんちゃんと友人二人も出てきました。玄関での騒ぎに、当然世帯主も登場。「なんだ、この犬」

 「首輪はあるね」「随分大きいね」「お座りが出来るんだ」「飼われていたんだね」「でもどうして、うちの前にいるの」「人なつっこいね」出された水を一気に飲んだので、もう一杯。「朝になってもまだいるようだったら、病院に連れて行こう」という私の言葉に、「名前はどうしようか」とさっそくぶんちゃん。「僕につけさせてよ」「だめ、ダイナはセンスないから」「い~、いいじゃん、おねえちゃん、年子の名前つけたじゃないかあ」

 翌朝、扉を開けると、大きな犬はまだいました。大きいといっても、ゴールデンまで大きいわけではないけれども、犬など近くでまじまじ見たことがないので(子供の頃、秋田犬を飼っていました。祖父に懐いていて、私を見ると吼えてくれるので、さわったことがありません。あの犬は大きかったなあ)、大型犬の部類の入るのでしょうか。ぶんちゃんと友人一人が、病院についてきました。ところが、車の中で、犬君はよだれはたらすわ、じっとしていないわ、「おかあさん、まだ着かないの」と悲鳴をあげる始末。まだ着かないかどうかは行ったことがあるんだから、わかるだろ!

 「、というわけです」「それでどうされるんですか?」「飼い主が出てこなかったら、うちで飼うしかないですね」「犬君の名前は?」「加納五郎座衛門です」「え!? どんな字ですか」すらすらと書いてみせるぶんちゃん。ぶんちゃんによると、「暴れん坊将軍」のじいの名前らしいです。ということは、老中?

 去勢していない男の子ですね。血液検査をしておきますか? 紅葉、年子に感染するような病気だったら困るので、調べてもらうと、「フィラリアがいますね」目の前が真っ暗になりました。その当時の私にとって、フィラリアというのは、治療が長いというもので、紅葉、年子にうつったらどうなる、という不安がいっぱい。後から尋ねると、年子はリボリューションをたらしているので大丈夫、兎に感染した例はあまりないらしい、ということで、ほっとはしたのですが、先生が「どこまで調べますか?」「どこまでって?」「レントゲンを撮って、心臓、肺にどの程度のダメージがきているかみておきますか?」「う~ん。うちの子じゃないしな。でも、うちの子になるのなら、治療は早い方がいいな」レントゲンを撮ってもらうと、まだ心臓や肺に変形まではきていないとのこと。治療についてはどうするか、少し考えさせてもらうことに。

 「フィラリアがあるなんて」「それで飼い主が捨てたんじゃないの」「夏だから、転勤で捨てていったのかも」どうしてこういうことになるんだよ。動物病院では、ダンボール箱いっぱいにドッグフードの試供品を渡してくれました。「餌はしばらくあるけどなあ」ぶんちゃんの友人は帰り、一人思い悩む私に、ダイナ君はもう飼うつもりでいます。リードを買いにいき、お散歩をさせることにしました。ところが、ごろうざはめちゃくちゃ引っ張るのでした。


2006.08.21(Mon)20:49 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 紅葉は斜頸を発病してから、いろんな病気を発病しました。

 ダイナ君もそうですが、肝臓が悪いとそのために、他の臓器に負担がかかり、いろんな病気を併発することになります。

 同じ側ばかりを下にして、横を向いて寝ているため、下にしている目が塞がり、目やにが出る。耳の通気が悪くなり、耳に炎症が出る。その上に、歯のかみ合わせにずれが出てきてしまったのです。歯を削ったり、抜いたりするには、麻酔をかけないといけないのですが、今の紅葉に麻酔をかけるにはリスクが大きすぎる。もっとひどくなったときに、考えましょう、という結論になってしまいます。

 それでも、注射して入れていたステロイドを一日二回の内服にし、それが一日一回になり、量が少しづつ減っていく。それに伴って、紅葉も次第にローリングの回数が減り、食べる量も増えてきて、自分で食べるようになり、自分で飲めるようになり、排泄物も大きくなり、量も増えてくる。

 と同時に、年子も体についていた付属品のような病気がなくなっていき、ダイナ君が触れてもよくなり、紅葉のケージが置いてある茶の間(暑くなってきたので、クーラーのきいている茶の間に移動したのでした。玄関と数十センチしか違わない、つまり玄関からすぐ茶の間があるのですが)に、年子も時々出してもらえるようになりました。

 年子はうちに来たときは一ヶ月の仔猫でしたから、遊びたい盛り。紅葉のケージに飛び乗ったりして、ようやく座れるようになった紅葉に「ぱしっ」と小さな腕でパンチを入れます。「こら!!」と世帯主に叱られ、「紅葉に何をする!!おまえは反省してケージの中にいなさい!」と追いやられてしまいました。

 年子のために、玄関に三階建てのケージを買いました。多頭飼いケージという奴です。一番下に入れると、月齢のため、ふわっと二階に飛び乗る、ということができません。まだ先だね、と思っていると、翌日には、足をかけて一段づつ、「よっこらせ」と登っています。下には降りられないのだろうと思っていたら、すとんと飛び降ります。恐るべし、猫!!

