動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

by AlphaWolfy
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 本日、夕方、ダイナ君をいつものように近くの病院に点滴に連れていくと、発熱していて、「附属病院に行ってください」と言われ、必要以上に時間がかかってしまいました。ダイナ君は発熱すると、急性腎炎になることが多いので、「また入院かなあ」と思いつつ、行きましたが、とりあえず、検査データはいつもの通りで(といっても、正常値ではないのですが)、明日、熱が下がらなければまた来てねと言われて帰宅しました。

 ダイナ君、血圧が高くても、発熱していても、何ともないということで、「明日、小テストがあるから勉強しよう」と勉強しておりました。その隣で必要以上に運転したので、疲れてうたた寝してしまいました。ダイナ君もいつもより早く寝ましたけどね。

 このところ、広島ドッグパーク関連で、書こうとしながら書いていなかった「狂病」について今日は書いていきます。

 今年の夏、神戸の獣医師さんのお話を聞きました。その中に狂病の予防注射のお話があったのですが、今ではTVでいろいろ解説されていますから、私がお伝えすることでもないですが、日本に現在狂病は発症していない。しかし、この病気が発症していない国は日本だけで、他のアジアの国にはこの病気が発症している。ということはどういうことか。日本に入ってくる可能性は高いということです。

 入ってきた場合、どうなるか。予防注射の接種率が70%あれば蔓延しない。が、日本の接種率は40%くらいであろうと言われている。言われている、というのは、の登録がきちんと行なわれていないので、推測しかできないということです。

 獣医師さんはおっしゃいます。何がこわいのか。鳥インフルエンザでもそうだったのだが、狂病が入ってきた。家で飼っていれば、感染しないものを、感染するといやだからと野に放す。保健所に連れていく。これが逆に病気が広まる原因になるのだ、ということだそうです。私は知りませんでしたが、鳥インフルエンザが流行したときに、飼っていた鳥を放してしまった人が多くいたらしいのです。

 ペットは家族である。というのなら、病気の予防くらいしておいてくださいよ。ペットを家族と思えないなら、飼うのはやめてください。もしものときに、自分一人、お宅の家族一件の問題ではなくなってくるのですから。

 人間の赤ちゃんが、最初にするのはポリオワクチン。それから三歳までは、もう予防注射が目白押し。ひきつけをおこしたら、接種してもらえないので、保育所などに預ける赤ちゃんは、命を危険にさらすことになるかもしれないのです。

 そもそも、その病気にかかると、後遺症が残るかもしれない。障害を持つかもしれない。最悪、命を落とすかもしれない。そういうことで、かからないために予防接種を受けるわけではないですか。

 うちのダイナ君。高い熱を出すと、先天性代謝異常を持っているために、障害を持ったり、命を落とすかもしれない。ということで、市からくる無料予防接種のお知らせを待たずに、大枚はたいて、予防注射を先に先にと積極的に受けていきました。トータル何万かかったかわかりません。しかし、命に代えられません。

 人間の子供であるから、ここまでするのか? だって、猫だって、家族であるならやりますよ。それが親としての使命ですから。病気になって、何かおこったら、悔やんだって悔やみきれない。病気は予防のために使うお金は、一見無駄みたいに見えますが、かかったときに治療にかかるお金に比べたら、数倍安いんです。お金だけではない。心の負担がどのくらい大きいか。

 ペットも家族だというのなら、予防にお金をかけていくようになるでしょう。

 しかし、情けない話です。この獣医師さんのお話を聞いて数日後、近くのごんちゃんがうちに迷い込んできたのです。飼い主さんがごんちゃんを受け取りに来たとき、私は向かいのおばあさんとお話ししていたのですが、「警察にも保健所にも迷い犬として、ごんちゃんの届けをした」と言ったら、「ごんは登録をしてない」と。おばあさんが「しなくていいの?」「したら三千円お金がかかる。狂犬病は日本にないし」

 それはとても危ないことです。。よその国から入ってきたとき、注射しようとしても、在庫はないですよ。前年の使用量を目安に生産しているんですから。

 言えなかった。ごんちゃん、ごめんね。今回のニュースを聞いて、ごんちゃんに注射を受けさせてくれたらいいんだけれど。飼い主さんがこわくて、言えなかった。ごめんね、ごんちゃん。
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2006.11.30(Thu)00:49 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 3
 今日も今日とて、お狂です。

 うちの家ではよく見られる風景ですが、動物を大切にされていらっしゃる方のお家でもよく見られる風景だと思います。虫などが家の中に入ってきたら、捕まえて、家の外に放す。

 ぶんちゃんは蛾が嫌いなので、入ってくると「ぎゃー、ぎゃー」とうるさいのです。それで、ダイナ君がティッシュを取って、蛾をふんわりとくるんで、玄関から外に出しています。犬や猫が虫を見ると、捕まえにかかるので、なるべく早くこの動作を行なうように、皆心がけております。

 私は本好きな子供でした。体が弱かったですからね。小学生の頃は、好んで伝記を読んでおりましたね。いつか私もりっぱな人になりたい、と野心に燃えていたのでしょう。その中にシュバイッツアー博士の伝記がありました。一冊まるまるというものではなかったので、ハイライトだけちょこっと書いておりましたね。いろいろなエピソードが載っていたわけではないので、どこぞで借りてきて、またちょっと読まねばならんな。

 私の心に残っているエピソードが二つあります。

 アフリカの病院施設を作った博士、そこで友人とお茶を飲んでいると、一匹の虫が部屋に入ってきた。それをコップで捕まえて、窓際へ行き、外に放してあげた。

 これを読んだので、私は虫を殺さずに捕まえて、放してやるという行為をするようになったのです。こういう話をしますと、「じゃあおまえは蚊は殺さないのか、ごきぶりは?」と尋ねる方がいるのですよね。殺します。この矛盾には、どうやって答えていいのかわかりません。害があれば、殺していいのか。となると、里に下りてきた熊さんやお猿さんも殺されてしまう。しかし、伝染病を媒体する虫は多くいる。博士、私がどう答えたらいいのかお教えください。

 ともあれ、この博士の友人はこう書いてあったように思います。「そこは生を受けているものにとって、楽園であった」すいません、これを書くにあたり、きちんとした言葉を捜したのですが、見つからなくて、私の記憶ですので、「命のある生き物すべてが、その尊厳を守られていた」なのかもわかりません。ご存知の方はここを読んで笑っていらっしゃるのだろうな。お教えください。早く、本を借りてくるか、買ってくるかしよう。

 これを書くにあたり、調べていくうちに、知りませんでした。博士の子供の頃の体験が根本となって、生き物を大切にするようになったようです。

 ある日のこと、博士は鳥さんを石を投げて殺そうとしたそうです。石を投げようとしたそのとき、教会の鐘がなった。ご存知でしょうが、シュバイッツアー博士のお父様は牧師ですね。ご自身もパイプオルガニストであり、神学者です。博士はそのとき、「殺してはならない」という神の声だと思ったというのです。ご存知、モーセを通じてユダヤ人に与えられた「十戒」の中に書かれてあります。これは動物をとは言われておりません。あくまで殺人してはならないのですが、博士はそれ以来、動物の命を大切に思われたのでしょう。

 そして、私が覚えているもう一つのエピソードです。博士が子供の頃、友達と取っ組み合いの喧嘩をしました。勝った博士に友達は言ったそうです。

「おまえみたいに毎日肉入りのスープを食べていれば、俺が勝ったんだ」

 それ以来、博士は肉入りスープを食べなかったということです。

 日本人もアメリカ人もそうだと思いますが、上を目指すことを良しとする国民だなと思います。その場合、上とは何か。生活の向上です。車がなければ、車をもてるようになりたい。家がなければ家が買えるように。よりよい生活を望む。つまりは欲望の充実ですね。そうやって、経済は発展してきたのでしょう。

 しかし、持っている人間が持っていない人間と同じように生活する。これをもって偽善的ということもできますが、よい生活をしてきた人間が、便利を捨て、物を捨てる。私にはできませんね。

 私が世帯主に感謝していることが一つだけあります。ダイナ君が小学校に入るときです。病気の子供に理解のある小学校が市役所の裏にあるのです。しかし、その昔、私が子供の頃ですね。その小学校は「○○市の学習院」と言われていたのです。今でも県で一番地価が高い。私の住んでいる辺りは「○○市の田園調布」と言われています。

 しかし、ダイナ君のために引越しをしたい。家賃が高い。頭を悩ましていましたが、世帯主の両親が「援助してやってもいい」と言ってくれました。私は「お願いしたらいいじゃん」と言ったのです。すると世帯主がどう言ったと思いますか?

「おまえは、分相応という言葉を知っているか?」

 私は分不相応な生活を求めていました。よい暮らしがしたかったわけではありません。しかし、自分の生活というのを考えてみたときに、乗る車も、身につける物も、生活様式も上を求めていたら、何かが破綻してしまう。かように、上ばかり見たがるのが人間です(あ、私だけでしょうか)。それを知ると、下を見て、下に合わせようという気持ちを持つことがどのくらい大変であるかは、想像に難くありません。

 アフリカの人々は博士に感謝しているでしょう。病気の研究を一歩進めてくれたために、人類は博士に感謝しているでしょう。そして私は、うちの家に「虫も命を持っている」ということを根付かせてくれたために、博士に感謝しています。

 上を見るでもなく、下を見るでもなく、横を見たら皆そこにいた。そういう世の中が来るとも思えませんが、上ばかり見ていたら、動物愛護も社会福祉も障害者支援も高齢者介護もできるわけがありません。優しい気持ちを持った人々の活動が、十分に報われていきますように。
2006.11.29(Wed)18:15 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 うちのぶんちゃん、子供のときから(今も高校生の子供ですが)、非常に正義感が強いのです。病気の弟を持ったせいと、クリスチャンのせいで、小学時代は弟をからかったり、いじめたりする子供を、追いかけ回すほどの強さでした。中学時代は、荒れた学校でしたので、先生の対応についてはいろいろと不満があったようです。高校は進学校なので、成績中心主義のため、やはり先生にいろいろと不満がある様子。

 私のような年になると、社会の構造も見えてきますし、人間の弱さも見えてきます。また自分の弱さも見えてきます。ですから、ぶんちゃんのあまりにもまっすぐな思いというのに、辟易することもあります。
 私がいつも言っていることです。
「先生が 人間であることを考えたなら、不信に思うこともあるだろう。先生が間違ったことを言っていると感じることもあるだろう。それがあまりにひどくて、これは我慢できないと思うことがあるだろう。それはおかしいと自分の意見を先生に主張するのは結構だ。しかし、やり方というのがある。まず、自分は年下で相手は目上だということを忘れないようにしなさい。それから、相手は教師で、自分は教えていただいている生徒だということを忘れないようにしなさい。それをふまえた上で、礼を失することなく、それはおかしいといいなさい。そうしていれば、おそらく十人そばで聞いている人がいれば、十人がぶんちゃんの言うことは間違ってないと言ってくれるだろう。それで、校長先生におかあさんが呼び出されたり、教育委員会に呼び出されたりするなら、おかあさんはどこへ出かけていってもぶんちゃんの味方をします。しかし、礼を失するやり方であるなら、言っていることがどれだけ正当なことであっても、ぶんちゃんの味方をすることはできない」

 一方ダイナ君です。こちらは、きついかあちゃんと強いねえちゃんのおかげで、弱い弟の立場に甘んじています。ですから、叱られることが嫌い。叱られないためなら、平気で嘘をつきます。しかし、こいつの嘘のつき方は、格之進がゴミ箱を漁った後の表情と同じくらい、簡単に見破れます。そこで私が言うことです。

「君も男なら、やったことの責任をきちんととりなさい。わざとではないということは、何のいいわけにもならない。君がそれをやったのだ。そしたら、正直に自分のやったことを告白して、叱られなさい。やったことを正直に言ったために、一発殴られるかもしれない。しかし、黙って殴られなさい。やったことの責任というのはそうやってとるものなのだ。やったなら、言い訳せずに、潔く罵倒されなさい」

 しかし、相変わらずこいつは女々しい。ぶんちゃんが、「いいかげんにしなさいよ」と言うこともしばしば。

 それでですわ、母親として偉そうに言っている私がどのくらいきちんとした人間であるか、というと、ぶんちゃんが証明してくれるでしょうが、言う資格などありゃしない。嘘もつけば、いいわけもする。そういう弱い、いいかげんな人間です。

 ようやくトピック関連に入りますが、広島ドッグパークの事件が発覚する前。私が動物愛護に興味を持っていて、愛護団体にバザー物資を集めて送ったり、新聞紙を送ったりしていることを知っている友人、協力してくれている友人ですね、が何人かいました。事件報道後、その中の一人からメールがありました。

「広島ドッグパークに寄付金を送る予定ない?」
「う~ん(既に物資を送った後だったので、すぐにはなかった)、どうしたの?」
「送る予定があるなら、一緒にお願いしたいんだけど」
「いいよ。取りにいこうか?」
「持っていくよ」
「AAも頑張ってるけど、ピースハウスという団体もあるので、HP見てみてね。URLはここです」
「じゃあ、広島はやめてそこに送ろうか」
あわわ、それって広島の犬さんたちを救うお邪魔をしたってことじゃん。
「いや、いくら寄付するつもりなの? 半分半分ではだめかな」
「○○円。明日持って行くから、よろしく」

 そうして、友人は翌日、うちの近くまで車で来てくれたのでした。いろんな動物愛護団体の話などを知っている限りさせてもらって(実はあまり知らない)、友人は私にお金を託してくれました。言っていた金額の二倍。それぞれに言っていた金額を送付してくれと言われました。私は感謝して、翌日振り込みにいきました。「振り込んだ証明書はどうしようか?」「持っておいてよ。ついでの時に取りに行くから」現在まで友人は取りに来ておりません。

 振り込んだ翌日には、ピースハウスの方にはさっそく名前が挙がっていたので、メールして「お名前載ってるので、確認してみてね」「本当だ。ありがとう」AAの方はなかなかupされませんでしたが、一時だけ名簿みたいなのが公表されていたので、確認したら、友人の名前が載っていたのでほっとしました。載っていないと言っている方も多くいたからです。

 このブログに引っ越してきて、どのくらいになるでしょうか? 前のブログのアクセス解析は、時間帯によるアクセス人数とどのページを覗いていってくださったか、という解析結果が出ていました。「へえ、今頃、最初の最初を読む方もいらっしゃるんだ」と思ったこともありましたし、「夜明けに見る方もいらっしゃるのね」とか思ったこともありました。

 ここのアクセス解析はいろいろと詳しいですが、あまり気にせずにおりました。数を求めるとろくなことにならないと思っていましたから。都道府県別とか国別とかいうのがおもしろいな、とそっちに興味がありました。が、昨日です。あきれたことに、初めてどこからいらっしゃたかというのがわかるというので、見てみたのです。

