動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

by AlphaWolfy
最近のコメント(コンパクト)
データ取得中...
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.--(--)--:-- |  スポンサー広告
 今日も今日とて、お狂です。

 動物愛護を考えるときに、一人の人から始まったものが人が加わることによって組織になる。これはこれで結構なんですが、人が集まることによって、変な方向に行ってしまう。これはいただけないですよね。最初に、押えておくべきところを押えておく。これをやると全然違うのですが。

 ご存知でしょうか、HONDAの創業者本田宗一郎氏ですね。この方は会社をお二人で興したのです。その時、本田氏は相手の方に言ったそうです。「身内を、自分たちの会社に入れるようなことはやめよう」これはなかなか言えないことですよね。自分が立ち上げる。大きくなる。そうなると、自分の血の繋がった人間についでほしくなる。自分の名前が延々と残っていくためです。しかし、そうなると組織としては膠着状態になる。ここまで考えることができる。これはすごいですよね。まず自分ありきではないんです。そういう意味でこの対極にあるのが、不二家ですね。言うまでもありません。

 私は週に一回、東京在住の敬愛する牧師の先生とお電話でお話しするのですが、言われたことがあります。
 
 ヘレン・ケラーは知ってますよね。「知ってます」その家庭教師のアニー・サリバン女史は?「知ってます」サリバン女史はケラー家に来る前にどうしていたか知っていますか?「知りません」サリバン女史はね、精神的におかしかったんですよ。病院の独房に入れられるくらいおかしかった。「え~!!そうなんですか?」で、この病院をお掃除している女性がいたんですね。「お掃除のおばちゃんですね」そうそう。その方がね、サリバン女史のことを助けたいと思い、毎日、部屋の前で聖書を読んだんですよ。「へ~、そうですか」何ヶ月たったでしょうかね。サリバン女史は病気から脱して、退院していいというところまできたんです。「そして、ケラー家へ」まだまだ。サリバン女史は病院に留まって、そこで自分と同じ病気の人たちのお世話をするんですね。「そうですか」そこへ、ケラー家から家庭教師の口がかかるわけです。「ふんふん」

 ヘレン・ケラーを知らない人はいない。サリバン女史を知らない人はいない。しかし、病院のお掃除のおばちゃんは誰も知らないんですよ。「名前すらわからない」そうですね。「でも、神様はその名前もわからないお掃除の女性のことを一番お慶びになっていらっしゃるでしょうね」その通りです。

 私は結構目立ちたがりです。やってきたことが目立つことでしたから。ステージの上で、花束を貰うこともありましたし、拍手をもらうこともありましたね。その活動以外にも、まあいろいろと名前を売りましたよ。あ、趣味でですよ、もちろん。あくまでアマチュアです。クリスチャンになってから、私は音楽と文筆の奉仕をしてました。それが私にできることでしたから。でも相変わらず、目立ちたがりでしたね。

 ヘレン・ケラーがらみのお話をしてくださった牧師の先生は、結構有名な方です。本も何冊か出していらっしゃいますし、いつも全国から相談のお電話がかかってくるような方です。ダイナ君が修学旅行で東京に行ったとき、ダイナ君は皆と同じようなことをしていたのでは、体が持ちませんから、その先生の教会で休ませてもらったことがあるのです。部屋に通されて、その先生がお布団を敷いてくれたのです。驚きましたね。そして、旅立つときには、駅まで送ってくださったのです。お忙しい方ですよ。アメリカとかフランスからもお電話がかかってくるような方です。「あの先生は本当に楽しそうに人に仕えるんですよ」とその教会の方が言われていました。

 動物愛護に関心を持つようになって早一年近く。自分にできることはしようとしていますが、絶望というか、悲しい出来事の方が多いです。厳しい現実に目を覆うばかりです。何もできないなと思います。どうしようもないなと思います。そして、正直、ただ神様に祈るだけです。何もできないので、何とかしてください。そうとしか祈れません。

 動物愛護運動をやっていらっしゃる方々の中で、何か注目される。そして、名前が出てくる。知らない人に「頑張ってね」言われ、「いつも見てます」と言われる。いい気持ちになってくると思いますよ。どこまで謙虚でいられるのでしょうか。どこまで「そんなことはどうでもいい」と言えるのでしょうか。「○○団体は私が作った団体。私の名前でもっている」と思わずにいられるのでしょうか。

 私は過去の自分を振り返ったときに、自分は間違っていたと本当に思います。謙虚さもなかった。自分のことしか考えていなかった。自分がよければよかった。今、思えることは、言葉をもたない命が大切にされる世の中になっていくなら、出来る限りの協力を惜しまないということです。派手な行動はもういいです。地道に謙虚に小さな命に仕える者になりたいです。私も名前を知られることはなく、しかし神様に喜んでいただけるようなことをしたいです。

 もし、私が偉そうにしていたら、「あなたはヘレン・ケラーなのか、アニー・サリバンなのか、お掃除のおばちゃんなのか」と言ってください。それで私がはっとしなかったなら、「いい気になるのもいいかげんにしなさいよ」と言ってください。cats-101.jpg
 弥七ちゃん、皆と仲良くしています。自分のケージに入れると皆と一緒にしてくれと鳴いて要求します。
    弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで   
スポンサーサイト
2007.01.30(Tue)23:43 |  日記  | コメント : 8 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 ぶんちゃんが学校から帰宅するのが遅くなって(卒業式は終わったのですが、受講したい人は参加できるように対策講習をしています)、私の実家でないと勉強できないというので、先ほど連れていってきました(21時過ぎです)。ダイナ君は、「もうすぐ実力テストだというのに、数学の宿題が滅茶苦茶出て、間に合わない」と移動時間も惜しんで、家で居残り。

 ぶんちゃんを送っていくときに、ぶんちゃんが「今日は校長室で卒業証書を校長先生から手渡してもらった」と半分ご機嫌です。というのも、ぶんちゃんが言うには「普通は一組の一番の人だけ証書の全文を読まれて、あとの人は省略されてしまうけれども、私は全部読んでもらえた」とのこと。考えてみますと、証書に書いてある文章。どうってことないですけど、あれを読まれている間、いろいろな思いを持って、言葉を噛み締めて聞いておりますね、当事者は。しかし、「以下同文につき省略します」となったら、時間の関係とはいえ、「まあ、君はいいだろ」みたいな扱いを受けた気持ちがしないでもないですね。といって、これ全部読まれた日にゃ、式典に参加してもあくびしかしてませんわ。

 話はもどって、もう少しで実家だというときに、交差点に差し掛かりました。目の前の車が事故をしたのです。私はきちんと見ていたのですが、どうなったのかよくわからない。曲がろうとした車の前に変な動きをする車が出てきた感じはしたのですが、なんかよくわかりませんでした。ぶんちゃんが、「わ~、大丈夫なの。車から煙が出てるよ。それに、あっちの車は扉が開いてる」

 すぐ後ろですから、車の通りは少なくなってはいますが、さっさと現場を後にしました。が、いつ見てもいやなものですねえ。特に、軽自動車だった方は扉が開いてしまっているわけですが、軽自動車のもろさを見せ付けられた気持ちがしました。そして、相手方の男性は何かもう感情がすごく猛々しくなっているのがわかる顔をしていたので、すったもんだしないでくださいと祈りました。ついでと言っては何ですが、巻き込まれなかったことも感謝しましたが。これをお読みの皆様、もちろん私も二時間たったらまたぶんちゃんをお迎えに行くために運転しないといけないわけですが、事故にはお気をつけて。いくらこちらが安全運転していても、巻き込まれてしまうのが交通事故ですから。

 さて、ぶんちゃんとダイナ君。二人は通っている高校は違いますが、現代社会の宿題は同じ。新聞を切り抜き、ノートに貼って、自分の感想を書いてくるというもの。ぶんちゃんが一年生のとき、ライブドア事件があって、ぶんちゃんはそういう大きな事件を取り上げていました。ところがダイナ君が取り上げるのは、動物物ばかり。恐竜の化石が出たとか、爬虫類の病気相談とか。

 で、昨日、いのしし祭りというのがあって、生後一年のいのししさんのレースがあったという記事があったのです。だいたい、私が先に新聞を読んでいて、動物の記事があったら知らせてあげるのですが、自分で読んで見つけることもあります。ですから、私もその記事は読んでいたのですが、ダイナ君が「このお祭り、猟友会が主催してる」「え!? 猟友会?」「うん。この後、いのししさんたちはどうなるんだろう」「そうだねえ」思わず、暗くなってしまいます。

 このところ、鳥インフルエンザの記事が出ておりますが、「岡山に出たらしいね。また、鶏さんがいっぱい殺されるんだね」「うん。そうなるね」また暗くなります。今日は明るい記事もありましたね。徳島の崖っぷち犬さん「りんりん」と名づけられて、里親さんが決まりました。里親さんは犬さんを飼うのが初めてということで、大丈夫かなと自分のことは棚に上げてちょっと不安でおりました。そしたら、テレビでもその記事が取り上げられていて、りんりんは里親さんの家につくなり、大パニック。そこら辺の木の枝を咬みまわって折っていました。これは大変だよと思いました。

 インタヴューを受けた里親さんは「一、二年は馴れるのに時間がかかります」と言われたとのこと。それを了解しているのなら、大丈夫でしょうが。ただ自分のことを言いますと、「犬ってこんなもの?」という戸惑いもありましたから、どうか「やっぱり無理です」みたいなことにだけはならないでと祈らずにはいられません。

 格之進、今日は目を離した隙に、キッチンに入っていってフライの残りを漁っておりました。毎晩、馬さんをあげているじゃないか、こいつ!!でも、格之進は私にはなついてくれているので、私にはとてもかわいい犬さんです。車に乗せても、運転席の下の隙間に入ってしまって、いるのかいないのかわかりませんけど。

 りんりんに里親さんが決まったように弥七ちゃんにも決まりますように。
    弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
cats-079.jpg


2007.01.29(Mon)22:07 |  日記  | コメント : 12 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 昨日、といいますか、もう今日になっておりましたが、二時過ぎに、お狂とぶんちゃんは近年まれに見ることのない大喧嘩をいたしました。ことの発端はまあいいとしまして、ぶんちゃんは私に「死ね!」と二回も言いました。これはちょっと考えこみましたね。

 私も親には随分逆らいましたけどね、そんな言葉を言ったことはないですね。だいたい、ぶんちゃんはクリスチャンですよ、とりあえず。モーセの十戒の中にある「汝の両親を敬え」はどうなっているんでしょうか。敬ってもらえるほどりっぱな親じゃないですよ。でも、「死ね!」はないだろう。結構、ショックを受けて、今日は日曜でしたから、一人礼拝に行きました。ダイナ君は礼拝の前にある日曜学校の高校生の部に出席して楽しそうにしてます。ぶんちゃんは、延々と寝ていたので、放っておきました。そしたら、寝るわ寝るわ、昼の三時過ぎまで寝ておりましたね。

 夕飯時になって、ぶんちゃんが何か話しかけてきたので、「とにかく謝りなさい。『死ね』などと親に向かって言っていいと思っているのか。親だけじゃない、人に向かっていいと思っているんですか」「ごめんなさい」「あなたがたの世代は簡単に『死ね』とか『殺す』 とか言うけれども、それは呪いの言葉じゃないの。そういう言葉は自分に返ってくることになっているでしょう。いやしくもクリスチャンなら、呪いの言葉は口にするんじゃありません」

 ダイナ君が、今朝起きると私が怒りまわっていたので、原因を尋ねにきました。私が「親に向かって言う言葉なのか」と怒っているのを聞いて、「でも、クラスでは平気で飛び交っているけどなあ」「飛び交っていたって、口にしたらいけませんよ。ダイナ君もクリスチャンでしょう。人を呪うんじゃありませんよ」 「はいはい」