 いつもはこの玄関のケージに入れていて、朝、昼、晩に一回づつ、茶の間に出してあげます。年子は「遊びたいよ。出してくださいよお」とにゃあ、にゃあと鳴くのですが、ケージの扉を開けると、するっと扉から抜け出て、勝手に茶の間に入っていきます。そして「誰が鳴いていたんでしょうね。私じゃありませんよ」とばかりに、鳴き声一つあげず、あっちにどたばた、こっちにどたばたするのでした。

 猫を飼うなら室内飼いに。猫はケージの中に入れて飼って、長くなくていいから時々、家の中で遊ばせる。という原則を守っていました。が、猫は外でうろうろしたいのでは、と思い、夜には年子を抱いて、家の前の道路に出たりしました。光る車が来ると、私の肩に爪を立てて、逃げようとするので、困りものですが、年子を抱いたままで、うろうろと家の周辺を歩いたりもしました。

 私の実家が車で十五分くらいのところにありますが、ある日私の父がやってきて、玄関のケージにいる年子を見て「これは何だ」「う~ん、猫かな」その日の夜、母から電話があり、「猫を飼うと、家の中が滅茶苦茶になる。私が捨ててきてあげるから」「うちの家のことはうちで決めるから」

 当然、ぶんちゃん、ダイナ君は怒り心頭。「おばあちゃんは何てことを言うんだ、捨ててくるだって?」「そういう人が多いから、猫や犬が路頭に迷っているんじゃないの」後から、二人の怒る声を聞いた母は、孫に嫌われたくないので、黙ってしまいました。やってくると「年ちゃん、まあ大きくなったね」と今では言っていますが、その時は一緒に住んでいなくてよかったと思ったものです。この後、動物が増えてくる度に、母はちくちくと私に文句をいい、ぶんちゃんとダイナ君に文句を言われるのでした。今では、格之進をちょっと預かってくれたり(懐いてないですが)、猫におやつをあげてくれたりするので、心底動物が嫌いではないのだろうと思います。紅葉にも「紅葉ちゃん、どうなの? 元気になったの?」と声をかけてくれたり、パイナップルジュースを作ってくれたりするので、私達が大切にしているものについて、理解する努力をしてくれたのではと思います。

 紅葉にしても年子にしても、家族として、皆が大切にしている。その態度を見せてこそ理解が得られるというもの。身を徹して守る、というのはなかなか難しいことですが、命というのは決して粗末にしてはならないのだと子どもに見せておかねばと思っています。命は、自分で作ることも奪うこともできないものだと知っておくべきでしょう。神様が与え、奪うものですから、人間は自分の命も含めて、どの命も守ることしかできません。できることを一生懸命やる。人が生きるということはそういうことで、他人も動物も植物も同じように守っていかねばなりません。(偉そうなことを言っておりますが、それができなかったから、紅葉は発病したのだと理解しています)

                    つづく
2006.08.18(Fri)20:46 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 年子が来る随分前のことです。
 
 私達が通っている教会には、付属幼稚園があります。ダイナ君は家族で一番動物好きなので、勝手に一人で園庭を見て回っていたのですが、私によく「おかあさん、亀を見に行こう」というのです。もう中学生なので、「一人で見ていて」と私は興味を示しませんでした。「大きなたらいに、あんなにいっぱい亀を入れて、あれでは飼育環境が良くない。かわいそうだよ」としきりに言うので、「では一匹もらいなさい」

 亀はダイナ君が一人で世話していて、全く手がかからないので、特になにとも思わずそういったのでした。それでダイナ君は教会に来ている幼稚園の主任先生に、「亀を一匹ください」と申し出ました。先生は二つ返事で喜んでくれました。園児のご父兄の方が持ってきてくれたので、捨てることもできず、それなりに世話していたそうですが、大きなたらいに六、七匹もいたでしょうか。もてあましている、という感じでした。「冬には枯葉を敷いたりして、いろいろと工夫はしているんだけれどもね」幼稚園には兎も鶏もいます。なかなかすべての世話をするのは、大変でしょう。

 学校飼育の現場でもいろいろな問題があがっています。動物が好きでもない先生に、飼育が当たってしまったら、動物がかわいそうです。動物を飼うには、その動物に適した環境を整えてあげねばならないのは当然のことですが、捕食しないなら全部一緒に入れとけ、とばかりに同じ場所に入れられて、餌を与えられる動物の身にもなってほしいものです。

 私も知らなかったので、偉そうなことは言えないのですが、どの動物にも飼育に最適な温度、湿度があります。犬と猫なら、犬の方が暑さに弱いでしょうし、猫の飼育には高さが必要だけれども、犬の飼育には運動量が必要とか。基本的なことですら、自分で興味を持って調べなければ身に着きません。

 ダイナ君は小学生の頃から亀を飼っていたので、小学生の頃、担任の先生が飼育の係になったとき、ダイナ君に「亀の飼育書があったら貸して」と言ってきました。ダイナ君は本を持っていって、いろいろとアドバイスをしてきたらしいです。

 あわわ、それでその亀は、「レックス」とダイナ君によって名づけられました。ぶんちゃんが、「あ、大きな亀。年子ね」「年子はいやだ」「年子でいいじゃん。年子」「いやだ、レックスに決めてある」「年子の方がいいのに」ぶんちゃんは「年子」という名前に思い入れがあったのでしょうか、自分が拾ってきた仔猫に結局「年子」という名前を与えてしまいました。

 亀が来たのはいいのですが、先住亀「カメ子」は新参者のくせにやたら大きなレックスに恐れをなしています。「おかあさん、レックスが餌を食べてしまってカメ子に餌が回らないから、水槽を別にしないといけないよ」

 そんなことになるなんて!!!!