 びっくりしました。ヤフーとかグーグルの検索エンジンに自分のブログ名が載っているのを見たときには、ぎょっとしました。私のような弱小ブログが載っているなどと考えたことがなかったのです(下の方にちょこっとだけですよ)。広島関連のブログを毎回書いている方の中には、ランキング一位になったとか、何千とアクセスがあったとかいうのを聞いていましたが、まさかなあ。

 でも、すっぽんの項目で自分のブログの「ダイナ君は学校ではすっぽんの観察をしています」という文が載っていたのには笑いました。純粋にすっぽんの情報を求めている方にはお気の毒だなと思ったのです。いいかげんなもんだなあとも。

 それはいいですが、前述の友人がAAに寄付金を送ってくれたこともそうです。また、広島関連のブログに自分のブログが挙がっていたこと。それについて考えると、私には責任があるのではないかと考えたのです。

 まず、友人には昨日、見られないけれどTV放送がある。疑惑についての放送なんだ。申し訳なかったと謝りました。別に友人は、私の話を聞いて寄付金を送ったわけではない。しかし、私があそこで、「もうちょっと待ってみたら?」と言ったとしたらどうだっただろう。今の段階で、これからもそうであってほしいですが、寄付金が無駄になる、ということはないでしょう。が、疑惑の団体に寄付金を送ってしまったこと、これは事実だろう。もう少ししたら、疑惑の団体ではない、きちんとした団体であった、ということになるかもしれません。

 広島の犬のために送ったつもりが、シェルターを作るためだった。広島の犬のためにはなっていない。現時点では、その可能性が強そうです。将来的にはこれもわかりません。私の弱小ブログを見て、寄付金を送付した方がいるとは思いませんが、「へ~、広島ドッグパークってこういうことになってるの?」と思った方がいらっしゃったかもしれない。広島ドッグパークの現状など、ボランティアに行ったことすらない私がお伝えできることではない。しかし、広島ドッグパークを記事に取り上げたら、何気なく見たけど興味がわいてきた、という方がいらっしゃるかもしれない。そこからいろいろなブログをはしごした方もいらっしゃるかもしれない。

 広島関連のブログの多くは閉鎖されています。大きな騒ぎになって、嫌気がさした方もいらっしゃるでしょう。続けられない状態になってしまった方もいらっしゃるでしょう。閉鎖というのは、自分がしたにせよ、追い込まれてしまったにせよ、ある意味、一つの責任の取り方かなと思います。騒ぎを起こしてしまって、にっちもさっちもいかなくなる。ブログが続けられなくなったということではないでしょうか?

 「申し訳ありませんでした」と言って、閉鎖された方々がどのくらいいるのかなあとも思います。管理人さんご自身が、被害者である場合も多いと思います。だけれども、ネットに公開している以上は、そこに責任が伴うことは覚悟していなければならないのではないでしょうか? アクセス数が増えた、わ~い、という単純な問題では、もうなくなってきている。

 よくよく考えると、TVというのはかなりひどい媒体ですよね。報道する。見た人が募金する。募金が有効に使われなかった。もしくは、報道した内容は現実とは違っていた。その責任について、「申し訳ありませんでした」と謝ることはない。持ち上げたことについては「そんなこともあったなあ」とすませて、それから取材相手を叩き始める。視聴者を馬鹿にしています。

 私のブログが多くの方々に影響力を及ぼすなどと考えたことはありません。そんなブログだなんて思っていませんが、もし、私が間違ったことを言っていたり、間違った情報を流し、そのために損害をこうむった方がいらっしゃたなら、私にも責任があります。広島の犬さんたちが幸せになってほしい、という気持ちはありますが、この時点でまだどうこう判断することはできないと思いますが、読んでいらっしゃる方が被害者になってしまっていたら。

 謝ることしかできません。でもお知らせください。謝りたいと思っています。


2006.11.28(Tue)16:39 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 見られませんでした、広島ドッグパーク関連のTV。でも、視聴したことをお書きの方が何人かいらっしゃたので、内容はこういう感じかと想像できました。

 「それは絶対TVで言ってはいけない」「言わないだろう」と思ったことを、動物愛護団体代表が口にしたそうですね。

 ボランティアさんが物資を盗んでいった。

 明日からボランティアに行かれる方がいらっしゃるのでしょうか? 泥棒扱いされて。おそらく、こういう括りがいいかどうかわかりませんが、AA擁護派と言われていた方々、愕然とされたと思います。

 代表というのは、自分が悪くなくても、「自分の責任だ。申し訳なかった」と頭を下げるのが、代表じゃないですか。まあ、堀江氏といい、いじめ問題が発覚した校長先生といい、一番上にいる人は何のために一番上にいると思っているのかね。こういう時のためにいるのではないですか。自分はどうなってもいい、しかしそこに関わっている方々を守らなければ、というのがTOPのものの考え方ではないですか。日本はおかしいよ。世界でもおかしい国、いっぱいありますけどね。

 人間、引き際というのが一番肝心ですね。終わりよければすべてよしといいますが、本当にそうですよ。最後に見た姿が、第三者にはその人の印象として残るのです。もちろん第一印象という一番最初が残る場合もありますが、時間がたてば人間がかわっていくことは誰でも知っています。だから、最後を打ち消して、最初が残るなんていうことは、まれです。

 それで、今後ドッグパークはどうなるんですか。今後の展開が全く見えないのが、一番困ります。「どうなるんですか?」何て言ってられるのは、第三者だからですよね。それがわかっていて言いますが、「これ、本当にどうなるの?」

 いくつかの団体が乗り込んでいって、AAから犬を譲渡してもらってほしい。しかし、確かAAの犬さんではなく、代表の犬さんだとかいうお話を聞きましたが。大金握って、すんなり譲渡するのか? それよりもこれだけ話題になった犬さんたちを、誰が引き受けるのか。大金と多頭。疚しいことをするお気持ちがなければ臆することなく引き受けるでしょうが、これだけの世間の注視の中、引き受けるのは勇気がいるでしょう。良くなるのが当然だという目で見ている人たちばかりですから。

 お金はどうなるのでしょうか? 誰がどうやって代表の手から受け取るのでしょう? 脅していながら、脅されているという人から、全額どうやって取りもどすのでしょうか?

 誰がやる? どんな方法で?

 こういう状況になると、一番最初に何か間違いがあったのではと考えしまいます。こういうことを防止できなかったのか?
今の日本ではできないのでしょうね。法律もそれに携わる団体も整備できていない状況なのですから。

 誰か助けて!!なんかそんな気持ちになっています。でも、誰か助けてと叫びたいのは、広島にいる犬さんたちです。何をどう応援すればいいですか? どなたか教えてください。寒い場所で冬を越さなくてもいいように、犬さんたちが幸せになるために、私でもできることって、何ですか?

 
2006.11.27(Mon)22:06 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 昨日よりずっと雨。野良犬、野良猫さんたち、大丈夫かなあと、いつも雨が降るたび思います。

 とりあえず、今日のトピック。私、自分で言うのも何ですが、不良主婦です。お掃除、お洗濯、お料理、嫌いです。誰かやってくれるのなら、やってくださいって感じです。ずぼらが歩いている、と言われても仕方ないかも。そんな私が病的にこだわるところ。これが触感なんです。

 濡れたタオルで手を拭くことが好きな方はいらっしゃらないと思いますが、私は結構手の触感にこだわるのです。柔軟剤なしにタオルのお洗濯はしません。家を出て、化粧室に入ることというのは誰しもありますが、ホテルにせよ、レストランにせよ、最近多いのは風で洗った手を乾かす機械。あれは使いません。なぜかというと、手が荒れる気がするし、乾いた箇所と乾いてない箇所が時間差でできてしまう。最後まできちんと乾かそうとすると、乾いている箇所にも風があたる。

 というわけで、私は手を洗った後、外で使うのは、ペーパーハンカチです。使い捨てなので、リサイクル関係の方からはよく思われないでしょうが、このペーパーハンカチ、なかなか売ってないんですわ。いろんな柄があるのですが、柄などこだわりません。布ハンカチで手を拭くと、濡れたきれが自分のバッグの中にあるわけです。だから、手帳とか書類物に触れて、字が滲むなどということがあってもいやだし、しめっとしめってしまってもいやなのです。バッグがしめるのももちろんいやですね。

 もちろんハンカチは持っています。いつも二枚バッグの中に入れております。普通の木綿のタイプとタオル地タイプ。木綿の方はお食事するときに、汚れたってどうってことないのにジーンズの上に一応かける。タオル地は人に貸す。これは濡れても仕方ないとあきらめを持ってお貸しします。ハンカチを他人様にお貸しできない、このことの方が恥ずかしいですから。ビニール袋の中に濡れたハンカチを入れるか、などと思ったこともあったのですが、ビニール袋の中から取り出したハンカチ、なんか不潔な感じがするではありませんか。人にお貸しして、その後ビニール袋に入れる、なんて使った方が目にしたら、ぷんぷんですよね。

 外から帰宅したら、もちろんまっさきに手を洗います。十年前は手だけではなく、顔も洗っておりました。そう、私、化粧しない人なんです。四十過ぎて、もう隠さないといけなくなり、仕方なくするようになりましたが。独身の頃、職場で何回も顔を洗っておりました。もちろん手も。

 かような病的なこだわり。これがどこからくるか。母が結構神経質だったので、遊んで帰ってきたら、「手を洗いなさいよ」と言われ続けたからかもしれませんが。思い当たる点がもう一つ。

 物心ついたときから、私は寝るときに、タオルケットを撫でながら寝る子供だったのです。体にかけているのを撫でていたのですが、そのうちにそのタオルケットでないと駄目になりますから、穴のあいたタオルケットの穴の部分を母が切りとってくれて、自分の顔の近くに置いたバスタオルくらいのタオルケットを撫でつつ眠るわけですわ。

 撫でる箇所は決まっているのです。ピンク色のタオルケットで、小鳥が飛んでいる柄でした。この小鳥のところと決まっています。小鳥は何匹かいたので、一箇所が破れれば別の箇所という具合に撫でておりました。五、六年もったのでしょうか。小鳥の部分が、撫でていて気持ちいいのです。「赤いのちゃん」と呼んでおりましたが、お洗濯した日なんか大変ですわ。柔軟剤のない時代ですから、ごわごわ。半ば腹たてながら撫でているんです。次の日はよかった。

 私の母の実家はピースハウスのある小豆島ですが、母の実家にも同じピンクのタオルケットが置いてあります。おそらく母が購入して、実家にキープしていたのでしょう。

 私の弟もそういうところがあって、こちらは薄緑の幌馬車の柄のあるタオルケット「ほろばしゃちゃん」(書いてて恥ずかしくなりますな)。弟は私のように撫で回ることはなかったのですが、顎のところに先端が当たってないといやらしいです。今でもそうらしいです。

 つまりタオルケットの柔らかな触感。タオルを見ると、まず無意識にそれを求めてしまうのでしょう。ですから、濡れたタオルは嫌いというより、触れたくないんですね。タオルに対する感触と、手がきれいでないといやだという気持ち、この二つがからまって、触感に対してはこだわり続けているわけです。タオルケットを購入するときは、目をつぶって触れて、一番よい感触のものを選びます。色とか柄などどうでもいいんですわ。

 ところで、格之進がうちに来た最初の夜。沖縄とこちらでは十度の温度差があって、寒くて震えているのだろうと、ケージの中の格之進をかわいそうに思い、無理やり、私のお布団の中に入れてしまいました。格之進は頭を私と反対方向に置いて、お布団の中に潜ってしまいました。次の日も同じことをやりました。すると、三日めからはもうお布団の中に寝るのが普通になってしまって、徐々に徐々に、私がお布団を敷くのを待つようになりました。そのうち、鼻で敷布団とタオルケットの間に隙間をあけようと努力するようになっておりますが、未だ隙間は作れません。

 とにかく、格之進は私と一緒にお布団で寝るようになりました。彼の場合は触感など関係ないでしょう。自分がすっぽりと隠れて、暖かい場所が好きなようです。80頭の中で暮らしてきた格之進。一人になる時間もなかったでしょうし、伸び伸びと寝るゆとりもなかったのでしょう。

 「ゆっくり寝てね」
 
 タオルケットを撫でながら、格之進に言うのでした。
2006.11.26(Sun)16:47 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 崖っぷちわんちゃんについては、多くの方々が記事を書いていらっしゃいますので、多くは語りますまい。今日のトピック関連ポイントです。TVで放映されると、あれだけ里親が名乗りをあげるのか。広島ドッグパークもそうですが、TVで流れなければ募金も集まらなかったでしょうが、里親候補が数千人大挙して押し寄せるということはなかったはずです。

 聖書の中に一番最初に出てくる人物。ご存知アダムですね。奥さんはエヴァです。幸せに暮らしているお二人。罪のない状態で、空腹に悩むことなく、暮らしに悩むことなく、楽しく生きておったのです。そこに出てきたのが、ご存知、蛇の形に身を変えたサタンです。創世記三章に登場して参ります。

 さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか」女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ』と仰せになりました。」そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなた方が神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです」そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。

 この後どうなったか。二人は自分たちが裸であったことを知って、恥ずかしく思い、いちじくの葉っぱをつづり合わせ、腰を覆ったことになっております。そして、神様が二人がその実を食べたことに気がつき、エデンの園を追われる。この神様と人間のやり取りは、人間の本質そのものです。責任の擦り付け合いを二人はやってしまうのです。アダムは「エヴァのせいだ」エヴァは「蛇のせいだ」というわけですね。人類最初から、責任転嫁の業を背負っております。

 蛇は滅茶苦茶書かれておりますが、これはあくまでサタンが蛇の姿を借りたことですから、蛇さんそのものに罪はありませんからね。ずっと読んでいくと、わかるようになるのですが。

 何が言いたいかといいますと、エヴァが食べてはならないと言われた実を見たとき、です。その実は食べるのによく(おいしそうだったのですね)、慕わしく(見たことないくらい綺麗な実だったのでしょう)、好ましかった(私が食べずして誰が食べる)。

 目は罪の入り口とされています。視覚情報には注意せねばなりません。徳島の崖っぷちわんちゃん。一人で六日間です。かわいそうと思わない方はいらっしゃらないでしょう。吠えている映像が出てくると思えば、ぐったりした映像が出てくる。これだけ元気だったのですが、今では憔悴しきっています、とTVは言うわけです。

 その実は食べるに良く(その犬は孤独で)
 目に慕わしく(かわいそうで)
 いかにも好ましかった(私が幸せにしてあげなければ)

と視覚情報によって、惑わされた人がいたわけです。それ自体は何も悪いことではありません。サタンである蛇は一番最初に言いました。「あなたがたは、園のどんな木からもたべてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか?」

 あなたがたは、このTVに映し出されている犬さんを幸福にしてはならないと、神様がほんとうに言われたのですか? おかしいじゃないですか。と、こうそそのかされたわけですね。