 その後、私とぶんちゃんは、お互いの喧嘩の原因を究明し、お互いの思いを話して、すんなりともとにもどりました。

 しかし、昨日のブログの掲示板やコメントで傷つくという話ですが、つまりはこれだけ人に対して言ってはいけない言葉を簡単に皆口にしているんですね。だから汚い言葉も平気で使えるわけですな。

 わたしが中学生の頃、洋画を見まして、「アメリカ人はよくこれだけ汚い言葉を使うなあ」と思ったことがありますが、日本人にだってあったのでしょうけど、結局日本人が自分の意見を言わないとか何とか言われて久しいですけど、つつしみ深いという美徳は、グローバルだとか何とか言われている間に、かなぐり捨てられたのですね。日本人は遅れているという負い目を、明治維新の時からずっと引き摺っている。が、アメリカナイズしてくるのは、悪いところばかりで、よいところが影響を受けている感じがしません。

 ぶんちゃんは古典が嫌いといいます。私もあまり好きではありませんでしたが、万葉集など見てみますと、言葉を美しく使うというのは知的な遊びだなと思うときがあります。貴族の趣味とはいえ、言葉で遊び、色も匂いも平安時代は今の時代の人間よりもずっと多くの種類を持っていたといいます。

 安倍さんも「美しい日本」とおっしゃるなら、本当に美しい日本がどんなものなのか、わかるように説明してくださいよ。何が美しければ美しいと感じるのですか? 自然ですか? 文化ですか? 違いますよ。根本的には人としての生き方ですよ。美しくない伝統もありますよ。それもまた理解したうえで、日本人として美しく生きるということがどういうものなのか。私は右ではない。でも、せっかく日本人に生まれてきたんです。難しい言語をあやつり、特異な文化を持っている、伝統のある国です。

 ついでに言いますと、いくら美しい日本を考えてみたって、行動として弱い命をないがしろにしていたのでは、その美しさは見せかけです。身体障害者、高齢者、乳幼児、動物。自分の意思を言葉で表わせない命を大切にするように、指導していってください。安倍さん、聞いてらっしゃる!?(私、あまり年齢的にあの方と違わないんです。あ、年下ですけど)
cats-082.jpg
 夜中の怒りがまだどこかに残っているのかもしれません。気を取り直して、心なごむ写真など。ワット君、最近は寒いのか、よく湯たんぽの上におります。朝一番に熱いお湯を入れてあげますが、日中はあまりいません。夜によくいます。四時ごろ、お湯をかえてあげます。そして、夜中にまた来ていたら寒いだろうから、十一時くらいにもう一回。その時間くらいまでは、うちにいるのを確認していますが。夜中はうちによってたりするのかなあ。
cats-087.jpg
あまりお互いに威嚇することもなくなってきましたね。でも、ワット君、どうしてそんなにメタボちゃんになってるの。うち以外に何箇所でご飯をもらっているの?
cats-089.jpg
弥七ちゃん、かわいいけど、里親さんが見つからないのは困るなあと悩む助ちゃん。

   弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
 
2007.01.28(Sun)21:04 |  日記  | コメント : 12 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 今日はぶんちゃん、卒業式ですが、礼典が嫌いなことは私もぶんちゃんも同じ。というわけで、当然、二人して出ませんでした。だいたい、大学も決まってないのに、卒業どころでないですわ。ぶんちゃん、休んで図書館に行っていました。で、勉強してきたのならいいのですが、i-podに入れるCDをたくさん借りてきておりました。腹立つ!! 何しに行ったんだよ!!

 さて、今日、いろんなブログをきょろきょろしておりました。だいたい、毎日御贔屓筋のブログは拝見して、コメントを入れておりますが(お狂はよほど暇だとお思いになりましたな。私はTVを見ませんからね)、随分前に行ったことのあるブログに行ってみました。このネット社会、皆様の中にも掲示板、コメント欄に書き込んだために痛い目にお会いになった方もいらっしゃるでしょう。そういうブログやHPには二度と行きたくないものですが、黙って見るだけ見てみる、こともあります。

 だいたい、自分が傷つく場合、自分に対してきつい言葉が浴びせかけられたということになりますが、何というのでしょうか、文字というのは、良い場合は客観的に、悪い場合は舌足らずな状態でupされておりますね。これをどのように捉えるか、ということだと思います。が、あからさまに罵倒される。これは堪えますね。どうしてそんな風に言われないといけないのか、よくわからない。そこまで言われないといけないものなのかと思います。罵倒する側は、第三者の目がある、ということに気がついていないのでしょうか? こういう方はおそらく実生活でもそうかもしれませんね。

 ある方のブログでは、何というのかなあ、ブログは日記だけど、これだけぼやきまくるかなと思うこともありますし、話し言葉が心情が伝えやすいとはいえ、こんな書き方するかなあと思うことがあります。こういうのを見ると、これは自己満足で個人の感情を吐き散らしているだけ、と見えてきます。こういうところに集ってくる方々は、当然似たような方が集ってきますから、読めたものではない。全くの個人の日記ならまだ我慢できますが、看板を背負っている場合は、読んでいて本当に困ります。

 特に、社会問題、介護とか福祉とか動物愛護もそうですし、弱者を助ける気持ちがある方々のブログに、汚い言葉や感情的な言葉がいっぱいあるのはいただけません。確かに腹立たしいことがあるとは思うのですが、いつも思うことは、いつか将来、その人と一緒に手を携えなければならないことがある。そういうときがきたときに、どちらもいろいろあったけれども、とりあえずは一緒にやっていきましょう、と思えるような余地というのでしょうか、それを持ちつつ、自分の意見を言わないといかんぞと思うのですね。つまり、礼を失しないようにするということです。

 行政を相手にしたときは、特になんか「ちょっとどうなのよ、これ」と思うことがありますよね。かえってくる言葉は綺麗なのですよ。丁寧だし。でも、体よく断られたということがわかるのです。このブログに来られる方の中に、行政関係の方がいらっしゃって、その方が私に言われたことがあります。「法律の範囲外のことは、僕らはできません。やったら、問題になります」そういわれるまで、私はどうしてお役所仕事というのは、こう融通がきかないのだと思っていましたが、考えてみればそうですよね。たとえば、「50頭の犬猫を保護している愛護団体には助成金を与える」という条例ができたとします(できてくれ~)。そうなった場合、49頭保護している団体には助成金はでません。たった一頭じゃん、と私が言ったって、どこかで線を引かねばならない。線を引くところは条例が決めてある。となったら、50頭保護している団体が、適当に面倒みている団体で、49頭保護している団体がめちゃくちゃ頑張って活動している団体でも、後者に助成金はでませんね。

 行政にいろいろ言っていくことも必要だけれども、それもやるべきだろうけれども、本当は法律を作るしかないんだ。そんな気がひしひししております。

 あ、話はもどって、ブログで傷つくのはいいのですが、これが生の人間関係で傷つくのはしんどいですよね。私、40歳過ぎまして、親友だと思っていた人に絶交を言い渡されました。数年前ですけどね。驚きましたね。意見が違うというか、私にしてみればすごく抑えて、怒らないように、相手の意見をなるべく聞くようにしていたのですが、最後に相手が言ったことは、「そこまで言うなら、私にはきつい。今までありがとう」

 なんじゃ、それ。と思いましたよ。意見が違うと、「今までありがとう」といわれるのか。違いがあったらだめなのか。まあ、その人と私はいつも意見が合っていましたから、違いが出てきて数ヶ月、ぎくしゃくしていたのですが。私は自分がかなり抑えたつもりでしたから、すごくびっくりしましたし、相手の許容範囲の狭さにびっくりもしました。何年も親友としてやってきて、これか、とも思いました。

 言いたいこともあったけれども、何もいわずにそのままにしてあります。私はもし何かの折りに、相手が何か言ってきたら、何もなかったかのように接する用意はあります。親友であったため、怒りがあまりないのですね。意見が違っただけ、と思っているのです。理解するというか、お互い、歩み寄るところを模索しなかったと。また、私の精神状態があまりよくなかったので、自分を抑えていたけれど、変な意見を言っていたかもしれません。もう会うこともないかもしれませんねえ。わかりません。人生には引き算があります。逆に、足し算もありますね。新しいお知り合いができたりします。

 ブログなんかやっていると、掛け算もありますよ。一つのブログからいろんな方がやってきてくださったりします。ブログをやめたら、割り算で急激に数が減るのでしょうね、言葉を交わす人たちの。また、学校を卒業なんかしても割り算になりますね。入学したら、掛け算になるし。

 ということは、人生には四則計算があちこちでありますから、お友達が急激に減ることもあれば、失ってしまうこともあります。私はそういうときもあるだろう、と思っているのです。人が多いと、いろんな意見を聞きます。かえって混乱して、自分の意見が見えてこないことがありますから。友人や知り合いの数が少なくなることに対して、ことさらがっくりすることもないかなと思います。親友だと思っていた人が去っていってしまった。だけれども、この先、また彼女と言葉を交わすときがくるかもしれない。今は疎遠になっていて、それでもいいのかなと思っています。心の中に怒りがありませんからね。いつでも、帰ってくるなら来てよという気持ちがあります。

 動物愛護団体の中にも、四則計算が出てくる場合がありますけど、「動物の命を守るため」という大前提をおさえていて、そういうことがあるのなら、それはそれで受け入れていくしかないと思います。人手が足りなくてしんどくなってしまうかもしれないけど、体が疲れるより、心が疲れる方がダメージが大きい気がします。心が疲れると、頑張ろうという気持ちがなくなってきますものね。ただ、外野で見ていて思うのは、いろんな意見がある。皆、動物のためを思っている。となったときに、許容範囲が狭いとしんどいですよね。それと、発する言葉がきつかったり、汚かったりするとね、傷つきますよね。

 私は言葉も性格もきついので、よく誤解されて、「そんなつもりじゃないのに」と思うことがよくありますけど(自業自得だって。byぶんちゃん)、礼を失することなく人と向き合うにはまだ修行が足りないのかも。
cats-094.jpg
 かえるのきゅっきゅで遊ぶ弥七ちゃん
   弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで

2007.01.27(Sat)20:45 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 年末より、「読むぞ、読むぞ」と言っておりますわりに、ぼけぼけしておりますピーター・シンガーですが。いや~、歯ごたえありますわ。私は大学時代、丹羽文雄の文庫本を一日一冊読んでいた頃があって、当時の彼に「おまえみたいに不経済な女はいない」と別に彼が買ってくれたわけでもないのに言われたことがあります。ご存知でしょうか、丹羽さんの本、普通の二倍くらいの長さがあるんですね。読む速さには自信のあるお狂ですが、考えながら読む本はなかなか先に進まないのです。それは、自分の考えを構築していかないことには、情報だけいっぱい入ってきても、何も残らないままになるからですね。

