動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

by AlphaWolfy
最近のコメント(コンパクト)
データ取得中...
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.--(--)--:-- |  スポンサー広告
 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。
 愛は自慢せず、高慢になりません。
 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、
 人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。
 すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、
 すべてを耐え忍びます。
 愛は決して絶えることがありません。

 これは、ダイアナ妃の葬儀のときに、読み上げられた新約聖書の中の一節です。

 格之進を沖縄より引き取るときに、私は何回か「格之進を愛していきますから」とmailに書きました。私はクリスチャンですから、「愛する」という言葉を使うことに一般の方々より抵抗がないかもしれないし、通常使われる意味とちょっとニュアンスを違えて使っている可能性があります。

 日本語の「愛」という言葉を、ギリシア語の「愛」という言葉に訳そうとすると、実に四つの言い方があるといいます。その一つは皆様よくご存知の「エロス」性愛ですね。それはともかく、聖書の別の箇所には、「愛する」ということは、「自分の命をその友のために捨てること」とも書いてあります。これについても、いろんな注釈がいるのですが、それはさておき。

 格之進を愛していくと何度も言ったはよいのですが、何気なく使ったために、「はて、では格之進を愛するってどういう行為を言うのだろうか」

 終生飼養を愛するというのか。首輪に迷子札をかけることを愛するというのか。調子が悪そうだったらすぐ病院に連れていくことをいうのか。といろいろ思いつくままに考えてみて、私なりに現在出している結論ですが。これは人によって違うと思うので、いろいろご批判があることをわかって敢えていうなら。

 格之進はかわいいし、ずっと一緒にいたいけれども、一生懸命世話していきたいけれども、格之進にとって、うちの家族でいるよりもっとよい環境が与えられるなら、手放すことを考える、ということだろうか、と考えたのです。

 人と犬とは違いますから、なるべく犬本来の生活ができるようにしてあげられることがよいのではないか。うちのような狭い庭より、広くて走りまわることのできる場所があるお家の方が、犬にとっては幸せではないか。そういう環境をお持ちの方が「格之進くんと一緒に暮らしたいので、引き取らせてくださいませんか」と言われたら、その方が格之進のためになるなら、お渡しすることができる。これが格之進を愛しているということではないのか。

 このままでは殺処分されてしまう。今までの飼育環境が悲惨であった。それよりはましになっているけれども、うちよりももっとよい環境を提供することができる方がいる可能性だってあるでしょう。そのようなことをいろいろと考えたのです。

 もちろん、飼い主がかわることは精神的によくない影響を及ぼすとか、格之進自身がどう感じているか、とかそういう要因については、ここでは何も考えていません。単に「格之進を愛するとは、どういうことを言うのだろう」と考えて、「こういうことなのかなあ」と考えたという、戯れみたいな感じもありますが。誤解のないように言っておきますが、格之進を手放すことなど考えたこともありませんし、格之進は私の家族だと考えています。

 昨日、広島ドッグパークのブログをいろいろと読んでいて、目を止めた出来事がありました。ボランティアに足しげく通っていらっしゃる方々の中には、「あの犬が気になっているので譲渡してくれないかなあ」という思いが出てくるのは当然のことです。今日、明日の譲渡会のときに、ボランティアさんは犬のお世話で譲渡の申し込みが出来ないから、前もって受け付けていたそうです。もちろん時間がないので、前もって受け付けるだけで、その方に譲渡するということではないのです。

 ある女性の方が、「あの犬の譲渡をお願いしたい」とお申し込みをしたらしいのです。ところが、数日後、泣きながら、それを取り下げたとのこと。もし譲渡が許可になったならば、「すみやかに引き取る」ということがお約束事項に入っているらしく、引き取ってしまったならば、ボランティアに来ることができなくなる。心身ともにつらい目にあった犬さんですから、一日中一緒にいてあげたいでしょうし、病院にも連れて行かねばならないでしょう。ボランティアに来ようと思っても無理でしょう。来なくなったならば、ドッグパークの犬たちが気になって仕方なくなるだろう。それならば、引き取りたかった犬さんはあきらめて、譲渡については最後の段階(ドッグパークに残っている犬が限りなくゼロに近くなったとき)で、考えよう。

 それを聞いた他のボランティアの方々も、この段階で引き取りを申し出るのはやめようと誓いあった。という記事でした。とかく、「ボランティアに行く人は、ほしい犬が優先的にもらえるから行く」などという中傷がありますが、毎日とまでいかなくとも、お世話していれば、情が移るのが人間ではないですか。私は別に優先的に譲渡したっていいと思いますよ。渡す側としたら、どんな方かわかっている方が安心するじゃないですか。

 この記事を読んだときに、最初に書きました聖書の箇所を思い出しました。

 自分の飼っている犬を愛することと、ボランティアに行った先の多くの犬さんを愛することは違うだろといわれればその通りで、私の思索は全くもって論旨が空転しているわけですが、愛するということはどういうことなんでしょうね?


スポンサーサイト
2006.10.21(Sat)09:28 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
<< | HOME |  >>
現在の位置
動物愛護(になってないかも)日記
 トップページ
  └ 月別アーカイブ
        └ 2006年10月
ペットショップ、ネットオークション、およびWeb(法人・個人共)での犬の生体展示販売・販売用生体写真掲載に反対

いつでも里親募集中
プロフィール

お狂

Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

表示中の記事
  • 2006年10月
練馬区で新しい家族を待っている猫さんがいます。詳しくは記事より。
近況コメント (8/16up) Finetoday
最近のトラックバック
リンク
このブログをリンクに追加する
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア

星が見える名言集100
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

カテゴリー
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2006年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


ブログ内検索
RSSフィード
フリーエリア

レンタルHP


Template by cosmuremure
ここはフリースペースです!ご自由にリンクを貼ったりコメントを書いたりして下さいませ!
【広告】 FC2ブログ 【広告】


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。