 不幸な犬さんは、その犬だけではないのです。食べられる実は、他にもあったのです。しかし、その実にこだわってしまった。その徳島の犬さんにこだわった方々がいた。

 誤解のないように申し上げておきます。犬さんの救出にはらはらどきどきするのは、何も悪いことではありません。しかし、TVです。どう見せたいかという意図があることを、忘れてはならないのです。はらはらどきどきするように、作られている。写されている、ということを、おそらくここをご覧になっている皆様はお感じになっていたと思います。その証拠に、保健所の「里親さんは抽選で」という言葉にひっかかった方もいらっしゃったでしょう。「遠く北海道から」という言葉にひっかかった方もいらっしゃったでしょう。

 広島ドッグパークでもよく聞かれたせりふが、「近くの保健所に行けば、不幸な犬はいくらでもいるじゃないですか」

 そうなんです、不幸な犬が広島ドッグパークに集結したわけではないことを、ここにいらっしゃる方々はよくご存知です。広島の犬さんたちを助けるために、多くの方がいろんなことをなさった。それはそれでよいのです。しかし、冷静に考えたときに、それだけで終わってしまえば、情報に踊らされただけ、ともいえます。もちろん、広島にボランティアで集った方々は、他に目を向けていらっしゃる方々ばかりだと思います。広島に純血種を貰いに行こう、と譲渡会に出かけた方々は、TVでバーゲンセールやってるって言ってたから、というのとどこか違いますか。

 さて、エヴァさん。この方が見目麗しい果実に目を留めた瞬間、人間の心の中に罪が入りこんでしまいました。罪というのは、何かというと、キリスト教では神様との関係を持っていない状態を言うのです。これをもって、「死んでいる」状態と言うのです。父親である神様との断絶状態を作ってしまったエヴァさんのおかげで、人類に罪が入り込んだ。つまり生まれながらに悪をその性質に持ってしまうようになったのです。その証拠に、人間は教わらなくても、悪いことをします。人の悪口をいい、人をねたみ、人に悪い感情を持ったりします。対して、親切な行動は、教わらなければやりません。お家のご両親が優しい方で、困った人を助けている態度を取らなければ、「大人はこういうことをするのだな」と子供は思いません。「挨拶しなさい」と言われないと、自然と挨拶するようにはなりません。その証拠に、「挨拶しなさい」と言われていた小学生の頃には挨拶していたけれども、大きくなっていくに従ってしなくなる。そちらが自然になってくるというのは、人間が正しく良いものを生まれながらに身につけていない証拠なのです。

 それはさておき、視覚情報にご用心。見ていいなあと思ったなら、一歩ひいて、「サタンが誘惑していないだろうか」とご自分にお尋ねください。ペットショップで目が合ったと言って、犬猫さんたちを連れて帰る方々がいると聞いています。一目惚れした男女と似ています。今現在は良くても、二人の関係が悪くなることが将来あるかもしれません。お金がなくなったら、仕事がなくなったら、それでも愛していけますか? ペットショップの犬猫さん、病気になったら大枚はたいて病院に連れて行けますか? 仕事で世話ができないのに、小さな命の相手を寂しくないようにしてあげられますか? 

 私はTVを見ない生活をしています。ニュースだけです。ニュースでも、用心しています。嘘があるからです。編集されたら、白が黒になってしまうことさえあると聞いています。なるべく、コメンテーターの方々の意見も懐疑的に聞くようにしています。

 でもね、数年前一回、テレビショッピングで、ダイエットマシーン、買っちゃったことを白状しておきます。これほど、サタンは巧妙に私たちを騙します。と言ったら、信憑性があるでしょうか? てへ。
2006.11.25(Sat)15:26 |  日記  | コメント : 2 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 動物愛護週間、9月ですね、その頃から悩んでいたのですが。というより、ずっと前からというべきでしょう。
 
 ダイナ君は附属病院についているのですが、遠いので週に三回近くの病院で学校の帰りに点滴している、というお話はいたしました。学校と家とは車で五分くらい。その間にある病院でとても助かっています。その病院に猫が住んでいるという話は昨年からダイナ君から聞いていました。でも見に行きませんでした。行けば、保護しなければという気持ちになるだろうと思ったからです。

 それが夏が終わった頃、ダイナ君が「仔猫が四匹増えている」

 これを聞いたときは、ショックでしたね。なぜ早く捕獲して避妊去勢しなかったのかと。なんか自分の責任のような気持ちになりました。しかし、町子を保護して避妊手術を受けさせ、ワット君を保護して去勢手術を受けさせた後。経済的にもしんどいし、成猫四匹かと頭をかかえていました。このまま数が増えていって、病院がすべての猫を捕獲して保健所に連れていってしまえば、後悔する。

 で、私はまず市会議員であり、獣医師会のメンバーである方にメイルしたのです。今年の春、まだ私が動物愛護に興味を持ち始めた頃です。無謀にもこの方にメイルして、「シェルターを作れないものか?」とお尋ねしたのです。その頃の私はまずシェルターが必要であると考えていました。もちろん飼い主の啓蒙活動も必要だと思いましたが、命を救うということを考えればシェルターがまず必要だと思って訴えたのです。

 子供のいる家庭よりペットのいる家庭の方が多いと言われている現在、一人暮らしのお年寄りがペットを飼って、その方が施設に入るとか亡くなるかしたとき、ペットはどうなるのか。いずれ、社会問題になるに違いない。

 誤解がないように言っておきます。私は自分の考えなどを積極的に訴えるということを良しとしない人間なんです。わーわー騒ぎたてるということに対して、あまりよい印象を持っていないのです。しかし、動物は言葉を発して、訴えることができない。だから、代わりに訴えていこうと初めてそういうことをしたわけです。

 その時のお返事は、いつも動物愛護の集まりでシェルターの話はでるが、それではどうするかという方法論になると皆口を閉ざしてしまう。まだ時期が熟していない気がする。ということでした。そういう状態に、目の前の命をすぐ救いたいという方々は会から脱退していったということも書かれてありました。

 それはさておき、動物愛護週間のイベントにその議員さんが講演をすることを知っていたので、その日の夜、「お疲れさまでした。ところで、私の息子の通っている病院に」と猫の状態をお知らせし、皆捕獲されて保健所に連れていかれることを懸念している。また地域猫の活動をしている団体をご存知ないかというお尋ねをしました。私の友人が獣医師ということも、紅葉の一件で皆様にお知らせしましたが(読んでない方、ごめんなさい)、獣医師の友人もそういうことをしている方は知らないといいました。

 議員さんからのお返事ですが、講演会の後のパネルディスカッションで、野良猫、野良犬を避妊去勢することが殺処分数を減らすことになると言ったのだが、保健所の所長さんが黙りこんでしまったということ。地域猫の活動をしている団体は知らない。その病院には来週行くことになっているので、猫のことを尋ねてみる。というお返事でした。

 私はほっとしましたが、それから今まで何もアクションがありません。

 それで、十月にぶんちゃん、ダイナ君と一緒に捕獲を試みたのです。ところが、完全な野良猫さんで、人に近寄ってこない。餌を持っていきましたが、人がいると食べないのです。それで、ダイナ君が点滴の後、フードを持っていって餌付けしてくれることになりました。

 そして数日前、「捕獲できると思う」「そうなの?」「それが、黒い大人の猫が後ろ足が動いていない」「え?」「おなかをすっているみたいで、傷になるかもしれない」「早く捕獲しないといけないねえ」

 と言ったのはいいのですが、後ろ足が動いていない猫。それは避妊去勢手術をしても、もとの場所にはもどせないのでは?うちのキャパを考えるとこれ以上は無理だ。

 とりあえず、今日の午前中、ダイナ君が点滴に行くので、いつもは終わってからあげるフードですが、点滴の前にあげて、捕獲できればそのまま動物病院に連れて行こうとしたのです。しかし、ダイナ君、空のケージを下げて車にもどってきました。「駄目だった。後ろ足が動いていないのに、二本足ですばやい」

 ダイナ君を病院に残し、私は動物病院へ。昨晩、助三郎の尿をとったので、検体だけ持っていきました。昨日は町子の尿を持っていったのですが、二匹とも血尿ではない。ということは、年子なのかなあ。懇意にしている女性の先生に、病院の猫についてお話します。

 足が動いていないとなると、よくなる可能性はあまりないでしょうねえ。そういう猫は、保護するときにこれからどうするか考えておかないとだめですね。面倒をみないと生きていけないかもしれません。飼い猫なら、治療が長く続いてもやっていけるかもしれないけれど(お金の面でもう続けませんということもできます)、保護猫でもとの場所にもどすとなると、どこまでやるものなのか、やれるものなのか、悩むことになりますよ。

 その通りです。悩んでいます。町子を里子に出して、一匹分あけば、その猫を保護してうちで治療してもいいのです。しかし、町子もストロバイト。それを理解して処方食を与えることを快く承諾してくれる里親さんを探せるだろうか。町子と助三郎はそこそこ仲良しになってもいるし。

 そして、病院の猫さんたちです。彼らは売店の裏に住んでいます。いろんな方が餌をくれます。食べるのには困らないようです。が、いつの時期になるかわかりませんが、病院の閉鎖が決まっています。合併による閉鎖なのですが、そうなれば餌にありつけるのか。

 自分自身にも問いかけます。どこまでやるのか? 今回保護してうちの猫にしたとしても、その次にまた保護したいと思う猫が出てくる。ダイナ君が入院することもある。半身麻痺かもしれない猫の世話をできるのか? きりがない。どこかで線引きをせねばならない。

 一日気分の重たい祝日でした。
2006.11.23(Thu)23:41 |  日記  | コメント : 8 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 こういう予感はありました。気持ちとして、嘘であってほしいなと思っていました。しかし、依然として何もわからないまま。

 広島ドッグパークです。

 大阪本部閉鎖、スタッフ全員解雇(雇われていないから解雇という言い方はないけれど)だそうです。思えば、数週間前、学生さんのブログでキラママさんが「告発します!」とやってくれた反響は大きかった。あ、内容ですか? 大阪スタッフ全員解雇です。次の日、大阪のスタッフさんとお話しした方が「さっき代表からお電話があったけれど、そんなことは話していなかった」というので、キラママさんの叩かれ方はすごかった。

 印象として、こうまではっきり言い切るには間違いではあるまい。誤解はあったかもしれない。聞き間違いとか。しかし、ARKーANGELSスタッフの方のブログに、はっきりと「それは間違いです」と書かれていなかったので、いろんな意見の中にあった「そんな大切な話を電話で問い合わせされて、そうですと言うか」「上同士の話し合いで、下にはまだ秘密かもしれない」というのが真相かなと思っていました。「あなた、会社、首になったんですって?」「はい、なりました」という会話はあまり聞いたことないですからね。

 そういう意味では大阪スタッフの方々、広島にいる方々より大人であったということですね。だって、私だったら言ってるよ。「広島の代表、腹立つ!!どうして全員解雇なんだ!!馬鹿にするのはいい加減にしろ!!だいたい、代表は○○のときに、○○してたし、○○のときには、○○だった。私にはこんなこと言った。あんなことした」それを黙っているのですから。言えない理由があるのかな? あまり考えつかないけど。

 私は半年以上前からAAのHPを見ていましたが、それなりに好感を持っていました。熱い団体だと思っていましたから。よくは知りませんが、警察にもよい印象を持たれている感じがあった。それだけに、里親募集のあの子はどうなるのだろう、この子はと不安でしたが、大阪スタッフの方々がお家に連れて帰っていらっしゃるらしいです。ひとまず安心ですが。

 そして、団体は広島の二ヶ月くらい前に仮設シェルターを作って、引越ししていたのですよ。壁には子供に絵を書いてもらい、看板はボランティアさんが書いて、すごかったのは、大工さんが奉仕されて床かなんか暑い中作ってくれたのです。その好意をどうするのですか? 賛同者に対して、それを無にするような行為をした説明責任があります。広島の問題がおこったときに、大阪の犬さんたちはどうなるのだろう。大阪のレスキュー活動はどうなるのだろうと実は心配していました。

 様々な意見の中、私が知らなかったけれども、「気がつかなった」と思ったことです。募金の口座です。大阪の犬さんたちに使われる口座と広島レスキューとの口座は同じなのです。なかには、終生AAで暮らすことになるであろう三匹の犬たちのためにお金を送っている方がいらっしゃる。そのお金は広島の口座と一緒になっているわけですね。そして、広島が始まる前、AAには百万円を越す負債がありました。あの負債はどうなったのだろう。広島以前の財政状態を見ていて、あの赤字はどうなるのかなあと思い、広島で五千万集まったと聞いたとき、大阪の赤字は解消されたのだなと思いましたが、なんか釈然としないものもありますね。広島の犬たちの医療費として支援金を募っていましたから。

 広島にいるスタッフの方が説明しないのなら、やめられた大阪の方々は口を開いていただけないでしょうか? あなた方もAAの看板を背負っていたのです。私のように何も知らないということはないでしょう。本当のことを教えてください。

 何がどうなって(憶測されている程度の内容ではなく詳しく)、大阪本部が閉鎖になったのか? 善意をいただいて作ったシェルターを閉鎖せねばならなかったのです。その方々にどう説明するおつもりなのか? 募金が本当はいくら集まって、どう使われたかということは大阪のスタッフの方々はご存知ないでしょう。まず、大阪本部に善意をくださった方々に対して説明責任がないでしょうか? そしてそれから広島のことをお尋ねしたい気持ちです。






2006.11.22(Wed)21:24 |  日記  | コメント : 2 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 皆様、「アメイジング グレイス」という曲をご存知でしょうか? TVの主題歌になり、CMでも使われ、ちょっと歌の上手な方は歌いたがる曲です。この曲はもともと教会の中で歌われる曲なのです。訳詞は以下のようになっています。

    驚くばかりの恵みなりき
    この身の汚れを知れる我に

これは1番ですが、訳についてはいろいろあって、この訳がいまいちとする方もいらっしゃいます。原曲を作った方は奴隷船の船長だったのです。人を売買することに加担していたんですね。作者は言ったそうです。「自分がはっきり認識していることが二つある。一つは、私がどうしようもない罪に落ちていたこと。もう一つはその罪からイエス・キリストが救ってくださったこと」というわけで、罪に汚れていた自分を罪のない者としてくださった神様の恵みについて歌っているというわけです。

 この曲は実に歌いにくい。「恵みなりき」の箇所、最後のきのところで音が上がりきって、息がなくなっているというのに延ばさないといけないんです。ビブラートで誤魔化す人も多いですね。この箇所をいささかの音程のゆれもなく、まっすぐ変わりない声量で歌いあげられれば、これはもう「上手」と誰からも評されます。

 それはさておき、ふと思ったことです。
奴隷制度です。もし、自分が生まれていたときに、そばに奴隷がいて、自分は平気で「あれ持ってきて。これ持ってきて」と言っていたなら、誰が悪いと思いますか? 奴隷はいて当然。私のために存在すると考えることは自然なことです。
 オーストラリアのピーター・シンガーは、