 さて、ぶんちゃんがやってきて、
「おかあさん、まだ読んでるの? おもしろい?」
 う~ん、おもしろいね。賢くなっていってる自分がわかる。
「どういうこと?」
 知識が増えていくか、問題に対する考えがまとまってくるとなんというかなあ、昨日の自分と違う感じがするじゃんか。
「それ、動物の本?」
 いや、それがね、動物は全然でてこないんだ。もう一冊には出てくるらしい。
「生と死の倫理って、何について書いてるの?」
 それがまだ終わってないんだけれどもね、一つわかったことがあるんだ。
「ふんふん」
 脳死ってあるじゃん。それと同じように脳生というのがあってもおかしくないだろうと言うわけよ。
「脳生って何よ?」
 つまりだね、この本はまだ最後まで読んでないので結論はわからないけれども、脳死というのは、どこをもって人間の死を確定するかということだけれども、脳生とうのは、人間の生、つまり命の始まりをどこをもって始まりとするのかということだな。
「はあ?」
 脳死というのを考えてみたときに、これはつまり人間にとって都合よく死が確定されるために、脳死というのが設けられた感じがするわけ。一つは、臓器移植をするため。ここには書いてないけど、もう一つはいつまでたっても死なない家族に医療費をかけ、お見舞いにきたりする時間をかけ、いつまでそういうことをするか、ということ。極論だけれども、移植をしたい人にとって、脳死が必要なわけだし、もうこれで負担を軽くしたいという人にとって、脳死が必要なわけ。患者本人のためであることはないと言ってもいいかもね。
「なるほどねえ。で、脳生は?」
 ぶんちゃんは、人間はどこを持って命の始まりがあると思う?
「受精?」
 こちらの論争の発端はだなあ、中絶論争だよ。中絶を認める派がその論を展開する大切な発端は、精子と卵子が一緒になったくらいでどうしてこれを人間というのか。つまり、人間であると認めてしまえば、それは殺人で中絶はできなくなる。
「おかあさんは、中絶は殺人だって言ってるよね」
 そうだねえ。おかさんは神様がくださった命に、ここが始まりですとは言えないと思っているからね。カトリックもそういう解釈だし、そういう解釈が正論としていた時代もあるよ。だけれども、まあ、おかあさんが思うのは、殺人にも正当防衛みたいな範疇があることを考えると、中絶は殺人であるけれども、いつでも悪であると責められるとも考えてはいないんだけれどもね。
「で、どこからが命の始まり?」
 まだ最後までいってないので、結論までいっていない。ただおもしろいなと思うのは、人口子宮ができれば中絶はなくなる。中絶するかわりに、胎児を取り出し、人口子宮で育てる。育った赤ちゃんに里親をさがす。ということは書いてあるね。となったらだね、脳死だって、人口臓器ができればこの定義も変わってくる可能性がある。
「そうだよね」
 つまり、人間の都合によって、命の終わりと始まりを見定めようとしているけれども、将来的に今とは違った意見が大多数を占めるようになることはあるよね。
「かもね」
 カトリックのシスターである渡辺和子先生が「人間は神の手を身につけたけれども、神の頭は身につけていない」と言われたことがある。それはどういうことかというと、科学が進歩して、昔でいうなら、奇跡みたいな神業と呼ばれていたようなことができるようになったと。しかし、それを行なうことが本当にいいのかどうかは、人間にはわからない。おそらく未来の見えない人間は、永久に神の知恵を身につけることはない。これほどおそろしいことはないね。
「たとえば?」
 原子力爆弾なんかを考えればいいね。それと、そうだなあ、病気で命が助からないと言われていた子供が助かった。しかし、大きくなってやったことは殺人だったと。そういう例もあるね。
「ふんふん」
 ということはだよ、人間は人間の都合のいいように、物事を理論的に構築してみせる。でも、それは自分に都合のいいように、というだけで、本当にいいかどうかというのは、全然わからない。だから、今のところ、おかあさんが思うのは、脳死についても脳生についても、自分の考えをまとめてしまうことはできないなという思いがしている。わからないと認めてしまうことも必要ではないかと。
「神様でないからわからないこともあるよね」
 わからないことを認めることも必要だよ。と、逃げてしまったわけです。
「ははは」
 でもね、人間だから脳死だの、脳生だの言われているわけよ。動物なんて、脳死だの脳生だの言われることないじゃん。それだけ、命が軽く見られている、ともいえるよね。家族だのなんだの言っているけど、何が何でも助けてください、という人がどのくらいいるか。そういう人が多くでてきたら、またそういう考え方が出てくるかもね。

 昨日、ダイナ君のお話をしましたが、現在の教授が私に言ったことがあります。「家族だから、どうしても臓器を提供しなければいけない、という風に、私は考えていない。提供したくないなら、提供しなくていい。お金のある日本人が、貧しい国に出かけていって、その国の臓器を奪うようなことをするのも私はいやらしいと考えている」

 臓器提供の話はまた改めて書く機会もあるかもしれません。うちでドナーカードを持っているのは、ぶんちゃんだけです。私はかなり前にアイバンクに登録しました。その後、ドナーカードが出来たのですが、ドナーカードを持とうと思いながら、もたもたしているうちに、私の肝臓は提供できないことがわかりました。来月、自分が外科を受診するのですが、その時にどの臓器も提供できないのかどうか尋ねてから、もてるのならカードを持とうと思います。
 
 動物がそこまでの医療を受けられる日が来るとも思えませんが(意志の確認ができませんから)、どこまで人間の医療に近づいていけるのだろうか。まず動物の命の権利を勝ち取ってから、となりますが、考えてみれば、科学が発展すればするほど、倫理的な問題は難しく多くなっていくようですね。

 倫理ではなく、幸せを考えてくださる方の中で、
   弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.26(Fri)21:37 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 先日、もどしていた格之進ですが、あれ以来もどすこともなく、元気になりました。相変わらず、「おかあさんの食べてるパン、ください」と尻尾を振り、「おかあさんの食べてるヨーグルト、ください」とすりより、「おかあさんの飲んでるお茶、いりません」と自分のベッドに帰っていく格之進でした。

 さて、ダイナ君です。一歳までダイナ君は元気に育っていきました。しかし、たんぱく質の制限はきついです。ミルクはたんぱく質除去ミルクを飲んでいましたが、離乳してからが大変でした。ダイナ君は食べないのです。口の中に入れると、かまずにずっと口の中に入れたまま。横でなだめたり、怒ったりしながら食べさせること二時間。また、一日に摂取するたんぱく質の量が決められているため、食品成分表を見ながら、電卓で計算してメニューを組む毎日。ようやく食べさせたと思ったら、もう次の食事の計算をしないといけないというストレスの多い毎日でした。なだめすかして食べさせて、最後の一口を食べたら、もどしてしまい、病院に点滴に行くということもしばしば。

 たんぱく質が入らないと、体が成長しません。入らないと頭の発達すら悪くなります。ぎりぎりのたんぱく質を摂取しますが、それだけではカロリーが足りません。体を回していくだけのエネルギーがないと困るので、いかんせん、ダイナ君の食べるメニューは砂糖と油の多いものになります。おいしいわけがありません。食事だけではカロリーが足りないので、一日に三回蛋白除去ミルクを飲むことになりましたが、これも量が多いので、鼻から胃にチューブを通して直接入れることに。これが、午後二時半と夜の十一時。高いところにイルリガードルというミルクの入った袋を吊り下げて、鼻に入れたチューブに接続します。チューブは常時鼻から胃に入っていて、鼻から出ている先端はくるくると回して止めて、耳にかけておきます。今では口から飲めるので、チューブからは解放されています。

 普通の子供よりも抵抗力もありません。発熱したら普通の子供は病院に連れていかなくても、一日寝ていればだいたいどうにかなりますが、ダイナ君はそういうわけにはいきません。すぐ病院に行って点滴です。もどしてもそうです。体を回すのにぎりぎりのカロリーしか入っていないので、カロリーが少ないと肝臓は貯蔵しているたんぱく質を分解して使おうとします。これがまた酵素のないダイナ君には毒を作ることとなり、すみやかに点滴でカロリーを補給しないといけないのです。

 入院は20回までは数えました。今ではもうわかりません。50回過ぎているかもしれません。病院で年を越したこともありますし、クリスマスを迎えたこともあります。ゴールデンウィークを過ごしたこともありますし、誕生日を過ごしたこともあります。退院した次の日に再入院したこともあります。

 それでもダイナ君は明るく、独自の世界を持っています。それは他人と接触することが少なかったので、他人から影響を受けることがなかったからです。小学校の高学年になるまで、うちに友達がくることなどありませんでした。いつ点滴に行くかわからないので、安易に約束ができないのです。今ではもう前もって週に三回、入れることにしています。足りないエネルギーを補い、血液検査でいろんなデーターをチェックします。

 ところで、この病気は治る病気ではありません。ない酵素は自然に発生するものではないですから。治るとすれば、健康な肝臓を移植するだけです。ダイナ君は三回、天に帰りかけたことがありますが、一回めは生まれてすぐ。二回目は幼稚園に入園する前です。毎日もどしていて、夜に救急外来に行くのが何やら申し訳なくて、「明日の朝にしようか」と待ったのが悪かったのです。朝一番でぶんちゃんが「ダイナ、おかしい」と私に知らせてくれたのです。痙攣していました。初めて見ました。エネルギーが入ってないため、低血糖になったのです。意識不明が二日続きました。その入院は二番目に長い三ヶ月となりました。それ以来、もどせばすぐ。顔色が悪ければすぐ。点滴に走ることにしています。

 三回めは中学一年のときです。発熱して腎臓が悪くなってきました。肝臓の酵素のない病気ですから、多くの方は肝臓が悪くなってくるとお考えでしょうが、実はこの病気は腎臓が悪くなってくるのです。なぜかといいますと、肝臓に酵素がないため、うまくたんぱく質が分解できず、通常より悪いものを多く含んだものを腎臓に流してしまうことになります。腎臓でろ過するものが、普通の尿より毒素が多いわけですから、それだけ腎臓が弱っていくのが早いのです。

 ダイナ君はなかなかよくなりませんでした。腹部が痛く、痛みで夜眠れないということを経験しました。原因がよくわかりません。ああかもしれない。こうかもしれないというだけで、後になってから、こうだったらしいという説明になりましたが、よくなってそろそろ退院するかいう頃、教授が私を呼びにきました。その時の教授は前の教授とは違い、結構気さくな方で、平気で冗談の言える方でした。

 「ダイナは肝臓移植した方がいい。今度なにかおこったとき、本当に危ないかもしれない」普通の子供なら、すぐ治るものが、ダイナ君の場合は長引くのです。しかも今回はなかなか治らなくて、正直誰もがもうだめかもしれない、と思ったのです。ダイナ君はそれを聞いて、移植を受けるといいました。一年留年しても、健康な体になりたい。もうこんな痛い思いはごめんだと。

 ところが、入院中の大学病院では肝臓移植をやっていないので、病院を紹介してもらうことになりました。教授は学会に行って、あちこち尋ねてくださり、筑波大学附属病院を見つけてくれました。

 高校受験の終わったぶんちゃん、「私がドナーになる」といいました。「おかあさんは疲れやすいし、私は若いから回復が早い」と。世帯主はお金を稼いでもらわなければなりません。それで、私が第一候補ドナー、ぶんちゃんが第二候補ということで、ダイナ君を連れて、三人で筑波大学に行きました。行くまで知りませんでした。ドナーは18歳未満ではなれないのです。

 ここでいろいろな話し合いが行なわれましたが、最終的に移植はできないということになりました。筑波大学ではいろいろ調べてくれましたが、ダイナ君の病気で移植したことがない。ダイナ君の病気で移植しても完全には治らない。なぜなら、ダイナ君の欠損している酵素は、肝臓だけではなく腎臓にも血液中にもあるものだから、肝臓だけいじっても完治はしない。

 もう一つ大切なことは、肝臓移植は天国と地獄しかない。失敗したら、死が待っている。移植しないと生きられないというのならわかるが、ダイナ君は点滴しながらでも普通に生活している。もちろん、食事制限、運動制限はあるけれども、見た限りは普通の少年ではないか。

 ダイナ君の病気で、障害もなく生きているということは、本当に奇跡に近いのです。欠損の度合いが大きく、コントロールが難しい。感染をかぶったときに、命を落としてしまう患者さんは多くいるそうです。