 動物の飼育には「予期せぬ出来事」がいっぱいです。

                    つづく

y
2006.08.17(Thu)18:54 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 年子を保護した翌日。消毒薬をいっぱい買い込み、感染はいやだとおっかなびっくりの世話を始めました。だいたい、私が今まで動物に興味がなかったのは、不潔だからです。飼われている猫といえども、外の地面をべたべた歩く。犬は犬で、電柱とか土のあるところで、排泄をする。そういう汚い行為が、非常に不衛生に感じて、そばに寄りたくなかったのです。

 というのに、年子は変な虫をいっぱい体に持っている。

 だけれども、捨てるわけにいかず。(その時は、動物を捨てたら罰金を取られるなんてこと、知りませんでした。知らない人は多くいると思いますね)元気になってもらって、里親を見つけるしかありません。

 紅葉は玄関の上の板の間。年子は玄関の石の上。ダイナ君は病気を持っているため、普通の人より感染に対して弱いので、決して年子には触れないこと、と厳命しました。

 玄関のそばにいくと、年子はケージの中から小さな腕を出して、私の足にちょっかいを出すのです。「誰かな? おかあさんの足にちょっかいを出すのは誰かな? 年ちゃんかな?」といいつつ、玄関の掃除をするのでした。トイレはなんなく覚えてくれたのですが、砂を掻き出してしまうので、お掃除の手間が増えました。蚤とり櫛で毛をすくと、まあ汚い黒いゴミがついていること、ついてくること。三日間くらいせっせとすきました。

 一方、ぶんちゃんは知り合いに片っ端から「仔猫、飼わない?」と尋ねまわっていました。ダイナ君はというと、「年ちゃんを人にあげたらいやだ」と言うのです。汚い猫だというのに、ぶんちゃんは平気で年子に触れて、「おまえはかわいいね。いい子だね」というのでした。それくらい、紅葉の面倒みろよって感じです。

 ある時、紅葉がダンボールの中でローリングをし始めました。私は紅葉を抱き上げましたが、紅葉は珍しくまだ暴れています。私はいつもおとなしくなる紅葉が、激しく暴れるので、大きな声で思わず、「神様、助けてください。紅葉を助けてください」と祈りました。ダイナ君があわてて私のそばにやってきて、一緒に祈ってくれました。紅葉はおとなしくなり、ほっとすると、年子が「にゃあ」と鳴きました。ダイナ君が「年子が大丈夫?って鳴いたよ。年子も家族なんだよ」と言いました。「ダイナ君、年子はおねえちゃんのお友達に渡すことになっているんだよ。」「え? 僕は年子の里親さんが見つからないようにって祈っているのに」「年子にとって、うちで飼われるより、その子の家の方がしあわせならその方がいいでしょう」「でも、年子がいなくなるのはいやだよ」


 ある日、ぶんちゃんを車で学校に迎えに行くと、ぶんちゃんが友達二人を連れてきて、「年子を飼ってもいいという友達が、もう一人の友達と一緒にうちに見にくるって」ということで、車に乗せることになりました。運転しながら、後ろで話しているそのぶんちゃんの友達の会話を聞いていて、この子に年子を渡すのはいやだなと思いました。うち来て、3人で「年子、かわいい~」というのを聞いていましたが、次第にこの子に渡すのはいやだと思い、猫を飼う注意というメモ書きをあわてて書きしるしました。

 毎日ブラッシングする。一月に一回、蚤とりの薬を塗布する。ペットショップで売っている薬はきかないので、動物病院に連れていくこと。一年に一回は予防注射をする。爪きりも長さを見て、まめに行なう。避妊手術をする。室内で飼育する。まだもっと書いたかもしれません。

 それでぶんちゃんの友達が帰るときに、その紙を渡して、「年子はうちにとってもかわいい猫だから、信頼の置ける人にお願いしたい。だから、このメモを読んでできそうにないなと思ったら、断ってくれたらいいから」「はい、わかりました」ぶんちゃんには、「あの子はいやだよ」と言っておきました。ぶんちゃんも「うん、そうかもね」それからしばらくして、「これからバイトをしたいし、家に誰もいない時間が長いので、猫を飼うのはやめるって言ってきた」

 ダイナ君は喜んで、「それじゃ、年子はもううちの子だよね」世帯主も「猫より犬の方がいいんだが。まあ、飼ってもいいけど」どうせ、世帯主が世話するつもりがないのはわかっています。しかし、紅葉のときとは違い、ぶんちゃんが世話できないなら、私が世話する覚悟はできていました。ぶんちゃんも拾ってきた責任を感じたのか、年子には声をかけて、遊んでやったり、抱いてやったりしました。トイレの世話もします。考えようによっては、ぶんちゃんに動物を与えたのが早すぎたのかもしれません。小学生では責任をもてず、高校生になってようやく責任を感じるようになったのでしょう。

 それに比べると、ダイナ君は小学生だったにも関わらず、きちんと亀の世話をしていました。その子供によって、命を預ける適齢期というのがあるのかもしれません。これを見極めることは、非常に難しいですね。私が動物を飼っていて、動物というのは、本当に手間がかかるのだと子供が認識していれば、安易に動物を飼いたいとも言わなかったかもしれません。また、これとこれができるなら、動物は自分でも飼えるのだとわかったかもしれません。いずれにせよ、きちんと世話してもらえなければ、動物が不幸になるのだと理解しておくべきでした。また、世話ができていればいい、というものではなく、一歩進んで、ペットではなく家族となるために、人間が心を配らなければならないということを、知っておくべきでした。

 紅葉、ごめんね。紅葉と同じ思いを、年子にはもうさせないからね。

                   つづく

2006.08.15(Tue)18:50 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 紅葉が発病して一ヶ月半たった六月も二十日を過ぎた頃。
 ローリングを頻繁にするようになった紅葉をつれ、今日も病院に行こうとダイナ君と一緒に車を家から出したときのことです。学校から自転車で帰宅寸前のぶんちゃんが。一緒に行くのかと、車の窓を下ろすと、「怒らないで!!」

 何を怒らないでと言ってるのかと思うと、ぶんちゃんのハンドルを持つ手には見慣れないお弁当袋が。「仔猫を拾った。目が見えなくて、道路そばで車にひかれそうになって鳴いていた。」目が見えないと聞いて、「とにかく病院に連れていこう」