「人種差別の撤廃、女性の解放で解放運動はすべて終わったと思ったけれど、まだ差別されているものがある。動物だ」

と語っています。さらに、

「今まで当然のこととして行なってきたことを差別であると指摘されなければ、それが差別であると気がつかない。解放運動は道徳的地平線を広げる必要がある。そうすれば以前は当然と思われていたことが、今では我慢できないものとなる。」

 動物の権利が守られる、奴隷が人間として扱われる、女性に男性と同じ権利が与えられる。すべて同じ線上にあるのです。

 知らないことが罪であると、動物愛護運動の渦中にいらっしゃる方々はよくおっしゃいます。私も去年までは何も知りませんでした。「アメイジング グレイス」の奴隷船船長と同じように罪の中にいたにも関わらず、平気であったわけです。

 「アメイジング グレイス」とは「びっくりするような恵み」という意味ですが、自分がどのくらい罪深く、それから救われたということを知れば、大声でその喜びを歌いたくなる。奴隷船の船長であったというのに、曲を作ってしまったのです。知らせたくてたまらない。この恵みを知ってしまったなら、黙っていられない。

 動物愛護は残念ながら「恵み」ではありません。しかし、人種差別をなくそうと運動した方々が、自分の恵みの中で生きるだけで終わらずに、同じ恵みをすべての方々に与えてあげたいと願ったように、動物愛護もまたその運動は今はまだ恵みを受け取る準備段階です。動物たちに生きている恵みを享受してもらうこと。そのために、小さなことから、一つから、先に恵みを受けている方々と共に、行動していきたい。そう願うお狂です。

 そして、すべての動物が恵みの中で生きられるようになったなら、その生きる権利を享受することが全く自然なこととなったなら、その次は神様が創られた植物、自然の権利を守っていきたいと考えます。植物や自然に権利があるのかと問われたら、ないかもしれない。しかし、神様が生きて創られたものは、神様がよしと思ってくださるような状態に返していく。というより、せめてなるべく破壊せずにすむ方法を考えていく。それが地球を管理することをまかされた人間のするべきことであろうと、私は考えています。


 
2006.11.21(Tue)20:33 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 最近心配なこと、いっぱいです。

 一つめは、広島ドッグパークですね。ボランティア関係者のブログが次々と閉鎖に追い込まれています。それぞれ原因は違うかもしれませんが、どうしてこういうことになるんでしょうか? しかも、ブログのコメントが削除されていたりもしてますが、なんかもうPCで見ているだけでは何がどうなっているのかわかりません。支援金を送付した方々のお名前がupされたり、削除されたり。私がさらに気になっているのは、現在まだある関係者ブログの内容が、なんかどうも触れたくないので聞いてくれるな、みたいな雰囲気があることでしょうか。

 ブログはテレビでもないし、HPとしての情報ともまた違いますよね。カテゴリーとしては、個人の日記として捉えるのが一番妥当かもしれません。だから、書きたくないことは書かなくていいですが、でも見る側はそういうつもりで見てないですね。少なくとも広島ドッグパーク関連のブログは。また、広島ドッグパーク関連のブログだと、閲覧者が多いですからね。書く側としては、見る方々の二ーズはわかっている。それに答えきれているかどうか。しかし、個人の日記にそれを求めてどうする。というのは皆わかっているわけで。どっちを向いてもエクスキューズができる、それが中途半端な媒体にしてしまっている所以かも。

 動物愛護団体がどうなっているか、より、犬さんたちがどうなっているか。これを皆知りたいでしょう。写真の撮影も禁止されて、知りたいことはどこで知ることができるのかなあ。でもやっぱり動物愛護団体がどうなっていくかも知りたいですよね。だって、そこに犬さんがいるということは、犬さんの運命が決まってくるわけでもありますから。

 ここで一人でぼやいていても駄目ですね。何もならないです。

 それはよしとして(何もよくない!)、今日のほほえましい風景です。カメラを持っていればよかったです。ダイナ君のお迎えに行こうと、格之進を車に乗せたところへ、しばらく見なかったたらちゃん登場。
「あ、たらちゃん!!」というと、お散歩させていた飼い主さんが足を止めてくださり、たらちゃんをひとしきり撫で回しました。たらちゃんはとても喜んでくれました。
「たらちゃん、かわいいね。いい首輪してるね。かわいい、かわいい」と言っていると、飼い主さんが「名前を覚えてくれてたんですね」「あれ、今日は一人? もう一人の子は? あれ、これはたらちゃん?」「たらちゃんです。たらちゃんの方がちょっと大きい。今日は一匹づつお散歩です」

 あまりのかわいさに抱き上げようとすると、たらちゃん、さすがにあわてて暴れだしました。「ごめん、ごめん、びっくりしたね。じゃあ、お散歩行ってきてください。たらちゃん、またね」
 茶色のトイプーたらちゃん、かわいいなあ。ダイナ君は「ふれぶる、ふれぶる」と最近うるさいですが。

 そうだ、ダイナ君です。ダイナ君、相変わらず血圧が高くて、お弁当を食べたら、保健室で少し寝させてもらうことにしています。寝たら血圧が下がるのです。ところが、昼休みが短いので十五分しか眠れない。そして、血圧が下がりきらずに、養護の先生にもう少し寝ておくように言われ、このところ毎日五時間目がつぶれています。

 「こりゃ、大学どころでないな。高校卒業できないようになるかも」と今日、病院の教授にお電話しました。「三時間めと四時間の間に弁当食べさせろ。そして、少しでも昼休みに長く寝させろ!」という指示が。ダイナ君は病気の関係で食べることがあまり好きでないので、食べるのに時間がかかります。それで、三時間めと四時間目の間にどんなに食べられても半分。どのくらい寝る時間が増えるか疑問ですが、冬休みには検査入院が待っています。

 頭の痛いことがもう一つ。血尿のあとか猫さんたちのトイレに。誰かわからないのですが、抗生物質で治療した二匹ではないだろうと、年子を隔離。採尿しようとしたのですが、年子を隔離している間に、もともとのトイレにまた血尿の後が。どうも町子らしい。というわけで、町子を隔離。なんか堂々巡りしそうな、危険な多頭飼いでした。


2006.11.20(Mon)20:37 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です(もういいって)。

 ダイナ君が明日のギターのテストを控え、つたないギターが聞こえてくる秋雨の夜、皆様、いかがお過ごしでしょうか? しかし、いらいらするねえ、同じところばかり間違えて! 通しはいいから、できないところを部分練習しろ!!と言いたいところですが、険悪なムードになるといやなのでいいません。ちなみに、私はバンドではドラマーですが、ぶんちゃんはオーケストラでヴァイオリンでした。

 それはさておき、雨が降った昨日、ワット君が玄関にやってきました。食べているときに、ぬれている体をきれで拭いてあげると、きれが真っ黒に。シャンプーしてあげたいけど、きっと暴れるよね。そんなことより、寒いから、裏に置いてあるダンボールの箱を玄関に持ってきて、湯たんぽを入れてあげました。
「ここでいていいよ。あったかくしてあるからね」と、ワット君をダンボールの箱に入れる。
borushiti-141.jpg

 ここだよ、ここね。湯たんぽの上にどうぞ。が、出てくるワット君。ここだからね、湯たんぽ。
borushiti-144.jpg

 仕方ねえなあ。おせっかいおばさんの言うとおりにしてはみたけどさ。というワット君。そこにじっとしていないので、そのままにして中に入りました。

 酔っていい気持ちで帰ってきた世帯主。翌日、「夜中にワット君は玄関のダンボールの中にいたなあ」
 お役に立っているようで。
2006.11.19(Sun)22:22 |  日記  | コメント : 3 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 昨晩、車を買い替えるお金をどうするかねえなとど、脳天気な悩みで、弱い頭を使っていたお狂でした。ぶんちゃん、ダイナ君は車のパンフレットを見て、ボディカラーの選択で真っ向から対立。ダイナ君は緑が好きな子ですが、ぶんちゃんは黒。しかし、黒は夏は暑いぞと思うお狂であったので、青で意見は一致しましたが、ダイナ君はカエルみたいな緑がいいとまだ言っています。まだ買うことにしていないのですが、見に行くだけ見にいくかなあと思っております。

 さて、いつものように、11時くらいから2時までうたたねしていたぶんちゃん、二階に上がってきてお布団を敷いて、「お休み」と寝ている私に言いました。その言い方がやけにはっきりしていて、おかしいなあとは思っていたのですが、うまく寝られない私はお布団の中で悶々としておりました。とりあえず、お茶でも飲むかなと起き上がったのですが、電気をつけてみて、びっくり!!

 ぶんちゃんの布団にゴリラがいるのです。あ、ぬいぐるみね。掛け布団の中にゴリラがいて、掛け布団をはぐと、タオルなどによって、人型が。ぶんちゃん、夜中に出歩いてるのか!!思わず、ダイナ君の部屋など寝られる場所は見て周りましたが、これは夜中に抜け出している!!茶の間に下りると、世帯主がDVDを見つつ、うたたね状態。「ぶんちゃんが家を抜け出してる!!」

 世帯主は玄関に鍵がかかっていること、自転車があること、靴がないことを確認し、「抜け出してるみたいだな」と。私は携帯電話に電話しました。ぶんちゃんは携帯電話を持っていませんが、何かのときには私の携帯を使います。ですから、友人のメルアドは私の携帯にすべて入っているのです。私の携帯を持って出ていっている模様。全くこいつは何をやってるんだ!!お留守番サービスに接続されたので、怒って受話器を置きます。
 
 服を着替えて、外を見に行った私に、世帯主が「家の中で待ってなさい。帰ってくるのを待つしかないだろ」茶の間を片付けるお狂であった。「何を片付けててるんだ?」「ぶんちゃんは男といるに決まってるでしょうが。帰ってきたら、男を捕まえて、上がってもらって、話をつけるのよ!!」「女の子かもわからんだろう」「こんな時間に女の子が出てこれるわけがないじゃないですか! 男に決まってますよ!!こんな大切な時期に、相手も受験生だったら、相手の親御さんにも話をして、二度とこういうことがないようにしないと」「車で迎えに来られたら、あまりわからないけど、よくわからないように出ていけたな」

 ぶんちゃんは現在、彼はいませんが、男友達はいっぱいいます。どの子も性格的には「友達にはいいけど、彼にはしたくない」と言っている子ばかりですが、そうは言っても一つ間違えばどうなることやらわかりません。ぶんちゃんは、あまり友人たちと遊びに行きません。ぶんちゃんは私と同じで、時代の流行には懐疑的なので、あまり学校の友人たちと深くつきあいません。

 外で車の音が。出て行くと、新聞配達さんです。最近の新聞配達は車でするのか。時刻は四時。世帯主に新聞を渡します。「こんな時間に来るのか」と感心している世帯主。格之進は私と一緒に寝ていましたが、血相を変えた私について、二階から降りてきて、ピアノの前の自分のベッドで丸くなっています。三匹の猫たちは「もう朝ですか? ご飯ですか? でもなんか暗いですねえ」と言うように目を開いて、私を見ています。

 そこへ茶の間の外の裏庭で「にゃ~」と一声。ワット君です。格之進に煮干をあげ、ワット君にもあげます。寒いので、私がお布団で使っていた湯たんぽをダンボールの箱の中にいれ、ここで食べていていいよと言ってあげました。

 「車の音がした」というので、私が出てみると、斜め向かいの病院の裏口に止まりました。車から降りた方は病院の中へ。そこへぶんちゃんがゲートに姿を現せました。「あ、おかあさん」「ちょっと、男はどこよ!? 連れてきなさい!!」「男なんかいないよ。一人だもん」「嘘言うんじゃありません!!こんな夜中に抜け出す馬鹿はいませんよ」「走ってきたんだよ」

 中に入るぶんちゃん。世帯主は「お帰り。どこに行ってたんだ?」「走ってた」「電話が鳴っただろ」「鳴ってないよ」「そうか、早く寝なさい」なんでそんなに物分りがいいんだよ、ここは男親として一発ひっぱたくか、頭の上からどやしつける場面だろ!!

 ぶんちゃんが二階に行った後、「おかあさんももう寝なさい。追い詰めても、時期が時期だから仕方ないだろ」「追い詰めたって、あの子は本当のことを言いませんよ」「それならなおさら、もういいだろう。明日も子供は学校があるんだから、もう寝なさい」

 釈然としないお狂ですが、「眠れそうになかったので、走ってきた」というぶんちゃんに、「眠れないなら、勉強しろ!!それまで三時間もうたたねしておいて」とおこっているのでした。しかし、おこっているのはぶんちゃんも同じで、「男と一緒にいたなんて、どうしておかあさんはそういうことを考えられるのよ!」双方怒りおさまらないままです。

 すぐには寝られず、また茶の間の裏にいたワット君に話しかけます。「ワット君、寒いねえ。よしよし。ワット君はかわいいねえ」まあ、ぶんちゃんの日頃の交友関係を考えると、男と出ていくという発想はできないのですが、夜中にこっそり出ていった=男に会いにいったという発想になったのは仕方ないではないですか、と言い訳しておきます。だけれども、疑われたぶんちゃんは、そりゃ腹立つわなあ。

 「夜中に走りに行くといったら、反対されると思って」そりゃされるわ。それまで寝ておいて、なにが寝られなくて走りに行くだ!!帰宅したぶんちゃんは「こんな格好で男に会いにいくわけないでしょ」確かに化粧はしてなかったし、パーカーの上にベストというあまりおしゃれではなかったが。

 明け方、格之進と一緒にお布団に入って、子供って動物に比べるとやっかいだなと思ったのですが、ぶんちゃんも「親ってやっかいだな」と思っているのでしょう。

 
2006.11.18(Sat)17:05 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
今日も今日とて、お狂です(一回受けると、すぐ使いたがるミーハーです)。

 昨晩、ダイナ君を病院から連れて帰るとき、左のミラーがエンジンを入れると、ういんういんと言うのです。動かしてもないのに、ういんういんというので、思わずウインナーワルツを口づさむお狂でした。で、助手席のダイナ君に「手で動かしてみて」というと、おさまりました。何か訴えたいことがあったのだろうか。

 今朝、ダイナ君をバス停まで送っていこうと、車に乗り込んでエンジンをかけると、やはりういんういんと言っています。手で動かせても、エンジンをかけている間中、ういんういんというので、腹たっているのかもと思いつつ、昼から自動車会社に持っていきました。

 十二月には九年めの車検。担当の方が「あ、お狂さん、どうも」車の中には格之進。「あれ、犬ですか」「うん、沖縄から来たのよ。この子、一人にしておけなくてね。人見知りも激しいの」「あ、本当だ。ふるえてますね」「そうなのよ、ちょっと外でいるよ」「いいですよ。皆さん、犬を連れてきてショールームにいらっしゃいますから」「そう?」