 それで現在のダイナ君。腎臓が徐々に悪くなっています。人工透析までどのくらいの時間が残されているのか、わかっていません。しかし、透析まできたら、腎臓移植をすることになっています。実は私は肝臓移植をするときの検査で、自分では知りませんでしたが、C型肝炎に感染したことがあり、そのとき体に入ったウイルスが体から出ていっていない、と知らされました。休眠状態で、感染源になることはないらしいですが、免疫抑制剤を使う移植では、移植した後、免疫の衰えた体の中で、動き出す可能性があるので、使えないらしいです。この時点でドナーは世帯主となっていますが、ぶんちゃんが今では18歳を過ぎています。「私でもいいけど」と言っています。

 移植したくありません。これから先どうなるかはわかりません。もし何かあれば、皆様にお知らせすることになるかもしれません。ですが、今はお気楽に暮らしております。こういう状況を知ってから、初めてダイナ君に会った方々が皆おっしゃることは、「元気そうだね。普通の子に見えるけど」誰が見ても、ダイナ君は病気があるように見えません。今から考えると、幼稚園、小学生の頃、入退院を繰り返していたことが嘘のようです。多くの先生がたが、診たことのない病気の資料を集めて、知恵を出し、ダイナ君の治療にあたってくれました。この場をお借りして感謝いたします。また、私達家族を励まし続けてくださった方々にも感謝いたします。何より、ダイナ君を守ってくださっている神様に感謝します。

 もし、メチルマロン酸血症の治療についてお知りになりたい方がいらっしゃれば、鍵コメでも弥七ちゃんメルアドにでもお知らせください。私でわかることはお答えします。小さい頃の食事のメニューも残っております(さがさないといけないけど)。私がアドバイスできることは、おかしければすぐ病院に走って高カロリーの点滴を受けること。これだけかもしれません。そういう意味で、専業主婦の母親でないと務まりませんが、私はお気楽にやってきました。私にできたことは、誰にでもできますよ。

 またダイナ君の状態については、ちょこちょことお知らせするかもしれません。でも、今までここにいらっしゃた皆さん、彼は元気に学校生活を送っていますからね。

 それでは弥七ちゃんのアピールをしてまた明日。

 弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.25(Thu)20:22 |  日記  | コメント : 12 | トラックバック : 1
 今日も今日とて、お狂です。

 今日は動物愛護とは離れた記事をupいたします。本来なら、別にブログを立ち上げるべきかもしれませんが、そういう予定がないので、ここにちょこっと書かせてください。と言いますのも、私は時々アクセス解析の中のサーチワードというのを見てみるのです。ここに初めて来られた方が、どういう言葉を検索エンジンに打ち込んでいるのか、というのに興味があるもので。これが結構笑えるというか、そりゃ、私のブログがヒットするのは間違ってるぜと思うような言葉もありますが、ここ数日ですね、ちょっと気になる言葉があるのです。

 メチルマロン酸血症 移植 とか  先天性代謝異常 とか

 この言葉を入れられた方がどういう方かはわかりません。当然ですが。しかし、この言葉を入れられた方がどんな思いになっているのかは、なんとなくわかります。それで、少し書かせてください。

 ダイナ君は先天性代謝異常という病気です。これは何かと言いますと、肝臓の中にある代謝をつかさどる酵素に欠損がある病気です。これに欠損があるとどうなるかというと、酵素が少ないですから、肝臓で分解されるたんぱく質。これが分解できないのです。分解できない物質は、毒として体を回ります。となると、いろいろと異常が出て来ることは推察できます。

 酵素はいろいろありますから、欠損している酵素によって、病気の名前が違います。先天性代謝異常の中の、有名な病気ではメープルシロップ尿症。フェニルケトン症などですね。結構ポピュラーな病気だと、症例が多いですから、治療方法も確立されています。普通の生活をしている方もたくさんいます。

 ところが、ダイナ君の病気は、県で二例目でした。大学病院では初めてです。日本でも何十人の世界なのでしょうか?

 最初にダイナ君の生まれたときの模様など。ダイナ君は個人病院で生まれました。生まれて三日目に、私は異常に気がついていました。最初から、ぶんちゃんに比べて、お乳の飲みが悪い。おかしいなあと思っていました。五日目には私は退院しましたが、ダイナ君のお乳の飲み方があまりにも悪いので、ダイナ君は預かってもらいました。翌日、ダイナ君に面会に行くと、ダイナ君は保育器の中に入っていて、鼻からチューブが入っていました。飲まないので、強制的に胃にミルクを流しこまれていたのです。それを見て、私はすぐさま知り合いの大学病院の小児科の看護婦さんにお電話したのです。

 体重は減っていました。そして状態を話すと、ちょうど今から医局に行くので、小児科の教授に話してあげると言ってくれたのです。それはおかしい、早く受診してもらってと言ってくれたらしいです。個人病院では、血液検査をしたけど異常はない。乳児の嘔吐はよくあるから、と言われました。あまり大騒ぎするのもなあと思いましたが、大学病院に転院させてほしいといいました。もちろん、先生の機嫌は悪くなりました。

 ダイナ君を連れて、教授の診察を受けると、新生児集中治療室にすぐ入院だと。体重が減りすぎている。私が泣き声を聞いたことがない、と言ったことも、教授を不安にさせたようです。

 血液型の不適合で、交換輸血をしますから、という話でしたが、輸血が終わってほっとしたのもつかの間。何かおかしいと。下がるべきアンモニアの値が下がらない。それからの数日間は不安だけでした。

 ダイナ君は神様の導きによって助かったようなものです。教授はメチルマロン酸血症を日本で最初に発見した医師ではないかと言われています。大学病院は新設だったため、よその大学から先生たちがやってきたわけですが、小児科は名古屋大学の医師が多く入ってきていたのです。教授は名古屋のご出身でした。

 一日、転院するのが遅かったら、ダイナ君は死んでいただろう。そういわれましたが、新生児集中治療室には六ヶ月間、入院していました。薬を合わせるのに時間がかかったのです。ダイナ君は欠損の度合いが多いタイプで、しかもビタミンB12を投与すればよくなるタイプもあるのですが、全くききませんでした。

 幸いなことに、酵素の代わりとなるお薬が一年前に保険認可されたところだったので、それを使いましたが、酵素の欠損の度合いが多いので、規定量を使ったのではよくなりません。ダイナ君は規定量の倍、体重あたり100g使っていました。普通は半分以下です。こんな簡単なことですが、これを実行するにも、症例がないものですから、なかなかできませんでした。

 明日は、すみません、ダイナ君の移植問題について書かせてください。それでダイナ君の病気のお話は終わりにしますので。

 これをお読みになっていらっしゃる方、もしご家族かお知り合いが、この病気であったなら、私でお答えできることはいくらでもお答えします。鍵コメでも、弥七ちゃん募集のメルアドにでもお問い合わせください。ダイナ君は今は幸いなことに普通の生活をしています。普通の高校一年生です。しかし、食事制限と運動制限はきついです。また、明日にも書きますが、週に三回、点滴に行っています。十六歳になるまで、三回、天の入り口まで行きました。

 ダイナ君が普通に生活していること。どの医師もこれを見て、奇跡だといいます。それだけ難しい病気です。ですが、神様は本当にダイナ君を憐れんでくださっています。ですから、力を落とさないようになさってください。

 ではまた明日。
2007.01.24(Wed)00:31 |  日記  | コメント : 22 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 昨日、格之進と車で走っておりました。すると、格之進、助手席の足元(お座布団が敷いてあります)で、「ごげごげ」と言ったかと思うと、お座布団に水分をもどしてしまいました。初めてのことでしたが、まあ、元気だし。

 今日の午前中、お狂は珍しく元気に家事にいそしんでおりました。物が少なくなると、家事もやりやすいですなあ。ちょっと楽しかったりして。が、最近、ご存知のように、メニエールもどきの発作が出ております。やはり、めまいの出る前みたいな感じがあって、昼前に格之進とお昼ね。これが、発作がでる時って、なかなか寝付けないんです。

 しておると、格之進が足元で、「ごけごけ」「ぎょへ」あらら、もどしてしまいました。もう水分ではありません。ん~、どうしようかなあ。病院か? しかし、元気そうだったので、そのままにしておきました。晩御飯は食べて、今のところ、異常ありません。夜、寝ているとき、「ごけごけ」は堪忍してくれ~。 

 ところで、年末、ガンジーとピーター・シンガーの著作を読みますと言っておりましたが、ガンジーは終わっております。ピーター・シンガーはですね、買いました。一筋縄でいかないので。

 それでは知りえたことを、偉そうにちょこっとお知らせいたしますね。

 ガンジーの故郷、インドはヒンズー教徒とイスラム教徒の多い国でして、物質文化に対して懐疑的なのですが、ここへやってきたのが、ご存知イギリスですね。何しにやってきたか。

 ガンジーは言うのです。自国で賄えなくなった繊維を売りつけに来たと。インドに工場を建て、インドの人々はそこに働きにいきます。布を作るためにですね。ガンジーの写真でよく糸車を回しているのを見かけますが、チャルカというこの機械、これをガンジーは機械文明への抗議の象徴として扱うのです。
 どうして自分の国で売りさばけないものを、他国に持っていって売りさばこうとするのか。自給自足の体制をどの国も敷いて、押し売りするな、と平たく言えば、こういうことです。 
 インド人はチャルカで糸を紡ぎ、自分の服を作れば十分ではないか。必要以上にどうして作る必要がある? 第一、工場で働いている人たちの表情を見てみなさい。単純作業を一日して、安い賃金で働かせられる。楽しくもなんともないではないですか。

 ガンジーは機械文明を否定するのかという質問に「いいえ」と答えます。シンガーというミシンがありますが、あれは裁縫の好きな奥様のために、ご主人が楽に裁縫ができるために作った機械なのです。機械を作る動機が利潤追求ではいけない。この場合は思いやりであると。そういう機械を認めることはできるというのです。

 ヨーロッパ、キリスト教、文明、この三点セットのために、多くの国が植民地化されてきた。結局、国益のために、他国は食い物にされてきたわけです。ガンジーは、頭脳労働者だけは国が賃金を払うのでいいけれども、基本的には体を動かせて労働するべきである。それが人間として健全な生き方であるというのです。働かざる者、食うべからず。もちろん、共同体の中には働きたくても、働けない人もいます。そういう人には分けてあげればいい。売るほどいっぱい服を作る必要はないけれども、自分の余っている服をあげることは出来る。服も食料も何もかも、自国でまかなうことをすれば、他国に押し売りしに行く必要はないではないかというのです。

 ここ数週間、経済活動というもののあり方について、考えておりました。資本主義では、利潤が出ると判断した場合、そこに経済活動が生まれます。ということは、会社は売り続けなければならないわけです。社員を養っていくために、とにかく物を売らねばならない。良いものであろうが、悪いものであろうが関係ない。誠実であることや、真摯であることで、社員に給料を払えるはずがない。儲けないと、その会社はなくなってしまうのです。

 村上さんが「お金儲けが悪いことですか?」と尋ねていましたが、お金儲けが悪いかと尋ねられれば、誰もが悪いとは答えられません。しかし、気がついていますか? 誰かが儲けていれば、誰かは損をしているのです。お金は自然発生しませんから。

 日本人は明治維新のとき、文明を選んだために、日本人として大切な物を多く失ってきました。ガンジーは言っています。裸の原住民が服を着れば、文明なんですかと。日本人はまさにこれです。外側だけ西欧の真似をして、文明人であろうとしたのです。

 経済発展が急激におこった国ほど、このひずみがでます。韓国は日本よりも早いスピードで経済成長していますが、韓国が日本よりもひどい学歴社会であることはご存知でしょうか? 英語を上手に話すために、舌の手術を受けることはご存知ですか? 美人コンテストには、整形した美人が多く参加することは? 