 ぶんちゃんのひざの上の袋の中でがさごそ。小さな黒猫で汚いこと。「あ、目が開いた」病院に連れていくはいいのですが、次第に暗澹とした気持ちに。「紅葉がいるから仔猫は飼えないよ」「わかってる。でも、道路のそばで車にひかれそうになっていて、にゃあにゃあ鳴いていたの」「「それはわかるけど」「目も見えないから、死んでしまうと思って」「どうするの、里親見つけなきゃ」「私が捜すよ」「捜すって、ぶんの友達は皆子供じゃん。親が飼ったらだめといったらおしまいだよ」「とにかく捜してみるわ」どうするんだよ、猫。

 私の重たい気持ちと裏腹に、「名前は吉宗だよ。一緒に帰ってきたすうちゃんにそう言ってあるの」「その袋、どうしたの」「すうちゃんが貸してくれた」「お洗濯して返さないといけないね」どうするんだよ、猫。

 動物病院の受付では「仔猫を拾ったんですが、病気みたいなので」「それで、その猫、どうされるんですか?」「うちでは飼えないから、こちらでは?」「お預かりはできないですねえ。ホームページとか、張り紙とかして里親さんを捜していただかないと。こちらもご協力はしますが」どうするんだよ、猫。

 診察室の中では、みゃあと鳴く猫を手に、先生が「メスですね」「吉宗じゃないんだ」目が開きにくいのは、目やにのせいで、目薬をさしてもらいながら、「目薬を入れてあげれればよくなりますからね」黒い体についた蚤の残骸。若い女性の先生が蚤スプレーを吹くと、ぴょんぴょんと二匹ほど暴れ出てまいりました。初めて見る蚤に「え~、蚤だよお」と声を上げると、「これはもう死にかけてますね。元気だったら、飛び方はこんなもんじゃないですから」耳を見ると、「ダニがいますね」体温計についた排泄物を検査して、寄生虫がいるかどうか調べる間、病院の外で待ちます。どうするんだよ、猫。

 「寄生虫が二種類いますね」こんな小さな体に、いくつ扶養家族を持ってるの、この子は!!なんかもう泣きそうです。そこに、若い男性の先生が出てきました。患者の犬さんを探しにきたのですが、がっくりしている私を見て、「あれ?今日は仔猫も?」「ぶんちゃんが拾ってきたんですけど、蚤はいるわ、耳ダニはいるわ、目やには出てるわ、おまけに寄生虫が二種類もいるそうです」「それは、どうってことないですね。すぐ綺麗になりますから」綺麗になる?この汚い猫が?

 仔猫が持っている寄生虫は人間にも感染するので、十分手洗いしてください。耳ダニは一週間おきに三回耳に薬を入れにきてください。目薬は朝晩二回。瞬膜というのが、猫にはあるんですけど、それが見えていてちょっと目つきが悪いみたいに見えます。目やにがおさまれば、瞬幕もここまで出てくることはないかもしれないけれども、生まれつきいっぱい出ている子もいますからね、今の時点ではなんとも。とにかく紅葉ちゃんとは隔離してくださいね。

 帰りの車の中で、「吉宗じゃないから、年子だね」とぶんちゃんがさっそく命名。途中、ペットショップで仔猫用ミルクとフードを買って、もうこうなったら、この子の病気を治すことを優先にせねば、と気持ちを切り替え、「ぶんちゃんは帰ったら、年子にご飯を上げて。ダイナ君は、紅葉をケージの中にそっと入れてあげてね。おかあさんは、紅葉の捨てようと思っていたケージを組み立ててて、年子のケージを作るから、皆、頼んだよ」

 「汚い猫」と言っていたダイナ君でしたが、ものの数日で、綺麗な猫に変身するとは、誰もこの時予想していませんでした。
2006.08.14(Mon)15:58 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 紅葉は犬用トイレをダンボールに入れた中にいれられ、なんとか事故から免れるようになりました。飲食はすべて適当な時間に抱かれて食べさせてもらうものだったのですが、あるとき紅葉がダンボールの箱のへりに頭を乗せています。

 それまで飛び出てはいけないと、なるべく深いダンボールの中にトイレを入れていたのですが、たまたま浅いダンボールだったのです。「紅葉、お外が見たいのかなあ」そう思い、トイレをもともとのケージに入れてみました。ケージの方が浅いのですが、上部の檻になっているところははずした状態にしておきました。

 紅葉は外を見たさに伸びあがるようにします。そのおかげで、紅葉は横たわっている状態から、座っている状態になってきたのです。
 
 ある朝起きて、ダイナ君をあわてて呼びました。紅葉がケージの中を同じ方向ばかりでしたが、ゆっくりと跳ねていたのです。紅葉が歩いているのを見たダイナ君、
「紅葉、元気になったね。もう大丈夫だよね」紅葉が座れるようになったので、餌のはっぱ類はそのままケージの中におきました。数日後には、お水の入ったボウルも入れ、そこから飲んでいる姿も見られるようになりました。

 動物病院には若い先生が3人いますが、女性の先生が「奇跡ですね」といいました。奇跡というと、実はダイナ君は、毛のアレルギーがあるようだったのです。知人の猫を触って、くしゃみばかりしていたことがあり、紅葉には近づかないようにしていました。それがダイナ君が紅葉を抱いても何ともなくなったのです。不思議ですねえ。

 「生きてみなければわからない」

 ダイナ君が治らない病気だといわれたときに、自分に言い聞かせていた言葉です。紅葉が病気になったときもまた、同じことを言い聞かせていました。もしダイナ君が「おかあさん、僕は病気のままでいいよ」と言ったなら、治癒を求めていくのはやめようと思っていました。

 同じようにもし紅葉が「おかあさん、僕はもう天に帰りたいです」と言ったなら、安楽死をお願いしたかもわかりません。しかし、わたしたちはそういう選択をすることはできませんでした。なぜなら、紅葉はうちに来て何もいいことがなかったからです。ずっと物のように扱われてきました。ペットとして、兎として、動物として、扱ってもらえませんでした。