 「ミラーごと交換ですね」「え~、お金かかるんでしょ?」「そうでもないですが、車検がありますからね、ちょっと見積もりとってみますね」結果、あっちも悪い、こっちも悪い、オイルパンからオイルが漏れてる。「二十万くらいですね」「二十万かあ」「買い替えときですね」「うちのぶんちゃん、受験でどのくらいお金がかかるかわからないんだよ」「そうですねえ」「蓋を開けてみるまでわからないからねえ」「蓋開けるまでに決めたらどうですか」「言うねえ」格之進は相変わらずぶるぶる。

 「世帯主がどう言うかわからないけど、新しい車の見積もりだしてくださいよ。一番安いのでいいわ。どうせ、荷物運ぶんだし、格之進も乗るしで。見積もりだけだよ」「わかりました」格ちゃん、よくこれだけ震えていられるなあというくらい、震えています。それで、見積もりが出る間、車に乗せておきました。まだこっちの方がましかなあ。


 昨夜、湯たんぽを試しにつかってみました。まず、ダイナ君のお布団の中に入れて、お布団を温めてみます。「僕はお風呂から上がったら、暑いんだから、湯たんぽなんかいいよ」と私のお布団に入れてくれました。足が冷たくて寝つきの悪いお狂ですが、「こりゃいいね。やっぱり湯たんぽだね。今年は電気毛布、いらないね」と思ったのもつかの間。足が熱くなってきました。それとともに、肩が冷えてくる。やっぱり電気毛布かあ。寝るときは、なるべく薄着で寝るので、かいまきなんかいやだしなあ。

 一昨日、茶の間で勉強しているぶんちゃんのそばで、うとうとしていた格之進。私がお風呂から上がって、「二階で寝るよ」と言ってもついてきませんでした。いつもは、私の行く場所にすぐついてくるのに、眠かったのでしょう。今日は格之進が来てから初めて一人で寝るなあと思っていたのでした。夏もとりあえず、一度私のお布団の中に入って、熱くなって出て行くというパターンだったので、「なんか一人が寂しいなあ」と思っていたのでした。夜中、何やら顔に、、、。格之進がお布団の中に入れてくださいと私の鼻をなめているのでした。「はいはい」と掛け布団を片手で上げて、中に入れてあげました。ぴたっとくっつく格之進。

 昼間も私がホットカーペットの上でお昼ねをしようとすると、タオルケットの中に入ってきます。私と一緒で寝ることが好きな様子。

 帰宅した世帯主に車のことを言うと、「そうか、一回見にいくか。お金ないなあ。そうだ!!犬を売ろう!!」何言うとんじゃ、こいつは!!冗談でも言うか!!「格ちゃんは家族だっていうのに、何てこと言うのよ!!」と子供二人に罵られる世帯主でした。
2006.11.17(Fri)21:56 |  日記  | コメント : 3 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。
 
 昨日、によど君の里親さんにみえっちご両親が名乗りを上げてくださったというお話をしましたが、コメント欄をご覧の方はご存知でしょうが、私の想像がやはりあくまで想像で、しかも捏造であったということでしたので、ここに謹んで訂正いたします。
 ちょっとおふざけ半分、ねたみとひがみ半分で書きましたが、やはりこういう記事はあまりよくないなあ、などと思って反省いたしました。誰に言われたわけでもないですけどね、記事には品格が必要です(おいおい、冗談だろ)。

 ここのところ、いろんな記事を見ますが、なんというのでしょうか、人に対して思いやりがかけるというのでしょうか、そういう人間がいくら動物のことを考えていますと言ったところでなんの信憑性もないわけでして、お里が知れるという記事を書いていたのではいけません。まあ、たいしたお里ではないのですが、私自身はブログはTVと同じ、発言に責任を持つ必要があると考えております。ですから、皆様から「これはちょっと言いすぎではないか」とか、「何様のつもりでこういうことを書いているのか」と言われないよう、気を配っているつもりではありますが、いかんせん、お狂はお狂でして、品格があるわけでも、よい家柄の人間でもありませんが、一社会人として子供に「馬鹿じゃないの」「おかあさん、最低」といわれるような記事だけはかかないようにせねばと、いきなりレヴェルが下がってしまいましたが、そういうわけです。

 それは違うのではないかと思うときでも、実に婉曲に、「そういうおつもりでお書きになったのではないかもしれませんが、このように読めますが、それでいいのでしょうか?」というコメントを発する方がいらっしゃいますが、せちがらいこの社会、反対意見を言うにも、お互い感情的にならずに折り合いのいいところで仲良く折り合える、その雰囲気を出しておかねばならないのではと思います。それが大人としてのマナーであろう、と考えておりますが、ま、私は子供っぽいですから(なんのフォローにもなってない!!)。

 よそ様のブログを読みまして、コメント欄を見ると、「これ、どうしてこういう言い方するかなあ」と思うことはよくありますよね。しかしながら、そこに集ってくる方々が大人であれば、よくできたもので自浄作用が働いて、いつしか丸くおさまっていることがあります。成熟したネット社会というのはそういうものだと考えております。「それはおかしいのではないか」「いえ、そういうおつもりでおっしゃったのではないと思います」「だけれども、おかしいでしょう」「その点だけみたらおかしいかもしれませんが、そのように思われるのは無理からぬことです」という具合に意見が交換されていき、ぎすぎすした一触即発状態がなごやかになっていく。そういう掲示板であれば、誰かがきついコメントを書いても、結構安心してみていられます。

 それはさておき、によど君、みえっちさんがおっしゃるように、赤い糸でみえっちご両親と出会えたことは本当によいことでした。全力疾走で車を追いかけてきたによど君。自分でつかんだ幸福なんだなあとしみじみと思います。また新しい写真のupも見られることでしょう。ふざけすぎた私をお許しください。まあ、私も岡山に行きたかったんだよね。と、半ば開きなおったかのようなお狂であった(今までのしおらしさはどこへやら)。

 ところで、今日、13時過ぎ、家でごろごろしていますと一本のお電話が。また勧誘か~と思いつつ、受話器をとりますと、
「ダイナ君、血圧200です。病院に連れていってください」というダイナ君の担任の先生からのお知らせが。ダイナ君を学校に連れにいき、格之進を実家に預けて、附属病院へ。ダイナ君は今日は点滴の日だったので、点滴をしつつ、お昼ねモードに。

 教授は診察時間を終わっていたので、時間があって、いろいろ話しこんでしまいました。教授は小学4年からアルバイトをして、家計を助けていらっしゃったとのこと。教授が反抗的であったため、学校の先生からいじめを受けていたことは前に伺っておりましたが、大学の研究室でも反抗的だったらしく、最初の数年間は飛ばされていたとのことでした。教授の懐の深さというのは、こういうところから出てくるのだろうと思うのですが、子供はいろんなタイプがいます。大学の研究室にいる方々の多くは、お勉強もよくできる良い子として大きくなっていかれた方々なのでしょう。そういう方と向かいあって、何の相談ができるのかねと常々思っておりました。学校の先生も、勉強のよくできる方々に出来ない子供の気持ちがわかるのかねえとも思っておりましたが、教授に「勉強だけしてたらいいのと違うぞ」といわれると、そうだなあと思うのでした。

 ダイナ君は冬休みに検査入院することにして、とりあえず、昼休みに昼ねするという、ぶんちゃんが聞いたらよだれがでそうな解決策を与えられ、ダイナ君、不満そうですが、仕方ないなあと言っています。さっそく、担任の先生にお知らせすると、生物部の顧問である先生、「では部活もしばらく休みにしますか」「それは困る!!」とダイナ君。外回りは休みで、水質調査はさせてくださいと珍しく主張するのでした。

 格之進を実家にお迎えに行くと、母が「格ちゃん、我慢してたんだろうけど、二階にあがる階段のところで、うんして、仏間のお座布団の上にしーしてくれて、堪えきれなかったんだろうけどね」とのこと。あの綺麗好きの母が笑っていることに少し驚いております。

 夜にはワット君が、やってきました。湯たんぽを買ってきたので、これをいつセットするかですが、ワット君、セットしたら、ダンボールの箱の中にいてくれるのかなあ。とりあえず、お狂、格之進ペアのために一回使ってみてと(湯たんぽは二つ、タイプの違うものを購入しました)。

 一週間前、ダイナ君が入院していたころ、病院の駐車場は黄色の並木でしたが、今日行ったら赤くなっていました。カメラを持っていっておけばよかったと思う、秋の流れのはやさを思わせる夕暮れでした。

 
2006.11.16(Thu)21:59 |  日記  | コメント : 7 | トラックバック : 0
 ここをよく覗いてくださる格之進の親戚犬ふぁいと飼い主のみえっちさんが、里親さがしをされているというお知らせはいたしました。この度、めでたくによど君はぷう太君とお名前を改め、みえっちさんのご実家に里子さんとなることになりました。ぱちぱち。

 しかし、笑いますね。みえっちさんご夫婦、によど君をご実家に預けて、ほいほいと岡山くんだりで遊んできて、帰宅すると、
「ぷう太はうちの子にするから」って、なんかお気持ちわかりますわ。

 これは想像ですよ、あくまで想像ね。
みえっちおとうさん「これだけ愛想のいい、よくなつく犬を置いて、夫婦してあとの三匹連れて遊びにいきやがって」
みえっちおかあさん「私たちを連れていってくれるのならまだしも、犬三匹連れていって、ぷう太だけ置いていくなんてどういう神経してるの」
みえっちおとうさん「ぷう太、かわいそうになあ。不憫だなあ。一緒に寝るか。どうせ、あいつらは今頃岡山で楽しんどるわ」
 という置いていかれたぷう太君をかわいそうに思い、その同情のお気持ちが「この子をうちで幸せにせねば」という思いに繋がったと、お狂は想像いたします。あくまで想像ね、想像。岡山で楽しんでちくしょーと思っていたのは、個人的には私の気持ちですけどね、ははは。でも岡山産のおしょうゆいただいたので、これ以上いえないけどね。うちのぶんちゃん、送られてきたおしょうゆを見て(みえっち全員プレゼントの景品ですよ)、「今はやりのボジョレ・ヌーボーかと思ったわ。おしょうゆとは思えないほど、おしゃれな包装だね」ということです。

 さて、今晩、洗濯物を取り込むことを忘れてしまい、あわてて夜だというのに取り込もうと外に出ますと、縁側に置いてあったワット君専用ダンボールからワット君があわてて出てきました。
「ワット君、いいんだよ、そこにいて」
「え、わーちゃんがいるの?」とぶんちゃん。
煮干を持ってきて、「そこにいていいよ」というのですが、格之進が外に出たがって顔を覗かせたため、警戒して土の上に降りてしまいました。ワット君、そこにいるのなら、湯たんぽ作ってあげねばね。湯たんぽ、買いにいかねば。世帯主がたまたまそこにいて、
「でけー猫」と言っています。
こいつはどこで餌をもらっているのでしょうか?
撫でてあげると、すごく撫でごたえがあります。頑張って冬を越すんだぞ。



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2006.11.15(Wed)22:02 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 ある日のことです。ダイナ君と私は夕食時にニュースを見ていました。地方版になって、「今日は地元でとれるようになった豚肉のお話です」なんかいやだなとは思ったのですが、コマーシャルが終わってみた最初の映像は、「こちらをご覧ください。この広~い草原に飼われているんですよ」写される動物さん。思わず、私とダイナ君、声を揃えていいました。

「かわいそう!!」

 広い草原はいいのですが、殺される運命ではないですか。お肉の話に動物が食事してる映像を出してくるのか。ダイナ君は言いました。
「おかあさん、やっぱりお肉は食べたらだめだね」

 というわけで、まずうちの冷蔵庫からお肉をゼロにしよう。ということで、家ではここ数ヶ月、お肉料理は出ていません。菜食主義にはいろいろな段階があることは皆様、ご存知だと思います。お肉の中でもチキンは食べる方、お肉は全く食べないけれども、魚介類は食べる方。魚介類も食べないけれども、乳製品は食べる方。そして、ビーガンと呼ばれる全くの菜食主義の方。

 ここで重要なのは、主婦の料理の腕です。主婦業はしたくない、楽したい、誰かにしてもらいたいというお狂に、腕はない。二本あってもついてるだけ。考えてみれば、お肉を入れて炒めてちゃちゃちゃ。このダンスのリズムに合わせて、手を抜いていたのでした。ここにお肉を抜くとなると、これはもう私にとっては、大変なことなのです。ウインナーもハムもミートトレイには入っていません。

 それで、仕方なくというか、マクロビオティックの本を買いあさったのでした。なんかいまいち、使いこなせない料理本。とりあえずだねえ、しばらくお肉追放で魚介類は食べていこうか。卵もね。ということで、適当に妥協して、そのうちにまあ何とかなるかなあと思っています。

 いつぞや、格之進がスーパーで買ってきたチキンカツを食べてしまったお話をしましたが、実はあの時もうお肉禁止になっていたのですが、「外で食べる分にはいい」「誘惑に負けた分にはいい」という実に都合のよいルールを敷いております。しかし、世帯主はぶんちゃんに言ったそうです。

「最近、粗食だな」

 私は大学時代に実は菜食主義者だったのです。にきびがひどかったので。ですから、お肉がことさら食べたいと熱望することはないのですが、ダイナ君は自分から言い出したものの、「豚キムチが食べたい」とか言います。そういうときは、まあ作ることにしています。というのも、ダイナ君は食事制限が大きいので、もともとお肉は量が食べられないのです。焼肉が食べたいと焼肉屋さんに行っても、食べるのは二枚だけ。お魚も目の下と背中の部分を少しだけ。フライドチキンは一個だけ。それで一日分が終わりなのです。チキン一個で一日もう何も食べられないんですよ。量が少なければいいのかという問題ではありませんが、ダイナ君については、食べたいものが少ないのです。牛乳、ヨーグルトは禁止ですし、お豆腐だって一センチくらい。誘惑に負けている間は、仕方ないかなと思っています。

 ついこの間、世帯主が子供二人連れて外食しました。私が寝込んだもので。「何食べたの?」とダイナ君に尋ねると、「カレー。本当はトンカツ定食にしようかなと思ったけど、動物愛護の観点からやめた」というダイナ君。材料を考えれば大差ない気もするけど、君の気持ちは認めよう。一泊二日の入院中に「子供たちができること」という動物愛護の本をもう一度読み直して、忘れかけていた動物のために自分ができることを思い出したようです。

 動物愛護に対する関わり方は、人それぞれですが、自分にできることというと、実はいろいろあるんですね。動物実験をしていない会社の化粧品、シャンプーを購入するとか。生体販売していないペットショップで、フードを購入するとか。ダイナ君の持っている本には、いろいろな方法が書かれています。お金や物資を動物愛護団体に送るという行為であったり、直接的に保護するという行動であったり、それはそれで大切なことですが、もっと身近な方法もあるのです。