 それより早いスピードで経済発展しているのが、中国です。おそらく、中国の人たちが精神的に蒙るダメージは日本や韓国どころではないでしょう。どうなっていくのでしょうか?

 最後に、私が恥じ入った記事をご紹介します。

 ヒマラヤの近くに仏教国であるブータン王国という国があります。そこの国王は21歳ですが、「わが国の目標は経済発展ではなく、国民それぞれが幸せを感じることである」と宣言したそうです。国独自の立場、伝統を守ることを大切にして、近代化を急がないことにしたそうです。これは30年前のお話ですけどね。

 ブータンにも国勢調査があるそうですが、質問項目の一つに「あなたは幸せですか?」という問いがあるらしいのです。「はい」と答えた人は97%。「とても幸せ」と答えた人は45%ということで、しかも都市部でも農村部でも大差ないらしいのです。

 チベット仏教は「金銭や物欲を克服しなさい」と説いていて、自分よりも他人の幸福を願う教えがあるそうです。聖書にだって、「天に宝を積め」とか「隣人を愛せよ」とかあるのになあ。昔の教会の指導者たちの堕落を、私は嘆きますぜ。

 しかしですよ。この国王、21歳ですよ。どうやったらこんな若い人が、こういうことを考えつくんですか? 王族ですから、裕福であったに違いない。なのに、どうしてそういうことが言えるんでしょうか? 王なら物もいっぱい所有しているでしょう。それでも、もっともっとと思うのが人間です。ヨーロッパのあれがほしいとかこれがほしいとか思わないのでしょうか? 若者なら、格好いいファッションをしたいと思うのが普通じゃないでしょうか? そういう物が国の中にいっぱいあればいいなと思うものではないのでしょうか?

 一体、この国王はどうやって育てられたんでしょう? 親御さんたちは王族とはいえ、どうやって育ててきたんでしょうか?

 親として自分が情けないです。

 弥七ちゃん、幸せだといつも感じている家庭で、幸せに暮らさせてもらいなさい。

     弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.23(Tue)00:18 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 一昨日のセンター試験、英語の出題傾向が変わっていたようで、ぶんちゃんは問題を見て「好きな傾向だ!」と思ったらしいですが、同時に「過去問、一生懸命解いた人、かわいそう」と思ったそうです。今日は学校で自己採点したらしいですが、「あ~、どこにも出願する大学がない」と言っていた人がいたらしです。が、この人は東大志望。「どこにも」とは偏差値70以上の大学ということでしょう。ちょっとランクを落とせば、いくらでも合格確定大学があるわけですよね。

 そういうことはいいです。朝になっても採尿できない町子。朝ごはんを食べれば、しーするだろうと思っていたのに。結局採尿できたのは、二時過ぎです。ようやくもとのケージのもどしてあげましたが、もどるとすぐトイレに入って排便。我慢してたんだね。

 ところが、ですよ。またうちには問題が。午前中、格之進の歩き方がおかしいとは思っていたのです。昼前からうとうとと、昼過ぎまで寝ておりましたが、起きてぼけぼけしていると、格之進の右前足がおかしい。浮かせて歩いているのです。い!? なにぶん、こういう経験のない私。とりあえず動物病院にすぐ連れていかないといけないものかどうか確認すると、16時からの診察開始時間でいいですよというので、ダイナ君のお迎えなどいろいろして17時過ぎに、町子、助三郎、格之進を連れて病院に行きました。

 どうして助三郎がいるかというと、町子は一人でケージの中に入っていると、ずっと鳴いているのです。それで町子だけの診察のときにも助ちゃんを付き添いに連れていくのです。さすがに年子は重たいので、助ちゃんに我慢してもらっています。

 町子の尿を調べてくれた先生、石は出ていない。ということは膀胱炎ですかね。ストロバイト再発にしては早すぎるけどということで、それでも血液はプラスだったので、注射して、抗生剤をもらいました。格之進は診察したところ、骨に異常はないし、外傷もない。診察してもじっとしているので、大丈夫だと思います。けど、格之進は我慢強いところがあるので、痛みを我慢している可能性があるから、とりあえず注射して、三日様子を見てくださいとのこと。

 毎日、毎日、どうしてうちの家はこう病人がでるんだよ!!こう考えると、シェルター施設をお持ちの愛護団体さんはいつも気が抜けないですよね。あっちで病気、こっちで怪我。精神的にまいってしまうでしょうね、私なら。

cats-079.jpg ところで元気な弥七ちゃんは、なんと!!もう茶の間の扉を一人で開けています。助ちゃんでさえ、半年すぎないとできなかったというのに。押入れの扉を開けてあげると、ぱたぱたいっていたなと思うと静かに。どうしたのかと思ったら、ぶんちゃんがきちんと閉めていなかった引き出しの中に、入ってしまっています。何かに入るのが好きなのかな?
    弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.22(Mon)20:32 |  日記  | コメント : 10 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。
 
 今日は日曜日で礼拝に行く日なのですが、朝、皆のご飯の準備をした後、寝ておりました。めまいがしそうだったんです。昨年、ダイナ君の卒業式の日。朝起きたら、めちゃくちゃ寒い。今まで私のメニエールもどきは、暑いときに発作が出ることはあったのですが(めまいと耳鳴り)、寒いときに出たことがなかったのですが、その日は朝からくるくる(ぐるぐるまでではなかった)。

 ぎりぎりまで寝ておりましたが、これはだめだと、世帯主に「仕事を休んで、ダイナ君の卒業式に行ってくれませんか」世帯主は文句をいいつつ、参加してくれました。

 あの日は急に寒くなったんですよ。雪が降るような三月でした。それまで春みたいな日もあって、ダイナ君の受験のときなど、うぐいすの鳴き声を聞くことができたくらいです。なのに、一転して真冬。私の体がついていけなかったのです。

 で、今朝もですわ。昨日も寒かったけど、今朝はもう一つ寒かったのです。ふらふらときたので、ぶんちゃんが「おかあさん、大丈夫?」「うん。寝る」こういうことがあるので、私は愛護活動というのでしょうか、体を使うことを積極的にしないんですね。相手が命だけに、「今日はめまいで休みます」となったら、ご迷惑をかけることになるので、後方援護しかしていないのです。そのわりに、車で飛び回っておりますが。そう、夜は飛びまわれるんですよ。これが不思議で、つまり太陽光線に弱いんです。って、お狂はこうもりかっていうの!!

 ところで、一昨日から気になっておりました。猫さんケージのトイレ。うちの猫砂はペパーレミックスなんですね。白い紙を巻いてある砂です。何でかっていうと、尿の色がわかりやすいようにです。そうなんです。誰かが、血尿をしているんですよ。年子ではないでしょう。ストロバイト経験のある、助三郎か町子のはずです。

 嘘であってくれという思いで、様子を見ておりましたが、昨日も今日も。それで、誰かはっきりさせねばならぬ。とりあえず、助ちゃんにターゲットを絞ってみるか。

 絞るのはいいのですが、隔離用のケージがありません。仕方がない。弥七ちゃん、先輩たちに混じってみなさい。弥七ちゃんのトイレの砂を片付け、広告の紙を一枚敷きます。助ちゃん、一人隔離されてきれております。

 「何で俺だけここなんだよ。俺は弥七じゃないぞ。俺はあんな新入りとは違う。俺は助三郎だ!」かさかさ、ごそごそとトイレに敷いてある広告の紙を蹴散らします。音がするたびに、「助ちゃん、しーしたの?」とやってくるお狂ですが、紙が折られてあるだけ。

 「いいですか、助ちゃん。しーしなさい!!そしたら、もとにもどしてあげます!!いいですね?」きょとんとしている助ちゃん。何度も何度もかさかさ、ごそごそ。そのたびに覗き込むのですが、そうこうしていると、町ちゃんが向かいのケージのトイレに入りました。さっさとしーをする町ちゃん。

 「あ~あ、町ちゃんを先に採尿すればよかったなあ」ちょっと片付けておくかと、トイレを引き寄せてみれば。白い紙が赤くなっております。

 町子だったのか!!助三郎をもとのケージに返すと、町子がトイレに何度も出たり入ったり。間違いありません。町子を明日の朝まで隔離です。今、排尿したので、朝まですることはないでしょう。一人、そこで寝なさい。

 処方食をずっと食べているというのに、どうしてまた石ができるんだろう。ストロバイトと反対の石ができたのかなあ。

 明日、一日かけて採尿して、採れ次第病院です。治療に専念するために、弥七ちゃんの里親さんをお待ちしております。なんか、ボルシチのときもこんな感じだったなあ。
   弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.21(Sun)21:57 |  日記  | コメント : 8 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。 
 ぶんちゃんはセンター試験ですが、ダイナ君も今日は模試です。いつものようにバス停まで送っていって、お狂はぼけぼけ朝ごはんを食べました。そして、出発です。

 動物病院へ、格之進と弥七を連れていきました。格之進は付き添いです。弥七ちゃん、今日の尿検査がよければ晴れて膀胱炎から解放され、健康体となります。前のように朝からお預けして、尿が採れたところで、お電話という段取りのはずだったのですが、男性の先生がお休みで女性の先生だったもので、もう最初からエコーで見て、針でついて採尿しましょう、ということになりました。

 弥七ちゃん、私にしがみついて離れません。確かにぶんちゃんが言うように、里子に出したくない気持ちになりますが、そうも言っていられません。尿検査の結果、異常なしになっていたので、予防注射もしてもらって、夕方には広告新聞に里親募集のファックスを送りました。

 さて帰宅して、とろとろとお洗濯を干しているとお昼。二時頃にダイナ君が下校のお電話。車でお迎えに行って、クリーニングなど出して、一度帰宅。軽く何か食べたダイナ君を塾に送り、家でごそごそ。

 そこで、教会にお電話しました。私だとわかると奥様が、
「マックスね、昨晩、天に帰ったの」
「え!?だめだったんですか」
「ええ。昨夜、病院からマックスが危篤だっていうお電話があってね。間に合わなかった」
「間に合わなかったんですか」
「先生が心臓マッサージなんかしてくれたらしいんだけどね」
「そうですか」
「あの病院でよかった。よくしてくださって。ありがとう」
「いえ、お疲れ様でした」
「今朝、お電話しようかと思ったんだけど、ぶんちゃんが試験でしょう? よけいなことを知らせたらだめだろうと思って。午前中にお電話したけど、いらっしゃらなかったみたいで」
 弥七ちゃんを病院に連れていっていたからですね。電話口で泣いてしまって、つらいであろう奥様が私を慰めてくれるという、なんとも情けない図となってしまいました。
「どこかから、ひょこっと出てくるような気がして」
 奥様の喪失感がよくわかります。

 マックス、一回しか会わなかったけど、たったそれだけでも、存在感のある犬でした。奥様のおっしゃったように、優しい顔でおとなしい犬でした。自分の身におこったすべてのことを黙って受け入れているような犬でした。それだけにかわいそうな気持ちがことさら増してきます。

 どたばたした犬、手ばかりかかる犬、そういう犬は犬でいなくなったら、寂しいだろうと思います。手のかからない犬というのは、手がかからない分、あれもしてやれなかった、これもしてやれなかった。その気になったらしてあげられたのにという思いもこみあげてくるのかもしれません。

 ダイナ君をお迎えに行き、マックスがいなくなったことを話すと、「マックス、もっと遊びたかったのに」と言いました。ぶんちゃんは力を落として「そう」と言っただけでした。