 私は紅葉が発病してから、いつも「紅葉はうちに来てしあわせだったんだろうか」と問い続けていました。「紅葉は家族だよ。うちに来てしあわせだったと思ってもらいたい。今まであまりにも惨めだったから。ペットは飼い主を選べないから」そう思い、看病してきました。紅葉はどう思っていたでしょうか。「病気になってから、大切にしてもらったって、遅いわい!」そう叫びたかったのではないでしょうか。

 気がつくのがあまりにも遅すぎました。
                    つづく

2006.08.08(Tue)15:56 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 昨日、里親さんの元についたwishのミッキーの画像を見ると、格之進が空港に着いたときの写真と違って、「何が始まるのかな。誰がいるのかな。新しい生活が始まるんだ。いいことが待ってる」という表情で、非常に安心しました。格之進は非常に不安そうで、見ていてかわいそうなぐらい震えていました。

 ところで、紅葉です。ある朝、起きると、紅葉の姿がダンボールの箱の中にない。「え!?」目に飛びこんできたのは、玄関の冷たい石の上に片足にしっかりきれを巻きつけた状態で、放り投げだされた紅葉。夜中、ローリングをして、ころころと同じ方向に回っている間に、シーツがはがれ、ガムテープが紅葉の毛に張り付き、それでもローリングするので、ぐるぐるときれが足に巻きついていったのです。おそらく、わけがわからないパニック状態で勢いよく回って、ダンボールから飛び出てしまったのでしょう。すぐに病院に行き、足がどうもなっていないか、レントゲンを撮って確認してもらいました。

 それ以来、紅葉のそばで寝るようになったのですが、そんなことは一度ではありませんでした。世帯主に「お買い物に行ってくるので、紅葉を見ておいて」と言って出たのですが、帰宅すると、同じようにぐるぐると足にきれがまきついた紅葉が玄関の石の上に。その時も病院に走りました。「見ておいてっていったのに。そばを離れてパソコンの前に座っているなんて!」怒りで言葉が出ませんでした。

 何とかきれをガムテープなしで固定できないものか。きれに代わるものはないのか。当てもなく、ペットショップに行ってみました。そして、犬用のトイレを買ってきたのです。それは底に一枚網状のプラスチック板が入っていて、それにペットシーツをのせて、プラスチック状の画鋲もどきでとめるのですが、これなら使えるかもと。

 一番底にペットシーツを敷き、その上に網の底板をのせるのですが、底板をきれでくるむようにして裏側でガムテープで止める。そうすると、紅葉とガムテープがくっつく心配はありません。ただ、犬用トイレは入口用の一面がないので、トイレを一回り大きめのダンボールに入れることになります。

 ローリングしたといっては病院に走り、呼吸が荒いといっては病院に走り、そうこうしているうちに、内服しているステロイドの量を減らしていきましょうといわれました。横たわっていた紅葉が顔を傾けながらも座りはじめたからです。

                        つづく

2006.08.07(Mon)15:54 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 今日も暑い。今日は犬の格之進と一緒に動物病院に行ってきました。格之進のいたwishでは、格之進の身内ミッキーが埼玉へと旅立ったようです。格之進は「80頭を救いたい」という80頭の中の一頭です。ミッキーは最後までなかなか里親さんが決まりませんでした。どうしてかわかりません。フィラリアがいるから? 毛が抜けていたから?

 私がこのプロジェクトに気がついたのは3月も終わり頃でした。沖縄の一軒の家で犬が80頭に増えてしまい、保健所送りにされるということで、wishというボランティア団体が入り、里親を見つけることになりました。もうすでに三分の二は決まっていた時期だった思いますが、動物愛護団体のリンクをたどっていってたどりついたのでした。当初、犬を飼う予定はありませんでした。転勤する可能性が全くないわけではないし、地元の動物愛護団体のHPを見て、それまでに二度ほど一時預かりに手を挙げていました。うちに来る前に、二回ともきちんとした里親さんが見つかり、「なんだ、残念だねえ」と家族と言っていました。「犬さんにとっては、飼い主がころころ変わるより、それでよかったんだよ」とか言いながら、またお話があるだろう、と思っていたのでした。

 沖縄の犬さんたちは、三月末までに引き取り手が見つからなければ、すべて保健所に送られます。私はよくwishの人たちはこういうチャレンジものに手を出したなと思うのです。おそらく、最初の頃は80頭のうちの何頭かでも里親が見つかれば、それでよしとしよう、という思いだったのではとお察しします。しかし、現在、80頭すべてに譲渡先が決まり、よく頑張ったなあと半ば驚嘆しております。

 一つには、三月いっぱいといわれていた期限が、延期できたことがあると思います。また、沖縄という土地柄、基地の中にもアメリカ本土にも、犬を輸送する手段があったということもあるでしょう。

 犬の譲渡先を見てみますと、アメリカ、スペインという海外があることに驚きますが、最南端の沖縄から、最北端の北海道まで行った犬が一匹ではないということにも驚きます。また、複数の犬を引き受けられた方もいらっしゃいました。

 80頭もいるから、もう何でもいいわ~!!となりそうなところ、里親さんのお宅を現地ボランティアさんが調査をする、という手間もかけていて、「何でもいいからとにかく命だけは」というスタンスではないところもまた、感心するところです。

 私は家族からどの犬でもいいからまかせる、と言われて、犬を選ぶ大役を仰せつかりました。パソコンの画面で見る犬は、ぶんちゃん曰く「どの犬も薄幸そうな顔をしているね」ということで、はっきり言って、どれでも同じ、という感じがしました。犬を飼うのが初めてなので、その中で性格がよい、と明記されている犬の中からある一匹を選んだのですが、係の方のお電話でお話しているうちに、それとは別の毛が抜けている犬のことが気になり始めたのです。