 最近、熊さんの出没のニュースを見るたび、「熊さん、早く山に帰りなさい。殺されてしまうよ!!」と叫んでしまいます。山に食べ物がないのは人間の責任です。地球温暖化現象の対策を早く考えないと、動物だけではなく、人間にも影響が現れます。いえ、もう現れています。何か一つ、できることを考える。そういう動きが必要です。

 最後に、昨日休んじゃた分、アピールです。
このブログにもリンクをはっておりますドッグ・サルベーション。http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Lucky/4037/index.html
ピースハウスと共に、ご支援をよろしくお願いします。

2006.11.14(Tue)18:53 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 3
 昨日、町子の採尿ができて、動物病院に持っていくことができました。ようやく町子もs/dからc/dを食べるようになり、年子もこれを食べることはできるので、皆同じものを食べるようになります。助三郎と町子がs/dを食べていた間は、年子だけ隔離して別のものを食べさせて、助ちゃんがよくなってからは、町子だけ隔離して食べさせて、なんか同じケージにいると同じものを食べてくれないと手間ばかりかかりますね。しかしながら、幸いなことにうちの三匹は、何でも食べてくれるので助かります。三匹いるから奪い合いになってしまうんです。だから、味など関係ない。ちゃっちゃと食べた者の勝ちなのです。

 さて、今日はボルシチ君あらためぷうちゃんを最後の診察に連れていってきました。
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 かわいくなりました。というより、しゃきっとした男前の猫さんになりました。かわいがってもらっているようで、ぶんちゃんはぷうちゃんを抱いて、友人の家の匂いがするといっていました。一緒に寝ているとのことで、大切に大切にされているのでしょう。

 便検査okなので、一回目の予防注射をしました。耳のお薬をもらい、中の汚れを毎日一回お薬できれいにしていきます。ここから先はもう、里親さんにおまかせすることになっています。

 ダイナ君はというと、昨夜24時間血圧計をつけて、今日はずしにいったのですが、やはり夕方に一度180くらいに上がっていたようです。これから気をつけていかないといけないでしょう。本人は何の自覚症状もない。これが問題なのですが、こまめに血圧を測って注意してみます。

 ぶんちゃん、ダイナ君は明日、インフルエンザの予防注射を受けにいきます。注射を見ると真っ青になるぶんちゃん。明日の夕方は恐怖の時間となりそうです。
2006.11.12(Sun)22:17 |  日記  | コメント : 2 | トラックバック : 0
 さて、今日は何の記事からいきましょうか。
 まず不愉快な話題からいきますか。皆さん、よくご存知の方もいらっしゃると思いますが、ピースハウス。日記を見ると、管理人の方が平に平に謝っておられるので、どうしたのかと思ったのですが、掲示板によると荷物やメールを送っても何も言ってこない、こんな失礼なことはないと怒っていらっしゃる方が。
http://www.peacehouse.join-us.jp/

 結構、掲示板ではやんわりと多くの方々が諭していらっしゃいましたね。でも、ご本人は袋叩きにあったと思っていらっしゃるようで、「ここは宗教ですか?」って、あなた、何でもかんでも宗教にするなよ。宗教が迷惑だよ。こういう印象しか持ってもらえないようでは、宗教も困った印象を与えてしまったものです。

 先だってもある方のブログに、「ここは宗教ですか?」みたいなことが書かれてあって、ちょっとなあと思いました。客観的に物事を見てくださいよ。ぷんぷん。「宗教ですか?」ではなく、「ファンクラブですか?」とこれからは書き込んでください。あ、宗教ではなく、ボランティア精神の話ですね.


 いつも思うのですが、ピースハウスの掲示板は大人ですね。現在の話ですけどね。そうでない頃もありましたが。結構、皆さん、我慢強い。すぐぎゃんぎゃん言わないんですよね。何かアクションがあって、それから二、三成り行きを見るようなコメントがあって、それからですわ。それでも「あなたのおっしゃってることもわかるのですが」という、クッション言葉があって、「出てけ」とか「来るな」とかは最初からはないですね。気持ちの中ではあると思いますが、ここの皆さんはまずピースハウスのお二人のことを考えているような気がします。喧嘩を始めると、お二人が困るという風に。

 それはさておき、いつぞや、ボランティアについてお話ししたことがありましたが、こういうときって、どういう気持ちで支援しているか、よくわかりますね。犬さんや猫さんのことを一番に思っているなら、こういう言葉は出てこないですよね。そして、「ありがとう」「助かります」という言葉が聞きたいんですよね。なんか、寂しいですね。皆、優しさに飢えているんですよ。だから、優しいことをしたいんです。そして、優しさに触れたいんですよ。一生懸命やっている自分をほめてももらいたいし、認めてももらいたい。寂しいですね。

 この方のお気持ち、わかるんですよ。私も一回、物資を送ったのに、掲示板に名前が挙がってなかったんです。ピースハウスじゃないですよ。「あれ、届かなかったのかな」と思いました。名前もれがあったら、申し出てくださいと書いてありましたけど、「私、○日に物資を送ったお狂です」って、メールできますか? 「私の名前が挙がってないんですけど」って。

 これをやると、ピースハウスに書き込みされた方と同じです。言い方が違うだけですよね。「失礼じゃないですか」と怒っていらっしゃいますが、私も怒ってなくても同じことを思ってるわけですよ。

 物資を送るのも、支援金を送るのも、無記名にしたらいいんですけどね。きっと、今集まっている額よりずっと少なくなると思いますよ。でもきっと、純粋にその団体の動物たちのことを思っている方々だけが、支援するようになると思います。もちろん、最初は皆純粋な気持ちなんですよ。というか、純粋な気持ちのつもりだったんですよ。でも、自分の存在が邪険に扱われたと思ったときに、自分の存在の方が、傷ついた犬猫より大切であるとわかるんですね。

 ちょっと弁解させてください。私は別の動物愛護団体に新聞紙を送ってるんですが、お礼のお葉書が来るんです。すぐではなく、数週間たってからです。それで、「もう書いてくださらなくて結構ですから。その時間を、犬さんや猫さんのお世話にお使いください」って書いたら、それから来なくなりました。気持ちが楽になりましたよ。走り書きなんですよ、その葉書。時間がないんだ。なのに、葉書いっぱいにお礼を書こうって、苦労されているんだ。とわかったら、なんかたかが新聞紙に、お礼状なんてね、「お狂、いい気になるなよ!!」って感じです。

 「なんのお礼もない」という方は、きっと精一杯の支援をされたんでしょうね。これだけやったのに、って思ってらっしゃる。それぐらい多くのものを捧げたんでしょう。だけれども、それは言ってしまうと、品格が地に落ちてしまいますね。

 自分が一番大切。誰だってそうです。でもそれを忘れるくらい、他の人のことを、他の命のことを真剣に考えましょう。それができないのなら、真剣に考えている方々のお邪魔はやめましょうよ。自分にできないことをやっていらっしゃるのですから。

 結局、一つのことしか書けなかったです。
 今後ともピースハウスをよろしくお願いします。
2006.11.11(Sat)00:22 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 昨日、日付が変わるころに帰宅して、そこそこ疲れておりましたが、年だと思います。疲れたからと言って、寝られるわけではないのです。なんか、うまく寝付かれないというか、眠くないといいますか。いつもの通り、見るべきブログ、探すべき情報を漁っておりました。

 結構忙しく、精神的にもきついなあと感じた一日でしたが、最後にまさか、大きくがつんとくるとは予想していませんでした。こちらの11月9日のブログをご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/dogsalvation/

 なんかもうがっくりきましたね。こんな記事でなければ、いつものように、「あるブログで見たのですが」と内容を要約してお知らせするところです。これは堪えましたわ。要約する元気がありません。涙が出そうでした。こんなことがあっていいのかと思うことは、動物愛護関係では本当に多くありますが、もういやになりましたね。

 いろんな方がいらっしゃると思います。目の前の犬を前にして、「この犬の世話するのいやだな。さっさとどっかに連れていってくれないかな」と思って見ている方と、「この犬かわいそうだな。なんとか救ってあげられないのかな」と見ている方とでは、もともと持っている感情が違いますから、おのずと「こうしてほしい」という発想が180度違います。

 犬猫の保護関係の公的お仕事についていらっしゃる方々は、「犬猫の仕事がしたい」と思ってその部署に配属されているわけではないですから、どんな方がそこにいても不思議ではないのです。でも扱っているのが命だということは憶えていていただきたい。これは介護関係でも、児童関係でも同じです。

 最近、つらいことしかありませんね。どなたかよいお話があったなら、お聞かせください。

 それから、皆様、ありがとうございました。ダイナ君は午前中の血圧が130から上がらなかったので、夕方に退院となりました。私は、11時から14時まで、格之進を実家に預かってもらう予定だったのですが、昼ごはんのときに主治医の先生が来られて、「そしたら退院しますか。教授回診があるから、それまではいてね」というので、病院を出たのは15時回ってしまいました。

 教授は前日と同じように、つまらないことを言いつつ(天然賢人です)、「じゃ、冬休みね」と軽く言って部屋を出ていかれました。多くの学生さんを引き連れておられました。

 ダイナ君と一緒に格之進をお迎えに行くと、母が「格ちゃん、ずっと待ってたのよね。首を長くしてたのよね」と格之進に言っていました。「ごめん、退院できるというものだから」と謝りつつ、三人(二人と一匹)で帰宅。下校したぶんちゃんが「あれ、ダイナ、帰ってきたんだ。今晩、病院に行って一緒に勉強しようと思っていたのに」

 ただ、血圧が上がった原因がわからないため、学校が休みの間、24時間血圧計をつけることになりました。また明日の夕方、病院に行って、点滴してから、血圧計をつけますが。

 でも、やっぱりおうちが一番!!
2006.11.10(Fri)23:57 |  日記  | コメント : 8 | トラックバック : 0
 動物愛護となんら関係のない記事となるかもしれない今日の日記です。ダイナ君が先天性代謝異常ということはもうお話ししました。ダイナ君の病気のことについてお知らせしていけば、別のブログを立ち上げなくてはいけません。一つ、お知らせしておくことは、ここ数日話題になっています腎移植。ダイナ君も勧められています。というか、将来的にやらねばならないだろうといわれています。

 ダイナ君は先天性代謝異常の中でも珍しい「メチルマロン酸血症」という病気です。症例があまりないので、当然治療法が確立されていません。肝臓の中にはたんぱく質を分解する酵素がいくつかありますが、そのうちの一つが欠損しています。欠損している酵素によって病気の名前が違ってくるのですね。ポピュラーなものもあります。また、同じ病気でも欠損の度合いによって普通に生活できる人もいれば、障害を持ったり、死亡にいたったりする人もいます。

 まあそれはさておき、今日午前中、大学附属病院にお薬をもらいに、私一人で教授の診察室に入っていきました。
「ダイナはどうだ?」「まあそこそこですね。検査の値をみていただければおわかりになると思いますが」と近くの病院での検査データをお見せして、ご報告します。そしてご意見を伺います。うちから附属病院まで車で30分。ダイナ君は一週間に三回、学校が終わった後点滴を受けるので、近くの病院に行きます。私は月に一度、その病院での検査結果を持って、お薬をもらいに附属病院に行くのでした。

 「しかし、愛媛の腎移植の話はひどいよなあ。考え方が根本から違う。病気の腎臓、ダイナにほしいか?」「それって、将来的には癌になるということでしょう?」「そうだわな。免疫を抑制しないといけないわけだからな。ダイナも腎臓が悪くなったら、透析して、それから移植しないといけないからなあ。いろいろ家族も考えないといかんぞ」

 わかっていることですから、ほいほいと帰宅しました。今日、格ちゃんは一緒に車に乗っていきました。迷いました、うちの実家に預けようかと。でも、それもかわいそうな気がして、車の中で待っていてもらいました。時々、駐車場の車の中で犬が吠えているのを見かけます。かわいそうです。暑ければ実家に迷わずあずけますが、なんかいまいちなれていないことを考えると、車の中なら丸まってふるえずに待っていてくれるので、暑くない今日はそちらを選びました。これもまた心が痛みます。

 で、助ちゃんです。この間、採尿できなかったので、朝からまたまた隔離。夕方六時頃にようやくおしっこしてくれました。いろいろな方のアドバイスありがとうございます。しかし、なかなか出してくれない場合はどうしたらいいんでしょうか? これもまた悩みです。まだ町子がいる。

 ダイナ君は今日は点滴の日なので、五時頃、既に近くの病院に連れていっています。点滴している2時間くらいの間に、尿だけもって動物病院に。ところが、この動物病院、午前中に行った附属病院の近く。やれやれ、助ちゃん、どうして朝一番でしてくれないの。

 助三郎は明日より処方食がかわることに。町子より早くよくなったことになります。町子はまた明日、採尿するかね。

 ダイナ君のお迎えに病院に行くと、点滴はもうすぐ終わり。血圧を測っておしまいですよと看護士さんに言われ、横で待っていると、あれ!?

 203/110 もう一回はかります。210/130もう一回。205/104

 三年前にダイナ君が死にかけたときの血圧の値です。家に帰って測っても、200越しています。附属病院にお電話です。
「入院の準備をして、来てください」本日三度目の道を運転していきます。

 ついてすぐ血圧を測ると180/130 「入院ですね」
いろいろ荷物を運びこみ、パジャマに着替え、手続きをして、ダイナ君、もう一度血圧を測ってもらいます。150/110

 退院できるじゃん。しかし、午前中、教授と冬休みに入ったら、入院して検査だといわれていたメニューが始まっています。最短、退院は明後日以降です。

 それで、格ちゃんはどうしたらいい!? 実家に預けるしかないのでしょうね。格ちゃん、ごめんね、我慢して!!
2006.11.09(Thu)00:20 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 ここ数日、あまりよく眠れません。広島ドッグパークの件です。私は人のやることにとやかくいう立場にありませんから(自分が動いていない)、いう資格もありません。とはいえ、思うのですが、「私は○○さんを信じます」とか「私は○○(団体名)を信じます」というのはおかしいのではないでしょうか?

 考えてもみてください。「私はソフトバンクの孫社長を信じます」「私はユニセフを信じます」とか言いますか? こういうことを言うときは、何かことがおこったときであり、不信な情報が出てきたときです。それでも世間一般で「信じる」と断言することはなかなかありません。会社につとめていると、「自分はそういうことはやりたくない。しかし、上に言われると逆らえない」ということもありますし、「自分は関与したくない。しかし、会社存続のためにはいたし方ない」ということがあります。様々な事情や背景を持っている団体や人間を、なかなか「信じる」ことはできません。

 善意からでたものであったならば、皆優しくことを見るのだなあというのが私の感想です。善意から出たものであるから、そこは多分に感情が先行しています。

 私は数日前の記事に、「人からほめられていい気分になる。そのとき、心に隙ができて、欲望がからむ」と書いた記憶があります。どうしてそういうことを言うかというと、クリスチャンだからです。キリスト教はもともと人間は罪深いものと捉えています。ですから、昨日よい人が今日もよいとは限らない。というより、誰もが間違いを犯す。それに早く気がつき、悔い改めていく。これが大切なことだと言われています。そして、人は間違う。だから人についていったり、人を崇拝するのは危険であると思っています。

 五千万も寄付金が集まった。それでもまだ寄付を募っている。どうして? 人によっては犬の医療費はあれだけ数がいたら五千万でも少ないという言う人がいます。それならば、かかった金額を明示してください。なぜできないのか? 犬のお世話で忙しいから。では、会計専門のボランティアを募ってください。いろんな情報が錯綜するなか、きちんとした情報をupしてください。なぜできないのか? 犬のお世話で忙しいから。ではpcにはりついていられるボランティアを募ってください。

 人の善意で成り立っているのなら、普通の会社以上に敏感になってください。善意というのは、簡単に悪意に変わるのです。必要なところ(情報の開示)を握って、誰にもふれさせないというのは、おかしいと思われても仕方がない。そういう誤解をもたれないために、どこどこまでも慎重に世間に対し、情報を開示し理解を求めていくのが、善意をいただいている団体のすることではありませんか?