 ぶんちゃんは私立大学しか受験しないので、明日のセンター試験はありません。今は寝ています。起きて勉強すると言っていますが、どうなることやら。

 弥七ちゃんを抱くと、生きているものの命が伝わってきます。生きている命を大切にしないといけない。弥七ちゃん、必ずよい家族を探してもらおう。神様にお願いして、弥七ちゃんが平安に暮らせる家族を見つけてもらおう。だめなら、いいよ、うちにいても。それが神様のお決めになったことならね。
でも、もう少しさがしてみようね。

 マックス、一回だけのふれあいだったけど、ありがとう。マックスと一緒に病院に行かなければ、マックスが天に帰ったことを聞いても、寂しくなかったかもしれないよ。マックス、私にとって、知らない犬のままで天に帰るのでなくてありがとうね。マックスが幸せだったように、よい家族を弥七ちゃんに見つけるからね。マックス、神様のとなりで弥七ちゃんを本当の家族に導いていってね。ありがとう。

 聖書の中には「神のなさることは時にかなって美しい」という言葉があります。昨日、天に帰ることになったマックス。私には早すぎたけれど、後になればまた見方もかわるかもしれません。
   弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.20(Sat)21:40 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。
 
 これを書いてすんだ後、ぶんちゃんと友人を連れて、実家に行きます。明日はセンター試験です。うちはすぐ近くに国立大学があるのですが、昨年はここでセンター試験が受験できました。ところが、今年は私の実家の近くの私立大学で受験することになっているのです。学校の振り分けの関係らしいですね。で、ぶんちゃんと友人を、実家に連れていって、すぐ寝たらいいだけの状態にして私は帰ってくると。さっき、ダイナ君を塾に送っていったのですが、ぶんちゃんを送っていったなら、ダイナ君の塾にお迎えに行かねばなりません。親は本当、召使だよ。

 私にしてみれば、センター試験などどうでもいいんですわ。だって、きちんと勉強していれば合格するわけですから、勉強していなかったら不合格になる。それは自分の努力の結果ですからね。まあ、運があるともいいますが、それは運ではなく、神様がお決めになる結果ですから、私がどうこうすることでなし。本人のことですから、私が努力することでもなし。
 
 そんなことよりですね、夕方、マックスに元気になってもらおうと、教会に馬さんのお肉を差し入れに行ったのですよ。そしたら、奥様が出てきて、「マックス、入院しちゃったの」「ええ!? 悪くなったんですか?」「また呼吸困難になってね、今病院に電話したら、酸素の中にいると楽みたいなので、明日の昼過ぎまでお預かりしますって」「元気になっているかと思ったのに」「検査結果はどこも悪くなし、体温も高いから、特に問題ないんだけどね。肺に水がたまっているらしいのよ。肺炎になったままなので」「風邪をこじらせたということですね」「そうなのよ」

 私は馬さんのお肉をお渡ししました。なんかがっくりしました。ご主人はマックスは年なんだから、もう寿命だろう。病院では寂しいだろうから、連れて帰ってきたらと言われたらしいですが、検査結果が悪くないため、よくなるだろうという見解のもと、入院しているそうです。マックスはひょっとしたら、甲状腺の薬の実験犬だったのかもしれないと動物病院の先生は言われたらしいですが、とにかく元気になってもらわねば。

 ところで、弥七ちゃんですが、地方新聞社の広告新聞のペット欄に里親募集で載せてもらおうかなと考えています。ぶんちゃんは、そんな記事は載せないで。弥七はかわいいじゃないのと言っておりますが、私はぶんちゃんに言ったのです。

 かわいい猫をおかあさんは飼いたいわけではないのだ。行き場のない猫を保護して、きちんとした安全な家で家族として飼っていただく。それが大切なことで、確かに弥七はかわいいけれども、うちのキャパはいっぱいだ。本当は猫は二匹で十分だけれども、町子がストロバイトだから里子に出せなくなった。弥七がいるのは格之進のケージで、うちでは二匹猫がいて、三匹めが保護中の猫として仮にいるという形が望ましいと思っている。そういう意味でもキャパはオーヴァーだということを理解してほしい。

 かわいいからと言って弥七を飼うと、一年、二年でなく十年以上一緒にいるわけですから、その間、保護しようと思えば何匹と保護できるわけです。弥七がうちにやってくる最後の猫というのならいいのですが、なぜかうちには猫がやってくる。きっと弥七がいなくなったら、また猫がやってくるでしょう。

 そういうわけで弥七ちゃん、里親を募集しています。
cats-044.jpg
  弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.19(Fri)21:13 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 弥七ちゃんの駆虫ができたことは、既にお知らせしておりますが、書くことが多くて、お知らせするのを忘れておりました。弥七ちゃんの便とともに、格之進の便を持っていったのです。

 なぜかといいますと、それまでの一週間、格之進が庭で排泄する便が白いのです。白いのもあるし、普通の色もある。しかし、格之進、元気。ということで、様子を見た一週間。これはもうついでと言っては何ですが、受診することにしました。

 若い男性の先生が、まず診察して、格之進が元気だということを確認しました。しかし、格ちゃん、当然いつものように震えております。だいたい、診察室に抱いて入ったら、いつも診察室を見ないようにして、震えております。

 「便が白い。これから顕微鏡では見てみますけど、何ですかねえ」「便が白いということは、胆汁の関係ですか?」「いや、胆嚢が悪ければ、これだけ元気にはしてないですね。すい臓の可能性もありますけど、それにしても元気だしね。ちょっと顕微鏡で見てみますね」

 待つことしばし。ダイナ君は弥七ちゃんを抱いて、きゃあきゃあ言っています。弥七ちゃんがじっとしてないもんで。その間も、格之進は私に抱かれて震えています。先生がトレイに何やら持ってきました。「これだけの物が見つかったんですけどね。これはティッシュ。これは石。これは何かなあ」ダイナ君、ぴんときたようです。「えびのしっぽだ!!だから、おかあさん、僕があげたら駄目だって言ったのに!」「いや、そのお」

 先生は考えこんでいます。「ダイエットしてないですね?」「全然」「分離不安ですかねえ」「あ!そういえば、弥七ちゃんが来てから、格之進のケージが弥七のケージになったから、私がお買い物に出るとき、一人で茶の間でお留守番するんですよ。それで、ゴミ箱を漁ってるんじゃあ」「石はどうですか?」「私がお洗濯物を外に干す間、外の庭で排泄したりするんですよ。その時かなあ」

 もともと分離不安の格之進です。ちょっと困ったなあと思いながら、ダイナ君が「茶の間のゴミ箱は撤去だね」「そうですね。治す方法もありますけどねえ、治すには時間もかかるし。お狂さんが別にいいというのなら、積極的に治す必要もないですよ」「別にいいかなあとも思いますけどね。ちょっと困ることもあるけど。一生懸命、治すのも、格之進、この年齢ですからねえ」おいおい、推定五歳だぜ、人生半分終わってるお狂とは違ってまだ先は長いって。と、一人つっこんでみました。

 私にしてみれば、格之進はなかなか懐かない犬さんだったので、せっかく懐いたのに、別にもういいよ、みたいな気持ちがあります。人の都合ですからねえ。吠えるとかいうこともないので、ご近所迷惑でもないし。でも、分離不安でない方が、人も犬さんも生活しやすいとは思いますね。

 弥七ちゃんに早く里親さんを見つけて、ケージを返してもらうかね。 

 というわけで、
    弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.18(Thu)22:59 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 こちらは、今朝小雨でした。ダイナ君をバス停まで車で送っていき、もしゃもしゃと朝ごはんに作った残り物のサンドイッチを食べ、ぼけっとしていた時です。お電話が。

 何だよ、こんな時間に。こんな時間なので、セールスではないだろう。ということは、何だ? 一瞬、ぶんちゃんに何かあったのかなと思いました。お相手は、私の通っているすぐ近くの教会の牧師の奥様です。どこの動物病院に行っているのかとのお尋ね。
「マックスがね、明け方から呼吸がおかしいの。もう死んじゃうかもしれない」
「そんなことは言わないでください。私の通っている病院は30分かかるので、○○町(半分の距離)に私の同級生のやっている動物病院がありますから(前は通ったことがあるが、中に入ったことはない)、そこに行きましょう。私が車を出しますわ」

 マックスというのは、ビーグル犬です。何でもお嬢さんが薬学部の学生だった頃、実験に使われていた犬さんで、薬殺されるところを、かわいそうだというので、お家に連れて帰ってきて、そのままお宅で飼われているのです。声帯もとられているらしい。しわがれた鳴き声しかしないそうです。

 奥様のご実家は東京で、お子さんたちも東京にいらっしゃるので、時々、私の子供二人はマックスの水やりと餌やりを頼まれることがあります。が、私は初対面。格之進を連れて、車でお迎えにいきます。心配したほど、呼吸が荒くなく、大丈夫だろうなと思いつつ、病院に連れていきました。病院までの道のり、今までマックスは病院に行ったことがない。フィラリアも予防していないとお聞きし、私にしてみれば驚愕の事実でした。私はおめでたいですよね。犬を大切にしている人は皆、病院に連れて行って、予防注射をして、フィラリアの予防をして、駆虫したり、蚤ダニの予防をしたりするものだと思い込んでいたのですから。

 院長である同級生は手術中で、出てきてくれませんでしたが、他に四人も獣医師さんがいらっしゃる。うちの動物たちが通っている病院に、ここの院長は勤務医として働いて後、この地で開業したらしいのです。時々、うちの動物たちが通っている病院に手術を見にきたり、難しい動物さんたちを紹介したりと、独立してからもおつきあいがある様子。

 しかしまあ、若い先生ばかりでしたね。看護士さんが少ない。きっと院長先生の考え方が違うのですね。看護士さんを雇うなら獣医師を雇うと、私の友人は思ったのでしょう。友人といっても、卒業以来数回しか言葉を交わしてないんですけどね。

 マックスは立っていることもままならない様子。体温を測ると36度。思わず「え?!」と言ってしまいました。奥様は「高いの?」「低いんですよ。普通は38度くらいあります」「それで、明け方近くに敷いてあったタオルケットの方に動いていたのかなあ」余計なこととはわかりつつ、先生に「便を検査していただいていいですか? したことないもので」と一言横から言いました。「はい、いいですよ」体温計を洗われそうになったので、あわててお願いしたのでした。片方の睾丸が堅いということと、腕にしこりが何年も前からあって、大きくなってきたということも、奥様がお話しされていました。

 まず、採血して、落ち着いたらレントゲンを撮るということで、保温するのにドライヤーを持ってこられました。マックスはふけが出ていて、正直あまりきれいな状態ではなかったので、暖かい風をあてると、少し臭いました。

 レントゲンを撮る間、待合で待っておりましたら、私たちが来たときは誰もいませんでしたが、ぼつぼつとやってこられました。猫さん、エリザベスカラーをした犬さん、つい目がいってしまいますね。格之進は車の中で待機しています。

 レントゲンが出来てきて、見せてくれました。「おそらく肺気腫でしょう。血液検査の結果は白血球以外は正常です。ですが、体温が低いということを考えると、おそらく甲状腺の機能が衰えていると思います。これをはっきりさせるためには、外注の血液検査が必要なのですが、ここまでで一万円はかかっています。血液検査に六千円はかかると思います。おそらく甲状腺だと思うので、血液検査をせずに、治験で薬を投与するということもできますが」私はとなりにいる奥様を見ました。奥様はきっぱりと「検査してください」