 どの犬でもよかった。これは偽らざる気持ちです。なぜなら、物のように、「あれがいいかな、これがいいかな」という態度に抵抗があったからです。親は生まれてくる子供を選ぶことなんかできません。神様がこのおうちに行きなさい、と子供を送られるのです。ということは、犬だってそうに違いない。もちろん、現地に見に行って、「縁を感じた」というのであればそれでいいですが、見にいける距離ではないですから、「選べ」と言われてもなあ、という感じでした。

 近親交配を繰り返しているために、遺伝病が将来的に発症するかもしれない、とは明記されてありました。80頭の中に、すでに足が悪くなっている犬がいました。非常に気になっていました。が、犬を飼った経験がない、という事実が、私に躊躇を与えていました。かえってその犬を不幸にするかもしれないと。別に皮膚病がある、という犬が一頭いました。病気のために、里親が出てこないかもしれないなとちらっと思いました。

 係の方とお電話で話したときに、私の願いはどの一頭も残らずしあわせになってほしい、ということだと確信しました。それとともに、病気である、という理由でしあわせを逃すなどということがあってはならない、なぜなら、病気のダイナ君が不幸であってはならないから、それと同じ理由で。ということで、皮膚病のある格之進がやってきました。現在、フィラリアも持っていますが、皮膚病は落ちついています。

 足が病気の犬については、ずっと気にかかっていました。私に犬を飼った経験が豊富であれば、自信を持って選んでいたかもしれない、といつも思っているからです。それとともに、「どの犬でもいい。命が救われることが一番大切なんだ」と思ったために、残っている犬の画像を見るたびに、「この犬が格之進だったかもしれない」と思うのです。ですから、どの犬も残らず里親さんが決まってもらわねば困ると祈ってきました。

 もちろん今では、格之進は来るべきしてうちに来た犬だと信じています。ダイナ君の弟です。私と一緒に寝て、私と一緒に食事し、私の行くところにはどこにでも連れていき、ぶんちゃんの足に頭をおくのが好きな、うちの家族です。

 wishのみなさん、お疲れ様でした。まだ最終譲渡まで二頭のお世話がありますが、どうぞよろしくお願いします。と、格之進が言っております。
2006.08.06(Sun)15:52 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 「兎はもともと野生動物ですから、自分の体が弱ってきたことを周りに知られないように用心します。だから、調子が悪くても食べます。それこそ死ぬその日まで食べますから、糞の状態をよく観察してください。大きさが小さくなってきたり、数が少なくなってきたり、出なくなったり、昨日と違うと感じたときには連れてきてください」院長先生に言われるまでもなく、あまり食べないなと感じたら、すぐ病院に連れて行くので、ほとんど毎日点滴に通っているようになりました。
 
 「ラビットフードを主食にしないで、野菜を主食にしてください。スーパーではなく、八百屋さんなら、大根の葉とか人参の葉とか、普通なら捨てるようなものも置いてあると思います。それをもらってきて、食べさせてみてください」幸い、自転車で少し走ると八百屋さんが二件あるので、こちらになければあちら、という具合に走り回りました。紅葉はチンゲン菜が好きです。ブロッコリーも食べます。人参の葉っぱが一番好きな様子。四年たつまで、そんなことすら知らなかったのです。自分の子供の好きなものを知らない親なんていませんよね。

 「おかあさん、紅葉のにおいがする」紅葉のにおいがどういうものか、私にはわかりませんが、ぶんちゃんもダイナ君もそう言いました。暇があれば抱いていますから、それは当然でしょう。ダンボールに敷いている、きれやシーツを交換するときには、ぶんちゃんに紅葉を抱いておいてと頼んで、交換します。ぶんちゃんはどんなときでも、「はい」と紅葉を素直に抱いていてくれます。「紅葉が病気になった方が、紅葉をよく抱いている。こんなに紅葉を抱いたことはない」とぶんちゃんも言っています。

 夜中にシーツを止めるためのガムテープがなくなったり、シーツの残り数が、朝までもちそうになかったりと、夜中にコンビニに走ったり、洗濯機を回したりと、それは忙しいときを過ごしました。それでも、紅葉のために何でもしよう、と思っていましたから、ためらうことはありませんでした。

 片目が塞がってしまって、目やにも出てきたので、目薬を朝晩にいれます。ぶんちゃんはそういうことを嫌がるので、これは私の仕事となってしまいました。かわいそうだ、というのです。

 ある日、紅葉が非常にかわいい動作をしています。抱いていると、手で顔をかくのです。これが芸であれば問題はないですが、そうでないことはわかっています。「かゆいんだね、紅葉」ロップイヤーの紅葉は耳の穴をふさぐようにたれ耳になっています。その上、同じ側をずっと下にして、押し付けているので、通気が悪くなっているのです。手が短いので、耳にまで手が届かないのです。目に続いて、耳にも薬を入れなければならなくなりました。

 夜中、紅葉を抱いて祈っていました。かわいそうで、かわいそうで、涙を流さずにはいられませんでした。トイレに起きてきたダイナ君、私が紅葉を抱いて泣いているのを目撃。「おかあさん、自分を責めたらいかんよ。紅葉は大丈夫だから」
「うん」

 ずっと前にこれと同じことがありました。

 ダイナ君は先天性代謝異常。生まれたときから、肝臓にある消化酵素が一つとても数が少ないのです。ほとんどないだろう、と病院では言われました。そのせいで、生まれてから六ヶ月、家に帰ってくることができませんでした。ダイナ君を抱いて、同じように泣いていたときがあったのです。ダイナ君には、今でも厳しい食事制限と運動制限があります。一週間に三回、点滴に行きます。ダイナ君が一見普通の子供と同じように見えること。これは奇跡だといわれています。障害を持っても不思議でない、ここまで育つ前に命が土に帰っていてもおかしくない、そんなダイナ君でした。