 本当かどうか知りません。ブログで取りざたされていることですから。現地のボランティアさんは、愛護団体のやり方に不満があるけれど、それを言うと「明日から来なくていいよ」といわれるので、犬のお世話のために言わない。言いたいことが言えないボランティア団体っておかしくありませんか? 犬のためにやっている方々が、言いたいことを我慢するというのは、普通の会社と同じではないですか。ボランティアさんは動物愛護団体の社員ですか? 

 今一番問題になっていることは、一時預かりさんのお家にいた犬さんたちが広島ドッグパークにもどされていることです。苛酷な目に合わされた場所に、暖かい家庭からもどされるのです。どうしてそういうことをするのか、わかるように説明してもらいたい。一時預かりさんご自身納得できていない。どうして犬さんの心に動揺を与えるようなことをするのでしょうか? そしてご自分の家でお世話してきた人間の心にも傷を与えています。

 ひきはなされた方々は自分がお世話した犬さんの情報が、どこかに出ていないかと一晩中パソコンの前で探しているのです。まるで拉致被害者の家族みたいに。

 広島ドッグパークの犬さんたちはひどいめに合ってきた。ここにもってきて、また精神的にひどいめに合わされるのでしょうか。そのうえ、一生懸命面倒みてきた人間の心にも不信感を与えて、これはもう二次被害ではないのですか?

 大きく問題になったハイジちゃんはテリアだそうです。テリアという犬種は、しつけが難しいそうですが、先住犬のダックスと仲良く一緒に居る写真をみて、ブリーダーの方が「よくしつけられている」とコメントしていました。引き離されてしまったハイジちゃんの心も、一ヶ月一緒に暮らしたダックスちゃんの心もこれから心配だと書かれてあります。そして、忘れてはなりません、お世話された人の心も動物愛護団体に対して傷つけられています。

 こういう心配が無用のものだというのであれば、そういう趣旨でHPに声明の発表があってもいいのではないか。誤解を与えている、混乱を与えている、そんな状況を避けるためにです。「おまえは何もわかっていない」そう言われることを、私は望んでいます。 
2006.11.08(Wed)17:22 |  日記  | コメント : 10 | トラックバック : 1
 昨夜は風が出てきて、寒くなりました。昨夜より、格之進と私は二階に上がり、ぶんちゃんと一緒の部屋で寝ることに。まだ寝ない私を尻目に、受験生のぶんちゃんはさっそく寝ています。それを見て、ぶんちゃんの布団の中にもぐりこむ格之進。広島ドッグパーク関連の記事を散策しているうちに、格之進は寝てしまったようでした。

 今朝、注文しておいた格之進のベッドが届きました。今までは夏用を使っていました。底だけ、ぶんちゃんの小学生の頃のお座布団を敷いていたのです。角に顎をのっけて、それなりに気にいっていたようでしたが。
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 冬用に暖かいのを買ってあげようと、上に囲いがあるやつを購入しました。人がきたらすぐ隠れるので、ちょっと隠れるには囲いがあったら便利かなと。反対側を向けて囲い側を人に向けてあげればいいかなと考えたのです。

 荷物をといて、いつもの位置に古いベッドをのけておくと、案外すんなりと入ってくれました。入らなければ、猫三匹に使おうと思っていたのです。しばらく臭いづけでもしていたのでしょうか、外に出たので、私がベッドに手をかけました。すると、とられたらいやなのか、またすっと入って顔が「僕のです。とらないで」と言っています。「あれ、そうなの。はいはい」カメラを持ってくると、
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あわてて逃げています。やれやれ、カメラは格ちゃんに吠えたりしないよ。

 二日ほど前、猫たちと喧嘩して、誰かが格之進の鼻にひっかき傷をつけていました。町子だろうと思っています。それはさておき、今日は助ちゃんの採尿です。一人だけ隔離されて、格之進のケージの中にいます。とれるかな?
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 そして、昨夜のワット君。私が夜縁側を開けると、やはり同じ場所に座っていた様子で、あわてて敷物から降りていきました。「いいよ、そこにいて。寒いからね」と犬のトイレを持ってきて(囲いのあるやつです)、敷物を敷いて、上に敷物を渡して止めて、天井のようにしました。これで、風が防げるだろうと。でも、今朝届いた荷物のダンボール箱が大きいので、これを縁側に出して、敷物を敷いておこう。ワット君、少しでも暖かく過ごしてね。そこにいつもいるようなら、湯たんぽかってきてあげるからね。
2006.11.07(Tue)15:55 |  日記  | コメント : 10 | トラックバック : 0
 うちの猫三匹ですね、この子たちは、非常に爪きりが嫌い。
一番ひどいのは年子ですが、最近ちょっと落ち着きましたけど、一番ひどかったときは動物病院でエリザベスカラーをつけないと爪きりできないくらい、爪きりが嫌いです。

 抱くと、爪がひっかかるようになってきた三匹を無謀にも、一人で爪きりしようとしたのですが、まず町子です。なぜまず町子かというと、この子が一番小さい。しかし、この子は他の二匹と違って、咬むという技を持っています。
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 咬まれても、ひるまないぞ。なぜか昨日は強い意志のもと、町子の爪を切ろうとするのでした。ぶんちゃんは図書館。ダイナ君は亀の水槽のお掃除。孤軍奮闘です。怒って威嚇されつつも、押さえ込みました。まあまあ切れたなあ。最後に目と目との間を撫でて、「大丈夫だったでしょうが」と言うのでした。

 次に助ちゃんです。助三郎は一番活発で、抱いている間に逃げる可能性があります。玄関ですわりつつ、足で助ちゃんの下半身を押さえ込みます。
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 「にゃあにゃあ」といやがってはいますが、町子に比べてこいつは性格が温和です。そう、町子が一番気性が荒い。ぶんちゃんに似たのだと言ってあります。助三郎も年をとってきたのでしょうか。もとい、大人になってきたのでしょうか。

 はい、終わったよ。もう病院で切ってもらわなくてもいいね。

 最後の難関、年子です。こいつは一番大きい。そして、爪きりが大嫌い。亀の水槽掃除の終わったダイナ君がやってきて、「手伝おうか」家の中で一番動物に対する知識豊富なダイナ君。しかし、動物は知識ではない。心意気。ダイナ君は噛み付かれたり、爪を立てられたり、暴れたりされると、怖気づいてしまう奴なのです。

 案の定、年子を抱いてくれたはいいですが、うまく逃げ惑う年子。結局一人で押さえ込むことに。足もつかって、「ぎゃあぎゃあ」と暴れております。しかも、ほとんど咬むことのない年子ですが、口も来ています。こちらも今まで動物病院でお世話になっていた爪きりを、二匹相手にやったあと。自信がでてきています。年子ごときに負けるお狂ではない!!!(おいおい)
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 さて、夜になって、ワット君の鳴き声が玄関で。タンクトップと短パンというぶんちゃん、「わあちゃん」と嬉しそうに玄関を開けます。手ぶらで「わあちゃん」もないだろうと、私が猫おやつを持っていくと、「おかあさん、見て見て」

 まだ誰も抱いたことのないワット君を抱き上げています。迷惑そうな顔でおなかを見せるワット君。今まで何度も抱こうとしたのですが、ワット君はおなかに手が回ると怒って、威嚇します。そして、咬むのです。「やっぱり野良猫だね」と言っていたのですが、さすが猫受けのいいぶんちゃん。重たそうにワット君を抱いていますが、腕の中に納まってはいません。ワット君の口に猫おやつを持っていくと、「むぎゃむぎゃ」と食べています。「おなかは白いんだ」と変に関心しつつ、玄関の外に放しました。

 その夜、茶の間の扉を開けると、縁側にワット君が。あわてておりましたが、私が洗っておいた猫の敷物、縁側におきっぱなしにしておいたのですが、その上にいたのです。「寒いんだね。いいよ、そこにいても」と煮干を少し敷物の近くにおいて、そのまま中にもどりました。

 ワット君が敷物の上にいた、という話をしたら、ダイナ君が「これから寒くなるんだから、夜はうちの中に入れてあげたら?」「それは飼うことになるよ」とぶんちゃん。「ワット君はずっと野良猫だったから、家の中にじっとはしていないよ。それにうちの三匹がどういう反応をするかもしれないし。何より大きいからスペースがないよ」

 ワット君のことを思うと、いつも飼ってあげられないつらさがあります。

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2006.11.06(Mon)17:30 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
  私の実家は車で十五分くらいの場所にありますが、私の両親二人暮らし。ということもあって、自由に使えるお部屋があります。そこに子供二人は行って、勉強することが多々あります。というのも、うちの家が狭いせいで、なかなか集中できないことがあり、何の誘惑も邪魔もない場所に連れていくのです。

 昨夜、いつものように、夕食後、祖父母の家に出かけた二人ですが、私がふと玄関を出ると、「にゃあにゃあ」とワット君の声が。近くにいるのか、ワット君。そのわりに姿を見せないのはどうしてかな。夕食には来ていたけれど、「夜食お願いします」というには、姿を見せないとは。

 しばらくして再び玄関に。なぜ玄関から出たり入ったりしているかというと、玄関を出て少し回ったところに、動物専用ゴミ箱があるのです。ネコ砂を捨てたり、ペットシーツを捨てたりする関係で、出入りが多いわけです。外に出ると、またまたワット君の声が。どうしたのかね、ワット君。ふとお向かいを見ますと。
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 これは昼間撮った写真とて、明るいですが、お向かいの車庫の中にワット君が。なにしてんのよ、ワット君。よそのおうちの中に入って遊んだらだめじゃん。と中に入ろうとしたのですが、これはつまり閉じ込められて外に出られないということか。
 
 時刻は夜の十時半頃。お向かいはお仕事を数年前に退職されたご夫婦。まだ起きている時間なのかなあ。電気はついていますが。ワット君がこのまま朝までいて、車庫の中で排泄行為に及んだら、ワット君の印象が悪くなるしなあ。幸い、知らないお二人でなし、思いきってチャイムを鳴らしました。
「夜分にすいません。お向かいのお狂です。お宅の駐車場の中に猫が入っていて、出られなくて鳴いているんですが」「あらまあ、おりていきます」と奥様が普通の格好で出てきてくださいました。お風呂に入った後だったら、お気の毒だなと思っていたのですが、よかった。

 電動ガレージが下の方から上がっていきますが、ワット君は車の下にもぐりこんでしまい、出てきません。「出ました?」「いえ、車の下にいます」「じゃあ、ちょっとつついてみましょうね」軽くつつかれて、あわてて逃げ出すワット君。走って立ち去るのかと思いきや、出て一メートルもしない場所にたたずんでいます。

「すみませんでした、夜分に」「いえいえ」奥様に聞こえるように、「ワット君、よそのおうちに入りこんだら駄目だよ」と言っておきました。ワット君の印象が悪くなったらいやですから。前にうちに食事に来ているワット君を見て、奥様が「その猫は飼ってるんですか?」「いえ、野良猫さんですけど、うちに餌をもらいにくるので、あげています」「奥さんが優しいことを、猫も知ってるのね」と好意的に見てくださっていたので、ワット君が悪く思われるのはとてもいやだったのです。

 ワット君は当たり前のように、私についてうちの玄関の前に来ました。で、ワット君が来たらあげようと思っていたお刺身で食べるにはちょっと古いかもしれないなあというお魚をあげました。

 その後、子供二人をお迎えに行こうと玄関に出ると、ワット君はいなくなっていました。お迎えに行って、古くなった毛布があるというので、動物愛護団体に送るのに貰おうと実家に上がりこみました。子供二人が勉強していた机の上にみかんが。一つむいて食べて、もう一つむいて食べているところで、私の母が「ちょっと、私、チャングム見るからもう帰ってよ」「まだ食べてるのに」「持って帰って食べなさいよ」「やだよ。置いて帰るから、あと食べておいてよ」「わかったから、早く帰りなさい」

 帰りの車の中で、「みかん食べてる娘に、チャングム見るから帰ってなんて言うかね」とぶんちゃんと二人で笑いました。そして、ワット君が閉じ込められていた話をしました。家について、お向かいの駐車場を見るぶんちゃん。「これはワット君、出てこれないよ。年ちゃんでも無理だよ」「そうか」もっと早く気がついてあげればよかったね。ごめんね、ワット君。
2006.11.05(Sun)15:37 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 タイトルはさておき、ここ一日でめちゃくちゃ荒れた雰囲気がする広島ドッグパーク関係ブログです。東京の学生さんたちの譲渡会の開催問題ですったもんだしてますね。その中でいろいろと垣間見えてきますが、やっぱり人間ですから、きな臭いというかどろどろしてきたというか。皆、犬さんのことを考えているはずなのになあ。

 私はクリスチャンですと何回も申し上げていますが、そう言うと、「どうして宗教戦争があるの? それで人が救われるの?」といわれる方が結構いますね。「人を殺していい」なんていう教えを説いている人がいたら、それはもう宗教じゃないですよ。どうして戦争があるのかと問われて、数年前までは答えられませんでした。いろいろ細かい知識を披露しても、そんなことは片方の教えを信じている側の言うことですから、一般的に納得ができるものではない。

 今、はっきり悟っているのは、上で指示を出している人間、そうでなければ多くの人数を掌握している人間が、欲望を持っているからではないか、ということです。

 キリスト教は「愛の宗教」と言われていますが、愛を説いている人間がいて、その人がやっていることを第三者が「りっぱだ」「素晴らしい」と言ったとします。あなたもほめられてみてください。悪い気はしないでしょう? その隙をついて欲望がからんでくるんです。「その土地を取り返すようにと神様が言われていると思う」と話し合いにでかけて、無礼な行ないでもって追い払われる。怒りがこみあげてくる。「神様が取り返せといわれているんだから、何が何でも取り返すぞ」となってきたら、武器を手にする。