 マックスは12歳にはなっているらしいです。年齢的にいろいろ出てくるし、治療してもどこまで生きていられるのかなあと考える年齢です。ですが、奥様がそうはっきり言われたので、ほっとしました。「甲状腺のお薬を投与すれば、おそらく劇的に元気になると思いますが、きいてくるまでに三日くらいかかります」余計なことと思いつつも、病院通いで何でも質問する癖のついているお狂は、またまた口を出します。「では、先生、今日血液検査して、結果が出る前ですけど、今日投与することもできるのですか?」「そうですね、打っておきましょう」「フィラリアは?」「あ、フィラリアの検査はしてないですね。夕方までお預かりしたいのですが。体温が低いということがありますので、観察がしたいのですが。夕方までに調べておきますが」

 奥様は「この子、私がいないと寂しがって食事もしないんですよ。大丈夫かなあ」「でも、何かあったら心配ですね」ともういいっていうくらい口出ししているお狂でした。「そうよね。お預かりしてもらいます」「このタイミングで連れてきていただいてよかったですよ。夕方まで見ていたら、もう手遅れになっていたかもしれません」と先生。よかったと二人して、胸をなでおろすのでした。

 しかしながら、お狂はどこどこまでもでしゃばりです。「それで、先生、睾丸はどうなっているんですか? 腫瘍かどうか検査するんですか?」「いえ、これはですね、体調がよくなってから、去勢した方がいいですね。その時、組織をとって検査してみます」「腕のしこりは?」「何年も前からあったということですから、悪いものではないと思いますが、組織をとって、これは調べてみます」「マックスの鼻がかわいちゃって、かさかさですが、これは体温が上がればぬれてくるんですか?」「年齢的なこともありますからねえ。何ともいえないですね」

 レントゲンによると、マックスは骨と骨の間のクッションが年をとってしまったので、磨耗して背骨が少し曲がっているとのこと。奥様が実験犬だったので、ケージに入れられていた関係か心なしか最初から曲がっていた感じはあったと言われました。しかし、これはもう治らない、これについては治療はできないとのことでした。

 家では暖かい場所に寝かしてあげて、ストーブなんかをそばに置いてあげてくださいといわれました。マックスを撫でて挨拶して、病院を後にしました。

 マックスは薬学部の研究室で三匹一緒に実験犬として飼われていました。実験が終わり、薬殺されるところを三人の学生さんがかわいそうだということで、一人一匹づつ、家に連れ帰ったのですが、あとの二匹は人間に心を開かず、また大学に連れてこられ、薬殺されたそうです。マックスだけは、牧師宅で大切にされ、普通の犬のようにかわいがってもらえたらしいのです。

 夕方五時くらいにお電話して様子を尋ねてから、お迎えに来てくださいとのこと。容態が悪ければ、お泊りになるということでした。水曜日は教会では夜七時から祈祷会があります。今朝も10時から午前の祈祷会があったので、ご主人は病院に連れてこれなかったのです。
「何なら、私がまた来ますよ」と言っておきました。

 子供二人が帰宅して、マックスが大変だったというと、「マックス、大丈夫かなあ」と口々に言いました。五時前に奥様にお電話して、お迎えご一緒しましょうかと言うつもりだったのですが、「もう行ってきた。今、帰ってきて寝ている」と言われました。五時より早く病院にお電話して、お迎えに行ったのです。待てなかったのでしょう。「体温も37.5度に上がってきたの。一週間お薬飲んで、それがきれたら来てくださいって」

 よかったなあと思いつつ、マックスに会えなくて少し残念でした。夜の祈祷会に行くと、「今日はありがとね」と言われ、「いつでもご一緒しますから。でも、お薬がきいてくるまで三日とか言われてましたから、三日間くらいは目離しできませんね」と言いました。「ああ、そうねえ」と奥様は言われていましたが、後からダイナ君の話しによると、「主人は私の心配はしないで、マックスの心配ばかりしている」と言われていたとのこと。きっとよくなるだろうなと思いました。

 マックス、がんばって、またおかあさんとお散歩に行くんだぞ。また楽しいことが待ってるよ。

 ところで、夜、うちでは四匹の猫が大運動会状態。弥七効果で、まあアグレッシブな四匹でした。「格ちゃん、やっぱりもう一匹犬がいると一緒に遊べるのにねえ」と思わず言ってしまいました。いや、しかし、うちはまず弥七ちゃんの里親さがし。それから、まだまだ難題が続く(はず)。

    弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
 
2007.01.17(Wed)23:31 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 昨日ですか、新聞を読んでいたときだったのか、週間誌を読んでいたときだったかなあ、気になる記事がありました。

 ここ数年、日本ではいろんな災害がありました。阪神の大きな地震から月日は流れたものの、あのときからでしょうか、日本にもいろいろな災害がやってきました。地震もありましたね、水害もありました。最近では津波とか竜巻とか、もう地球はおかしくなってますよ。原因など今更言うまでもありません。

 それで、ですね。災害にあった地域、まず最初に支援物資を募りますね。何を送るか。まあいろいろありますけど、驚くべきことに、つい最近、数年前に被害にあった自治体が、余っている支援物資を焼却処分したと。これは何かおわかりになりますかな? 服なんですよ。

 一昨日、ちょうど友人宅に、動物愛護団体に送る新聞紙をもらいに行ったのですね。友人が「ぶんちゃん、これ着ないかなあ」と何着か服をくれました。「着ないようならこちらで処分するから」と断ってはあったのですが。うちで処分する手段は、切ってぼろ布として、お台所で油物を拭いたり、猫ケージのお掃除で使ったり、犬の足をスプレーした後の使ったりと、まあ、使い道はあるのですが。でも、やっぱり服よりはタオルがいいな。古くてもね。

 友人は私と同じことを言ってました。「もうとにかく処分することにした。多く持っていたって、ここから先何があるかわからない。他人に処分されるなどということがないように、自分が処分しておかねば」私も常々ぶんちゃんに言っています。「鞄一つでどこにでもすぐ飛び出していけるくらい、身軽でいなさい。必要になったときに買えばいいんだから」

 動物に関わるようになってから、物は本当に多く処分しました。今から考えると、使わないものをずっと抱え込んでいたのですね。カラーボックスなどいくつ空っぽにしたでしょうか。いつか使うかもしれない貰い物(結婚式の引き出物が多い)も、ばんばんバザー用品として出しました。家の中にスペースを多く作っておくように。それでもまだまだ多いですね。

 そして、一番困っているのが服です。私は服には趣味がありません。何でもいいんです。特に動物と関わっていたら、よい服など着ても無駄ですね。お洗濯のしやすい服が一番。おばさんと呼ばれてもかまいません。しかし、ですね。たんすの中にはまだまだ服がいっぱい。着たことない服もあります。服が好きでもなんでもないのに、です。子供が二人いますから、何かのときにこれがあればいいだろう、という服、があるんですね。フォーマルまではいかないけれども、という服です。一回も着ていない服というのはそういう服です。

 母が私があまり服に興味がないので、買ってくれた服もあります。「バーゲンがあるから行こう」と誘ってくれて。私、主婦です。OLでもないし、パートに出てもいないし。飲み会など縁がありません。スーツを持っていたって仕方ないんですわ。ところが、こういう服は捨てられないですね。着ていないし、高い服ですから。そして、売りにいけば何百円の世界。

 話はもどって、被災地に送る服。まさかスーツは送りませんよね。捨てようかなと思っていた服ですよ。自分が普段着で着ていた服です。しみもあります。虫食いはないだろうけど。

 自分が汚して、外には着ていけないなあと思うような服を、他人が喜んで着るとでも思っているのですかね。逆に言いますと、今の日本は被災したとしても、何でもいいから着るものが必要だ、というくらい貧しい社会ではないんですよ。他人の作ったしみがついた服を着ないといけないくらい、困っていないんですよ。

 去年、美容形成外科医の娘さんが誘拐された事件がありましたけど、母一人子一人でセレブですよ。私が驚いたのは、クローゼットの中を見せて、空っぽ。どうしてかというと、季節ごとに全部処分する。季節ごとに新しい服を買う。誘拐されたことはお気の毒な事件でした。しかし、こういう生活をしている人間がいるって、何か間違ってますよね。お金の使い方も物の使い方も知らないんだなと思いました。

 渋谷で起こったばらばら殺人事件が二つもありましたが、テレビでコメンテーターの方が、「お金はあったのだろうけれども、心は満たされていなかった」と言われていました。人間、物で心は満たされません。もし満たされている人がいるとしたら、人として心のあり方がおかしい。

 私はおそらく人生の半分を終わっていることは間違いないと思います。思うことは、もっと身軽になって、私が天に帰ったときに「あ~あ、おかあさん、こんな物まで持ってるの。どうやって処分したらいいのよ」などとは言われたくないということです。土地やお金を子供に残そうとする親はいるかもしれないけれども、あまり物を残そうとする親はいないでしょう。

 でも残すのなら、生きる姿勢を子供には残したいですね。
「おかあさん、なんか、あがいてたな。無力だとわかっていながら、頑張ってたな」
 それでいいなと思います。りっぱな親ではなかったけれども、天に帰るときはきっぱりと身一つで帰ることのできる、そんな身軽な人間になりたいですね。物には執着することなく。

 そういうわけで、服はもっと減らしていきますぜ。「何、着るの?」「着ることのできる服、ないっけ?」という会話が成立するくらい、すっからかんのたんすにしてみます。ちょっと時間はかかるかも。

 おっと忘れるところだった。
     弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで

2007.01.16(Tue)21:27 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 今日はダイナ君の学校は、入学試験があったため休日となり、一緒に医大の小児科を受診しました。年末に入院して薬をいろいろいじってみたのですが、ここにきて、検査値を見て「これ、大丈夫かなあ」と私が思ったので、ご相談と点滴を兼ねていってまいりました。

 ダイナ君が点滴しつつ寝ている間、私はそこに勤めている友人に会いにきました。
「うちに仔猫が来たんだけど、誰か貰い手いないかなあ」
「猫は迷惑してるのよ」
「どうしたの?」
「うちの近所の家は皆犬を飼っているし、うちは昼間誰も家にいないものだから、庭を荒しに来るの」
「荒しにって?」
「庭のいろんなところで排泄してくれるし、プランターの植物を根っこからひっくり返してくれるの。植物についてはね、土の上に木を渡してみたらいいとか言われたので、やってみたけど、駄目」
「何回も?」
「何回も。うちの家は古いので一階と二階の間に、外から入れる隙間があるんだけど、そこから入ってどたばたやってくれるし。屋根で遊んでくれて、瓦がずれて困っているのよ」
「それ、野良猫?」
「だと思うわ」
「それは困るねえ」
「センサーがついてて、猫が通ったら電波が何かを出す機械も買ったのよ。一週間くらいだったわ、きいていたのは。今はもう全くきいてない。いろいろやったけど、だめだった」

 どなたか、猫がお庭にやってこないような方法をご存知ないでしょうか? 薬も散布したけど、だめだった。ペットボトルにお水を入れておいておくのもだめだった。何をしても効果がない、ということです。

 しかし、友人の苦情はこれだけではありません。
「近所は大きな犬を飼っている家が多いんだけど、うちの玄関の前に排泄させてそのままの人がいるのよ。近所ではなくて、少し離れた家の人だと思うんだけど」
「え? そのまま?」
「うん。だいたい、散歩させてる人の手に何か持っていたら、自分で後始末してくれてるなとわかるんだけど、たまに何も持っていない若い人を見かける」
「それはひどいねえ」
「裏の庭では猫のトイレ始末、表の玄関で犬のトイレ始末。いいかげんにしてほしいのよ」