 ダイナ君をあわれんでくださったように、紅葉もあわれんでください。

 紅葉を抱いて泣いたことは一度ではありません、それはダイナ君を抱いて泣いたことが一度ではなかったことと同じでした。

               つづく

2006.08.05(Sat)15:49 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 三日目に私と一緒に紅葉を病院に連れていったのは、ぶんちゃんです。ぶんちゃんは紅葉をタオルにくるんで抱いていきます。ダイナ君は、紅葉を入れたダンボールの隣に座りますが、ぶんちゃんは30分ずっと抱いてままです。紅葉はじっとしています。抱かれている間は、なぜか排泄もローリングもしないようです。

 診察が終わって、院長先生が「三日間、注射してみて、何か変わったことがありましたか?」「ちょっと食欲が出てきた感じがしますが…」あくまで、「感じ」です。院長先生はもう一度、今後のことについて三つの選択肢がある、と説明しましたが、私達が戸惑っているのがわかったのでしょう、「とりあえず、食べられなかったら点滴をしないといけないから、食べられないときは点滴に連れてきてください」治療方法もないんだなと、暗澹とした気持ちになりました。今からでも勉強して、私が獣医学部に入学して、獣医になって、紅葉を治してあげたい気分です。

 ぶんちゃんと二人、黙って帰宅しましたが、家に入ると突然ぶんちゃんが怒り始めました。「院長は紅葉が死ぬことばっかり言ってる!」「治りもしないのに、治るようなことを言う方が無責任でしょうが。お金もかけました、時間もかけました、でも治りませんでした、ということだったら、飼い主も納得しないでしょう。最初から治せない、治らない、そう言ってくれる方が、誠意があるということなんだよ」「そうか」とぶんちゃん。

 「ところで、紅葉はどうするかね」と私がつぶやくように言うと、ぶんちゃんはまた怒り始めました。「何言ってるの、おかあさん! 祈るしかないじゃないの!」ダイナ君も声をあらげます。「その通りだよ!」祈るしかない。この言葉に私は闇から這い出た感じがしました。

 私たちはクリスチャンです(世帯主を除く)。「困ったときの神頼み」といって神社に参拝する人々がいますが、キリスト教では、祈りは呼吸であるといわれています。嬉しいことも悲しいこもと、感謝することもかなえてほしいお願いも、毎日祈ります。「人にできないことも神にはできる」その言葉を信じて、クリスチャンは祈っています。ただ、ご利益信仰ではありませんから、自分のお願いが通るかというと、神様は人と同じようには物事を考えられないので、通らないこともあります。

 「紅葉を助けてください。紅葉を治してください」今まで祈っていた以上に、切に神様に祈るようになりました。しかし、紅葉の受難はそれだけではなかったのです。

                    つづく
2006.08.04(Fri)15:47 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 その頃のぶんちゃんは高校生、ダイナ君は中学生でした。学校からの帰宅が遅いぶんちゃんに代わって、ダイナ君が一緒に、新しい動物病院に行ってくれました。そこは、獣医師が四人もいて、看護士さん、受付さんとスタッフも大勢いました。「儲かってるな」と思い、人間の病院に比べると、人手がいるのだなと感じました。

 「兎さんのお名前は?」「紅葉です」「モミジと」「漢字で書いてください」たかがペットの名前、ではありません。自分の子供の名前はきちんと書いてほしいでしょう?

 一時間ほど待たされた後、診察室に呼ばれ、院長先生が紅葉を診察してくれました。最初からの紅葉の様子、前の病院でよくならなかったこと、友人にここを紹介されたこと、など説明しました。その後、院長先生から聞かされたことは、想像だにしなかった言葉でした。

 「この病気は三日が勝負です。三日間、注射してよくならなかったら、治りません。今まで治療してよくならなかったわけですから、よくなる見込みは多くはありません。三日注射してよくならなかった場合、おうちで静かに暮らさせてあげるか、奇跡を信じて治療を続けるか、安楽死させてあげるか、選んでいただくことになります。注射に通っていただいている間に、残念な結果になってしまうかもしれません」

 ダイナ君の様子を伺うだけの余裕は、私にはありませんでした。院長先生は、注射の用意をしてきますからと部屋を出ていきました。紅葉を抱いていた看護士さんが「頑張ろうね」と紅葉に声をかけました。

 紅葉は立つことも座ることもできず、いつも右を下にして横たわっています。ですから、右目は塞がったままになってしまいました。二本の足は排泄物で汚れ、開いている片方の目は、焦点が定まらず、全く哀れな状態でした。その紅葉に、明るく優しく声をかけてくれたので、私は救われた気がしました。それと同時に、今まで紅葉に何もしてあげていなかったことを悔いました。

 帰りの車の中でダイナ君に言いました。「おねえちゃんはテスト中だから、院長先生が言ったことは黙っておこうね」「うん、わかった。おかあさん、神様に祈ろうね。紅葉は大丈夫だよ」紅葉は三日間、注射に通いました。                 
 つづく
2006.08.03(Thu)15:45 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 初めて行く動物病院。

 料金高いと困るなあ。でも紅葉がよくなるまでは、病院に通わないといけないよなあ。などと思いつつ、車で15分の病院へ。先生一人と看護士さん二人。受付は奥様らしい。

 体重を計ったあと、「斜頸ですね。時間がかかります。食べられないようなら、点滴にきてください」何を食べさせているのか、と尋ねられ、「ラビットフードとお料理のときに出た野菜の切れはしです。」「ちょっとこの本読んで、メモとって帰ってください。毛玉予防のためにパイナップルジュースも作って飲ませて」

