動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

by AlphaWolfy
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 今日も今日とて、お狂です。

 や~、ダイナ君、検査入院して忙しいお狂です。ぶんちゃんがまだ学校があるおかげで、格之進を実家に預けたりしていたら、例によって、格之進、玄関で座り込み。置いていけないのも困りますよね。

 さて、昨日の続きですね。

 ユダヤ人が待ち望んでいた救世主が生まれたはいいのですが、その生まれ方にいろいろと問題がありましたせいで、あっさりと救世主とは認めてもらえないのですね。

 イエス様の親戚にヨハネという人がいて、イエス様より少しだけ年上なのですが、彼はその頃、人々の信頼を得て、叫んでおりました。「もうすぐ救い主がくる」この人は声も大きいみたいですし、禁欲的な生活をしてまあ修行状態にあった人だったこともあって、民衆の人気を得るのですね。しかも宗教関係者に「偉そうにするな! おまえらは本当に神のことを考えててるのか!」みたいなことを言って詰め寄るわけですよ。いつの時代でも反体制の人間は、過激ですが、それを聞いて民衆は喜んでいるのですね。

 そのヨハネが認めたイエス様ですが、 ヨハネはイエス様が神様の教えを説き始めた直後に処刑されています。ご存知でしょうか?サロメの物語。サロメの一言で殺されるのはヨハネなのですね。

 イエス様は神の子ですから、いろんな奇跡もお見せになったし、数個しかないパンを多くの群衆に分け与える(つまり量が増えた)こともおできになる方でした。水をワインにかえたりしましたね。

 それで民衆は、「これは我らの救い主に違いない」と思うわけです。奇跡の業を見せてくれる。第一食いっぱぐれないわ、と思ったわけですね。そして、何よりこういう奇跡が行なえるのなら、ローマを滅ぼしてイスラエルの国を再び再建してくれるに違いないと思ったのです。

 ところが、です。イエス様はそんな気がないのです。イスラエルの国を再建するためにきたのではなく、罪人を救いに遣わされたのですから。イスラエル人には選民思想がありますから、我々が世界を治めるのだと思っています。しかし、神様は確かにイスラエルの民を愛されていたけれども、世界中の人もまた愛されていた。世界中の人のための救い主をご用意されたわけですよ。

 ですから、イエス様は「右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出せ」とか言われていますが、鼻から戦争する気持ちがない。むしろ、相手にぶたれたら殴り返すから問題がおきると。許してあげたらどうよ、というわけです。旧約聖書の中には、「目には目を。歯には歯を」というハムラビ法典と同じ文句が出てきます。やり返したらいいんだ、許されているんだもん、という考えだったのですが、「もっと相手も愛してあげなさいよ」というのがイエス様のお考えなんですね。

 となると、イスラエルはいつまでたってもローマの属国のまま。「あんな人、救世主ではないわい」となってしまったわけですが、それでは世界中の人々にとって救世主であるとはどういうことでしょう?

 キリスト教の根本は性悪説なんですね。最初の人アダムが神様との関係をこわしたので、人と神様との関係は最悪の状態で人は生まれてくるわけです。神様は間違いのない方ですし、罪がある人を許される人ではないのです。罪の中にいると、人間、死んだら地獄ですわ。神様のいる天国には帰ってこれない。生まれながらに罪をもって生まれてきているのですから、どうしたらその罪をないものにできるか。

 これがイエス様の存在を信じるということなのですね。人は神様と父子のような関係である、それを認めて、神様のもとに帰ってきなさい。帰ってくるためには、イエス様に罪をかぶってもらったら、罪のない人として天国に帰ってこれますよ。で、イエス様に罪をかぶっていただくために、「私はイエス様におすがりします。どうかこの罪をかぶってください」といえばいいだけなのです。

 ですから、基本的にキリスト教には修行などないですね。善行を罪が帳消しにされることもない。ただ、「今まで神様など知らずにいたけど、父親としてすがっていきます。おとうさんと呼ぶために、イエス様、どうか私の罪をかぶってください。そして、仲介してください。」とお願いするだけなのです。

 ですから、あなたが殺人を犯した人であったとしても、友人をいじめた人であっても、親不孝な人であったとしても、子供を虐待した人であったとしても、「ごめんなさい。イエス様、この罪をかぶってください。神様との間をとりもってください。」とお願いすればいいのです。ただ、悔い改めと行って、もう二度と悪いことはしないように心がけないといけません。人間、生きていけば悪いことをします。悪いことを考えます。口には出さないけど。

 そういう汚れた者を救って、「神様、この人を天国にいれてあげてください」とお願いしてくださる方がイエス様、というわけです。

 ただですね。イエス様を信じて、「すいませんでした、今まで悪い人間だったけど、許してください」と心から言えるかどうか。「まあ、頭ではわかるんだけどさあ、罪を犯してきましたって言えばいいんだろうけど、皆やってるし~。自分だけじゃないし~」と自分が罪人であったと認められないと、イエス様を信じたことにならないわけです。

 まあ、長くなりました。つまりは罪のある人間を罪から救ってくれる方が生まれた日、ということで、クリスマスは教会でお祝いするわけですね。

 いろいろ疑問はあります。おそらく、私に尋ねられても答えられないだろうと思います。私にもわからないことがあります。私はプロテスタントのクリスチャンですが、子供がカトリックの幼稚園に行っていたので、シスターにこういわれたことがありました。

 神様がわかれば、それは宗教ではありません。科学です。

 頭ですべて理解はできません。「信じる」ということは、つまりはきちんと証明できた結果を見て受け入れるということではなく、「なんかわけはわからないけど、信じます」そういうことです。人が人を愛するのに、いろいろと理由はつけられますが、「きれいだから」愛するのであれば、おそらくまだまだきれいな人はいるでしょう。「やさしいから」であれば、もっともっとやさしい人がいるでしょう。でも、愛するということは、その人でないとだめなんです。

 イエス様は、ぐーたらでぼけぼけしている私を愛してくださってます。私が愛されるわけのない人間であることは、自分でわかっています。そういう思いがクリスマスになると、あらためて湧き上ってきます。信じることも愛することも、げに不可思議なことでございます。

 今日、ダイナ君が入院した病棟には、昨年と違うクリスマスツリーが飾られていました。
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 明日には片付けられるのでしょうか? でもイエス様の愛情は明日も明後日も、世界中に降り注ぎ続けます。
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2006.12.25(Mon)23:17 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
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Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

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