 「その土地を取り返したいと私が願っているので、神様が取り返せといわれているような気がする」というところが発端なのでしょうね、実は。 自分の欲望が正当化されるために、言い方をかえ、やり方をかえ、回りの人間がのってきたら、大きな動きになってしまってもう後にはひけません。宗教とか救いの次元ではないのです。

 犬さんを救いたい気持ちは皆同じでしょうが、ここに何かがからんできたら、本当にややこしいですよね。人がからんで、お金がからんで、物がからんで、何よりも自分の思いがからんでくると、正しいことを行なうことが難しくなってきます。人の歴史を見るまでもない、多数の意見が正しいとは決して言えない、間違っていることの方が多いのです。

 この広島ドッグパークの問題を見ていると、空恐ろしい気持ちになってきます。犬のことを第一に考えるといいながら、しかし犬にとって一番よいことは何なのか? 答えは一つではないでしょう。だからまた、ややこしい。自分以外の命を扱っているわけですから、良いことをしているという自負が関わっているすべての方々にあります。なんかもう怖い感じがするのです。皆さん、ほめられていい方なのです。皆さん、立派な方なのです。外野は黙っているべきだと思っています。何もしない人間がそこに乱入して、余計にややこしくしていってはいけないとわかってはいます。

 どうなっていくんだろう。言葉がありません。

 ということろで、タイトルですが、うちの町子さんです。体質改善のための食事をしていて、尿に石の結晶が出なければ、次の段階の食事療法に進む予定だったのですが、尿を持っていったら、まだ結晶が出ています。がっくりしました。

 病気がよくなってないことより、また町子を一匹だけ隔離して尿をとることにがっくりしたのです。朝ごはんの後、一匹だけ別のケージに入れて、トイレは砂ではなく広告を敷きます。が、朝いれても夜になるまで尿を出さないのです。そして、その間「年子ねえちゃんと助ちゃんのケージに、私をもどしてよ」と鳴いているのです。

 町子は三匹の中で一番後からきたこともあって、仲間に入れてもらおうもらおうとする傾向が強い。ですから、一匹隔離されていると、「私だけどうして仲間はずれにするの」とおこるのです。これがちょっとかわいそうで。なるべく早く採尿して、早くもどしてあげたいのですが。町子にしてみれば、トイレがいつもと違うので、排泄するに躊躇している感じもあります。

 どなたかよい方法をご存知でしたら、お教えください。
2006.11.04(Sat)18:48 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 私がよく見る広島ドッグパーク関連のブログがいくつかあるのですが、その中の一つに、昨日山梨多頭飼いのことがふれてありました。そのブログをお書きになった方も私と同じように、「山梨の話は話題になったようだけれど、自分は知らなかった」と書かれていて、広島以後私と同じように初めて目にしたのだなとわかりました。

 もともと広島ドッグパークの事件がある前から思っていたのですが、ARK-ANGELSという団体はレスキューをしている。それで、レスキューのノウハウというのか、早い話、レスキューってどうやってやるものなのと思っていました。この団体は毎日記事を書いているけれども、携わっている方のお顔というのが掲載されていないので、誰が書いているか、総勢何名いて常時動いている人は何人くらいいるのか。興味と疑問がありました。

 ARKーANGELSはARKから出てきた団体だということはわかりました。活動方針が違うというので、袂を分かつことになったということも。広島ドッグパークの事件のブログの中に、「あの人たちはどうやって生活しているのか」というコメントを何回か見ました。私も実はずっとどうやって生活しているのだろうと思っていたのです。

 誤解しないでください。会計報告がどうこうとか、そういうことではなく、レスキューをするためどういう体制になっているのか、ということに興味があったのです。扱う相手は命です。消防署みたいに、電話一本で出かけているとしたら、専任の人がいて、とてもじゃないけど、片手間でやっていける活動ではないだろうと思ったのです。

 犬をレスキューしている。それはわかるのですが、そのために具体的にどうしているのか、林さんは本でも書いてくれないかなと思っていたのですが、そこへ広島の事件がおこってしまいました。

 どうしてまたこういうことを書いているかといいますと、広島の犬さんがどうも東京に連れていかれて、譲渡会をするらしい、学生さんたちの主催で。で、これは本当なのか、計画が無謀でずさんではないかとかいうことがブログで書かれてあったのです。

 学生さんたちが不幸な犬さんの譲渡をやりたい、というのは結構なことです。嬉しく思います。だけれども、レスキューの最後の段階の譲渡を手がけるには、学生さんたちは私と同じで、ひょっとしたら何も知らないのではないか(私よりは知っていると思いますよ、多分)。そんな気がしたからです。

 レスキューを行なっている団体は、ARKーANGELSだけではないでしょう。ですから、知らないおまえが無知なのだといわれても仕方がないのですが、最後のところだけ全開で、そこまでの経過は垣間見えてくるだけのような気がしています。今回の広島のレスキューは、最初どこかから犬を数十頭、大阪に連れてきた。獣医師さんにみせたら、虐待だと証明されたので、乗り込んでいくと書かれてあったと思います。私はそれを読んだ時、「どうして犬を連れてくることができたのか。こそっと隠れて奪ってきたのだろうか。そしたら泥棒だなあ」と思っていたのですが、あとから譲渡会があったのだとわかって、よく譲渡会があったものだと思ったのです。これが運命の分かれ道であったかもしれない。

 もう少し時がたてば、もっと克明に記録されるのかもしれませんが、レスキューのマニュアルといったらおかしいですが、レスキューってこういうものですというのがわかったらなあと感じました。

 英国のアニマルポリスを紹介しているHPには、「虐待があるという電話が入る」「アニマルポリスが直行する」「確認して、法律によって、動物を保護し、レスキュー終了」みたいなことが描いてありますが、法律がないだけに日本のレスキューの実体はデリケートな活動であり、それだけに大変だろうなと推察します。

 学生さんたちはレスキューの後継者であるかもしれない。犬のために何かしようとした心意気は十分理解できます。レスキューは一回一回、形が違うものかもしれません。でも、もっと具体的に知ることができればなあと思うのです。興味本位でではありません。あくまで次の世代に引き継ぐためにです。

 それどころではない、あまりにも助けを必要としている犬さんたちが多すぎて、といわれれてしまうかもしれませんね。
2006.11.03(Fri)20:48 |  日記  | コメント : 2 | トラックバック : 0
 うちの格之進の故郷沖縄にあるwishという動物愛護団体ですが、「80頭を救いたい」というプロジェクトによって、多くの犬さんたちが全国に散っていきました。海外に出かけていった犬さんたちも多いですよ。アメリカ本土に渡って、譲渡されていった犬さんもいます。英語を理解してバイリンガルになっているんだろうか、今頃。スペインへの譲渡が決まっていながら、ずっと沖縄にいたモナさんが、この連休明けに、ついにヨーロッパ犬となってしまいます。犬さんの登録とかあるのかな。こっちよりは過ごしやすい環境なんでしょうか。おそらく。

 wishは現在、学校飼育崩壊の兎さんの里親さがしをしています。学校飼育については、私も常日ごろ、無責任に学校で飼うのはいかがなものかと思っていました。というのも、飼育係という生徒さんがお世話するのでしょうが、数人いると、結局飼育小屋のお掃除するだけで、毎日動物と触れ合うということがどのくらいあるのでしょうか。正直、熱心に飼育されているとも思えず、一般家庭でいたならこんな思いはしなかったに違いない、という環境で生きているのでしょう。

 で、その沖縄の兎さん、数が増えてしまったということです。獣医師、学校、wishの連携のもと、兎さんたちは徐々に里親さんのもとへと旅立っています。獣医師会、行政、動物愛護団体、この三つが手を携えて活動すると、これは結構スムーズにいくなあという感じがします。というか、この三つのうち、どれか一つ協力的でない団体があると、うまくいかない。外野から見ていてそういう気がします。

 広島ドッグパークの犬さんたちは、出戻ってきた犬さんたちもいるようですが、百匹をきった様子です。この広島の問題をupしているブログの中に、山梨の問題をupしている記事を最近見るようになってきたので、「山梨の問題って何だ?」と思っていたところに、チャコママよりSOSが入りました。

 私のような弱小ブログにupしてもお力にはなれないでしょうが、そんなことは言ってられない。すべての犬さんたちが幸せになるためのお手伝いなら、いつでも喜んでさせていただきます。

まずHPをご覧ください。

 里親さんがなぜ見つからないか。雑種で老犬だからというのが理由となっています。チャコママ、みえっちさんが沖縄wishから引き取られた犬さんは雑種です。あ、うちの格之進のことですね。近親交配で今後何か病気が出るかもしれないとも言われています。しかし、すべての犬さんが譲渡となりました。

 広島の犬さんたちは純血種が多いです。また病気を持っている犬さんが多くいます。まだ百頭足らず里親さんを求めています。

 山梨の事件というのは、すみません、動物愛護に足を踏み入れて一年たっていないもので、私の記憶にはありませんが、結構有名だったらしいです。つまり風化してきているということです。広島も一年たてば風化するかもしれない。

 沖縄の犬が雑種で病気の可能性がありながらなぜ皆譲渡されたか。期限があったからです。皆、期限がきたなら命を絶たれる可能性があったからです。ですから、これを知った方々は本気になってくれました。この言い方には語弊がありますね。なりふりかまわないというのでしょうか、できることはすべてしてくれた、といえばいいでしょうか。

 山梨の犬さんたちは老犬です。明日消える命ではないかもしれない。しかし、可能性はあります。冬になると、土に氷が張るとかかれてあります。広島も山なので、冬は寒いといわれています。

 皆様にお願いします。一時の注目は去りました。しかし、去ったからといって命がすべて助かったわけではないのです。まだ過酷な状況にいる犬さんたちがいます。できることから、一つから、この犬さんたちを救うために一歩踏み出してください。何もできないわけではありません。何か一つ、できることを一つ、どうぞそれぞれの場所で助けてください。

 冬はもうすぐやってきます。
2006.11.02(Thu)16:10 |  日記  | コメント : 2 | トラックバック : 0
 昨日、によど君の里親さがしをしているみえっちさんのブログにどうしようもない方の記事が載っていて、こんな人もいいるんだなあと。

 みえっちさん宅の姫さんは、北海道から来たそうですが、一度里親募集が出て、みえっちご主人バルタンさんが手を挙げたそうです。ところが、北海道から高知は遠いということで駄目だったのですが、数ヶ月して、また里親募集に出ている。それで、またバルタンさんが手を挙げたらしい。

 今度は空輸してくれるというのですが、みえっちさんは空輸するにしても姫さんだけ送られて何かあっても困るし、どんな里親さんかどんな所で暮らすとか譲渡者の方も心配だろうと思って「こちらが旅費出すから一緒に連れてきて欲しい」とお願いしたそうです。私ならほいほいと行きますよ。ホテルなんか調べて予約して、一泊して遊んで帰ろうとか思います。が、姫さん保護主さんはいやだと。まあいろいろご都合もあったのでしょう。

 が、直行便がないから金額が高くなるとか、安くするには愛媛まで向かえに来たらいいとか言われて、みえっちさんは驚いたとのこと。ちなみにみえっちさん宅から、愛媛まで2時間。しかしそれだけではなくて、空輸する時のゲージがないと言われ、みえっちさんは2万ぐらいするのを送り付けてあげたらしいですわ。空輸代金も多めに振り込んだとか。

 姫さんが来たのはいいですが、姫さんにはおまけがついていて、犬グッズ。これもつけてくれるというお話だったらしいですが、いるかどうか確認をした上で、着払いで送ってきたそうです。

 唖然としましたねえ。

 しかもしつけができてなかったらしいです。失敗していたらしいのですね。私だったら、「きちんとしつけできていなくて申し訳ありません」といいますよ。

 私、けちです。割り勘にして割り切れずに一人多く払うのはいやです。損した感じがするもん。お金できたら払いたくない。お金ないから。

 ですけれどもね、聖書の中にお金に関することはいくつかでてきますよ。キリスト教圏の国の方々がどうして多額の寄付をいとも簡単にするのか。わけは簡単です。お金も土地も子供も、それは神様からの祝福なので、祝福されたものの中から神様に感謝をしてお返しするのです。どのくらい? 実は割合が決まっているのです。十分の一(お金の場合ですよ。子供や土地ではないですからね)。

 十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、私の家の食物とせよ。こうして私を試してみよ。わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかを試してみよ。(旧約聖書マラキ書4:10)

 アメリカのビル・ゲイツがクリスチャンかどうかわかりませんが、クリスチャンであれば、半年くらい前でしょうか、多額の寄付をしたのはこれはある意味当然なんですね。自分が稼いだのではなく、神様が自分を祝福してくださったので、更に祝福していただくために、神様にお返しするわけです。それが献金だったり、寄付だったりします。まあ、税金対策と言われてしまえばそれまでですが。

 この十分の一を捧げていないクリスチャンはたくさんいますよ。基本的に心がこもってないのに、捧げても仕方ないといわれていますから。

 才能豊かな方々は多くいますが、その才能は神様が与えてくださったものです。神様が与えてくださった才能を十分に生かす努力をさなった方々は神様がさらに祝福してその才能を大きく開花させてくださいます。しかし、イエス様は言われています。

 「ただで与えられたものは、ただで与えなさい」

 才能開発の本に必ずかかれていることがあります。自分の持っているノウハウを、自分一人で持っていないで、人に教え、分け与えなさいと。するとさらに多くの知識が上から与えられるのです。

 というわけで、割り勘にけちけちする私は、その程度の人間だという反省をして、お金は上から与えられるものと考えを改めることとしました。お金がなくなると、ですから、すぐ、「神様、お金がありません。お金ください」とお願いします。
ぱっぱ使えばいいということではありませんよ。あくまで、他者に与える、これです。

 ある牧師の先生が言われていました。「あなたがスプーンで神様に捧げると、神様はあなたにスコップで返してくださいます。あなたがスコップで捧げると、シャベルで返してくださいます。あなたがシャベルで捧げると、神様はブルトーザーでががーっと返してくださいます」

 姫さんの保護主さん、あなたは実は多くの損をしている。姫さんのためにお金を使っていれば、もっと豊かになれたのに。「これだけ大切に思ってくれたのだから、姫さんを大切にしていこう」とみえっちさんは思ってくれたに違いない(まあ、みえっちさんはそうしなくても、姫さんを大切にしてくれる方ですが)

 今日、ぷうちゃんの里親さんがトライアルのときに持っていった紅葉のケージとトイレを持ってきてくださいました。そして、先日の病院での様子を尋ねてくださり、私もいろいろお答えしました。

「いい子を世話してくださってありがとうございました」とぷうちゃんの里親さんは私に菓子折りと商品券をくださいました。すいません、お菓子はぶんちゃんと二人でせっせと食べました。おいしかったなあ。うれしい。

 でも、保護主として、ぷうちゃんが大切にされること。家族の一員として愛されていくこと。それが一番の喜びですよね。どうしてお金に換えられますか!!
2006.11.01(Wed)20:58 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 1
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プロフィール

お狂

Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

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