 先生はびしばしと患者にはもちろん、看護士さんにも言うのでした。スポーツ会系の方とか、性格的に言いたいことだけはっきり言う方とかいらっしゃるので、私はそういうのは平気なのですが、看護士さんが暗い。先生にいろいろ言われて、受け流せないんだろうなと思いました。

 二週間通ったけれども、紅葉はよくなりません。首が傾いているだけでなく、ケージの中でごろごろと暴れるローリングをするようになりました。頭を打ったら、脳震盪をおこしてしまうから、ケージではなくダンボールの方がいいといわれスーパーマーケットにダンボールを漁りにいきました。

 紅葉は自分で食べることも飲むこともできなくなりました。抱いて、口に持っていって食べさせます。お水はシリンジで飲ませます。トイレは座っていられなくなったので、横になって垂れ流し状態。そのうち、どうもトイレがしたいときにローリングし、してすむと体が汚れたので、それに怒って転がっているらしい、ということがわかりました。音に反応したり、刺激があると転がる、ということも説明されました。

 私は、紅葉のダンボールのそばにお座布団を敷いて、そこで寝るようにしました。紅葉がローリングした時に、すぐ抱き上げて落ち着かせてあげないと、頭を打って死んでしまったら困ると思ったからです。一日中、紅葉のそばから離れられません。お洗濯物を干すときは、紅葉を抱いて干します。机に向かって何かするときは、やはり紅葉を抱いておきます。トイレがしたい、とローリングし始めると、まず紅葉を抱いて、トイレができるようにまっすぐに体を置いてみます。当然、立ったり座ったりができないので、横になって寝てしまうのですが、なるべく横になる前に排泄できるように、足にかからないように、時間をかけて横にします。ダンボールの底には、大人用のオムツパットを敷いています。転がるとずれるから、両面テープで固定し、それを食べてはいけないので、その上にバスタオルや布を敷いて、これをダンボールの側面にガムテープで固定させます。排泄する度に布をはがして、また新しい布を固定する。そうやって半日たまった布をお洗濯して、干してまた使わないと、とても足りません。

 「あの病院に行ってから、紅葉は悪くなっているような気がする」

 そう言い始めたのはぶんちゃんです。紅葉の世話をこれまでしなかったぶんちゃんでしたが、紅葉が発病してから随分私を助けてくれるようになりました。ぶんちゃんが学校から帰ってから、お買い物に行きますが、その間、私と同じように、紅葉がローリングしたら抱き上げて、シーツが汚れたら代えてくれる。やはり女の子です。

 話は戻って、私もそう思っていました。それで、獣医師の同級生に電話をかけました。懇意ではなかったですが、在学中にも卒業後にも同窓会でも、少し話をしたことがあったので、旧姓を名乗るとわかってくれました。彼は、犬猫病院を経営しています。兎を診てくれない病院であることは知っていました。紹介してくれた病院は、車で30分かかる場所にありました。紅葉に耐えられるかなあ、と思いながら、その病院に行ってみました。

                                                           つづく
2006.08.02(Wed)15:43 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 五年前のゴールデンウィークに、ペットショップのチラシを見ていました。
 「ミドリガメを買って」とダイナ君。「私は兎がほしいなあ」とぶんちゃん。家族四人でペットショップに行き、二人はお目当ての動物を連れて帰りました。「きちんと自分で面倒みるんだよ」と約束して。

 ダイナ君は爬虫類が大好き。中学三年の修学旅行で、上野動物園の爬虫類舎に入って、出てきたときには「ここで働きたい」というぐらい好きですから、せっせと世話をしました。図書館で本を借りてきて、飼い方を研究し、親の手を借りず、お金は借りておりましたが、返事もしないカメ子に話しかける毎日でした。

 一方、自分の部屋でさえ言われなければ掃除しないぶんちゃん。ダイナ君のような熱心さは、見られません。庭に出すと、走り回ってつかまえられないので、いつしかケージの中ばかり。次第にトイレ掃除すらおぼつかなくなってきました。

 玄関にケージを置いておいたのでそのおかげで、見かねた誰かが紅葉に餌を与え、水を与える。そんな月日が流れていきました。

 飼いたいと願ったのはぶんちゃんで、ぶんちゃんが世話して当たり前。そう思っていた親としての私は、飼い主としては失格でした。今でこそわかるようになったことです。子供の「世話するから」という約束くらい当てにならないものはない。では世話しなくなったとき、親に面倒が回ってくるけれどもいいのか。という問いかけを自分にしなかったのです。亀にしても兎にしても、私は別に飼いたいわけではなし。そういう思いが最初にあったということは、紅葉にとって不幸でした。

 四年たったある日、ケージの中の紅葉の頭が、かわいく傾いています。「紅葉、芸を覚えてたのかな」全くもう、って感じです。教えもしないのに、おぼえるわけないじゃん。今でこそわかることですが(今でなくて、あのときすぐわかっていれば)、我ながら最低の飼い主です。

 次の日、ぶんちゃんが「紅葉、おかしい」頭が傾いているのは病気なのかとわかって、廊下に出してみると、歩けません。「病院に連れていこう」
 ところが、動物が病気になる、なんていう考えは、はなからありませんから、どこでも診てくれるんだろうかと、その時になって初めてインターネットで兎を診察してくれる病院を捜す始末。紅葉がうちに来て何年たってるというのでしょうか。紅葉はかわいそうなペットでした。
                        つづく
2006.08.01(Tue)15:41 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
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ペットショップ、ネットオークション、およびWeb(法人・個人共)での犬の生体展示販売・販売用生体写真掲載に反対

いつでも里親募集中
プロフィール

お狂

Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

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2006年08月31日 (木)
紅葉と二匹の猫
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年子と助三郎
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年子の里親探し
2006年08月14日 (月)
年子 登場
練馬区で新しい家族を待っている猫さんがいます。詳しくは記事より。
近況コメント (8/16up) Finetoday
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