 そりゃそうだわなあ。これって、何かできることがあるのでしょうか?
cats-066.jpg
 今日の弥七ちゃんです。町子は弥七の相手をしてくれますが、年子と助三郎は相手にしてくれません。こうしてみると、年子は大きいですね。
cats-077.jpg
「年子ねえちゃん、何してるの?」「助ちゃん、お箸がいっぱい。何か食べ物のにおいがするのよ」「何も出てこないよ」
cats-078.jpg
 二人がテーブルの上で何かしているうちに、町子と弥七ちゃんはタワーで遊んでおります。「弥七ちゃんはどこかな?」「ここですよ」
弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.15(Mon)20:32 |  日記  | コメント : 10 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 今日はダイナ君を学校にお迎えに行きまして、病院に連れていくのですが、その前に、二人でおうどん屋さんへよりました。十二時過ぎてましたね。

 うちの近くはオフィス街とて、土日になると、途端に人通りが少なくなります。車通りもですが。で、おうどん屋さんに入りますと、人がいなくて、注文していると、女性二人と男性一人が入ってきました。ご夫婦とそのお友達の女性でしょうか。ダイナ君はざるうどんの中(二玉ですね)、お狂は冷たいぶっかけ中(もちろん二玉です)。ダイナ君はおでんのおてんぷらをとって、私はかきあげをおうどんに乗せました。

 で、食べ始めると、後からきたご主人の男性が「いや~、○○さん、この間新聞で川柳、特選だったですねえ」「まあ、お恥ずかしい」「お上手になられて。すごいですよね。何ていう句だったけ」(忘れるなよ)「たいしたことないんです」(特選で謙遜するかよ)などと、後ろで黙って聞いていたのです。ダイナ君が小声で、「川柳ってどんなんだったっけ?」「あの、ほら『お~い、お茶』のボトルとか缶に書いてるやつ。季語がなくて、滑稽な五七五だよ」「ああ、あれか」

 後ろの三人のお話は続きます。「パソコンをやられるのだったらね、見てくださいよ。○○新聞の全国版のページに載ってるんですけどね。いろいろすごい作品が載ってますよ。僕が覚えてるのでね」

 まさかここで川柳を延々と聞かされるとは。「マイウェイ歌うあなたがマイウェイ」違ってたらすみません。確認してませんが。何新聞だったかも忘れたし。さらに、注釈がつくわけですよ。

 「だいたいね、『マイウェイ』と『昴』をカラオケで歌う人っていうのはね、下手なんですよね。本人は上手だと思って歌ってるわけですけどね。いつだったかなあ、花見に行って、こっちの方でカラオケで『マイウェイ』を歌っている人がいて、あっちの方で『昴』歌ってる人がいて、多重放送みたいになってるの。まあ、どっちもひどかった。桜が散ってしまいそうでしたよ」

 このおじさん、おもしろいな。カラオケなど行く暇はないけど、もし行くようなことがあったら、この二曲は歌えないね、こりゃ。私、結婚式で『マイウェイ』歌ったことがありますよ。歌詞はね、自分で訳しましたね。私はね、この曲のもとの歌が好きなんですよ。ご存知ですかな? フランス語の歌なんですよ。原題はね、「いつものように」というのです。全然英語の歌詞と内容が違います。

 朝起きたら、いつものように君がとなりに寝ている。という出だしだったような。実は全部知らないのですよ。調べてみようと思いつつ、そのまま。シャンソンはいいですよ。歌詞ができて、それから曲をつけるので、歌詞がそのまま詩になってしまいます(大抵、反対の手順を踏むのですよ)。つまり、言いたいことが先にきちんとあるんですね。フランス語は音自体がご存知のように鼻濁音があったりするので、朗々と歌いあげるにはいまいちみたいですが、しかし、話しているように、歌える。これがいいんですね。

 話がそれましたね。さて、今日、昼間に猫さんたちをケージから出しました。
cats-057.jpg
 弥七ちゃんは夕方、動物病院に行って、寄生虫の検査をするので、一緒に出しても、先住猫三匹がお尻をなめたりしないように、見張っておかねばなりません。なぜか町子が弥七ちゃんの面倒をみてくれてます。弥七ちゃん、町子ねえちゃんをなめています。それで町子も弥七をなめてあげました。今まで年子や助三郎を一生懸命なめてあげた町子だけど、いまいち報われなかったので、ちょっと心地よさそう。
cats-060.jpg
 お外はよいお天気です。おうちの中だと日向ぼっこしているみたいです。年子と助三郎は何をしているのか、二階でどったんばったんと音が聞こえてきます。
cats-062.jpg
 あまりおもしろくないけど、ボール遊びに少しだけつきあってあげるわ、と町子。結構よいおねえさんをしています。

 夕方、ダイナ君と一緒に病院へ。弥七ちゃん、駆虫できていました。これで大手をふって一緒に遊べます。でも、膀胱炎の検査はまだ一週間先となります。目も少しだけしばしばしているから、続けて目薬を入れて。

 里親さんを待っています。
     弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
         okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.13(Sat)21:14 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 突然ですが、私は子供が嫌いです。うるさいから。静かにしてないし、暴れるし。一緒にいて、腹立つし。言うことが偉そうなわりに、すぐ泣くし。最後には親に助けを求めるし。

 私は時々、良いおかあさんだと誤解されることがありますが、主婦としてはもちろん、親としても手抜きです。子供が好きじゃないから、子供と一緒に何かやるのが嫌いなのです。

 親としては、そうですね。ぶんちゃんが中学一年のときです。ぶんちゃんにカンニング疑惑が持ち上がりました。誰かが担任の先生に言いにいき、ぶんちゃんは呼び出されました。
「何で呼び出されたか、わかってるか?」「わかりません」
「○○がぶんがカンニングしたと言ってるんだが。おかあさんには黙っていてやるから、正直に言いなさい。ぶんのおかあさんは、こわいからな」「カンニングはしてません。それに母親には何でも話してます」「え?」

 最後の「え?」は「親には何でも話してます」に対してではなく、「カンニングをしていない」ということに対しての「え?」ですからね。それで、先生はぶんちゃんがカンニングしたと言ってきた生徒とぶんちゃんを放課後に呼んで、話を聞くということになったのですが、結局、ぶんちゃんは放課後に呼び出されなかったそうです。

 それを聞いて私は、ぶんちゃんにカンニングの疑惑がかかったことより、「母親には黙っておいてやるから。お狂はこわいし」と言われたことについて、笑ってしまったのでした。まあ、ちょっと笑いましたね。

 ダイナ君とぶんちゃんは中学のとき、同じ塾でした。高校受験のぶんちゃん、志望校を落とさないと言い張ります。「これでは無理だ」というので、ぶんちゃんと先生とお狂で話し合いをしました。それから時が過ぎていく。

 つい最近、ダイナ君が言っていました。「塾の先生がダイナのおかあさんはこわいからなあ。あ、これ、黙っておいてね、と言っていましたぜ」ダイナ君もしゃべっちゃって、ここでも何か笑ってしまいましたね。

 って、一体、お狂は何だっていうんんだよ!!言いたいことを言っただけじゃん。「計画たてられない人間には、緻密さが足りない」とか、「一生懸命やらない人間が偉そうに言うんじゃない」とか言っただけじゃん。まあ、確かに先生の前で、子供を罵倒したかもしれんが。

 話は完璧それました。そういうわけで、私は子供が嫌いで、良い母親ではありませんが、しかしです。私は、子供が嫌いだから、子供が虐待されていい、とは思っていません。ついでに言うと、高齢者も苦手です。気が短いので、ゆっくり話されると、いらいらしてしまうのです。高齢者が嫌い、とは格別思いませんが、だからといって、高齢者の方々が介護施設で適当に扱われていいとは思っていません。

 というわけで、私が日頃感じているのは、動物愛護運動が発展していくためには、動物が嫌いと思っている方が、「嫌いだけれども、むやみに虐待されていいとは思わない」「嫌いだけれども、殺されていいとは思わない」と思っていただけるようにならなければ、運動として進展していかないだろうなということですね。

 犬が好き、猫が好きという方々の中には、近頃の「子供の母親」みたいな方を時々お見受けすることがあります。自分の都合で、動物と接する。注意すると、「こわいおばちゃんが言うからやめてね」と子供に言うみたいに、悪いと思わずに開きなおる。

 子育てもそうかもしれませんが、受け入れてもらおうとすると、マナーを弁えなければならない。横柄な母親に育てられた子が、謙虚になるわけないですが、横柄な飼い主がいると、動物に対するイメージそのものが悪くなってしまう。義務と権利といいますが、権利を主張するには、義務を遂行せねば説得力がないですよね。

 私は子供は嫌いです。が、自分の子供に対しては話は聞きます。また、他人の子供が危ないことをしていたら、一言、声をかけます。それは、あくまで、子供の命を守るため、ですし、話を聞くのは、心が病まないためです。極端な言い方になりますが、相手ではなく、自分のためですね。そうしない自分がそこにいるなら、自分は人間として人間らしさを持っていないような気持ちになるからです。

 好きや嫌いだけで、世の中が動いているわけがありません。感情ではない、ある意味、理屈といえば、血がかよってないみたいに聞こえるかもしれませんが、理性というのでしょうか、「好きだから守る」のではないと思います。「そういう状態におかれておくことが、忍びない」という思い。それを正していかねばならないという、社会の意識の変革を促していこうとする運動。

 動物が嫌いな人が聞いて、「わかりますよ。そうですよね。そうでない社会は間違ってますよね」と言ってもらえる運動にしていかないことには、動物愛護運動の進展はないでしょう。

 などと考えているお狂でした。

 しかし、いつものように、それではどうやればいいのかという具体案になると、何も言えない情けないお狂なのでした。

 
2007.01.12(Fri)01:20 |  日記  | コメント : 0 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 実は先日、弥七ちゃん、お見合いしたのですが、ご家族の中で黒猫がどうもという方がいらっしゃって、結局だめになりました。こういう好みというのはいかんともしがたいですね。ご縁がなかったということは、弥七ちゃんの家族は別に用意されているということですね。

 私の犬の好み、ご存知だと思いますが(なんで知ってるんだよ!!)、パグ、フレブル、ブルドッグ。人生の悲哀を一身に背負っているあの顔。このところ、やたらと好みの犬さんにお会いしてしまいます。

 先日、ダイナ君と一緒にスーパーに行きました。入り口のところにつながれているのは、フレブル!!フレブル好きのダイナ君と一緒にかけよりました。ダイナ君は臆病な子なので、私が近寄って何もされないことを確認して近寄ります。

 フレブルと思っていましたが、どうも足が長い。ボックス・テリアか? 犬も猫も興味がなかったので、種類を特定するだけの知識がありません。足が長いのですよ。人なつこい子で、飛び掛ってきました。撫でてあげていると、クリーニング屋さんの中の店員さんと目があってしまい、笑いあってしまいました。

 しかし、お鼻の低い犬さんは、どうしてこう鼻水を出しているんでしょうか。またかかってしまったじゃないか。いいけどね。

 ところで、スーパーにつないでいる犬さん、どう思われますか? なんか私、あれ見ると、すごくかわいそうでねえ。一人待たされている。自分は中に入れない。といって、食品のお店に動物を入れるわけにはいかないですよね。こういうのって、どういう形が理想なんでしょうか?

 いつぞや、犬の事件か何かで、「犬の権利というけれども、そういう飼い主はまず意識の改革をしてくださいよ。私は散歩させるときは、必ず、自分が道路側を歩きますよ。家族というなら、家族をスーパーの入り口にくくっておいておきますか? 家族なら手をつないではなさないでしょう」とコメンテーターの方が言われていました。でも、スーパーの中に動物は連れて入れないじゃん。そう思ったのでした。

 飼い主として、どういう態度をとるのが一番良いのでしょうか? 買い物には犬を同伴しないのが良い飼い主なんでしょうか? お散歩がてら、犬さんとスーパーに来たという方々が多いのでしょうが。
cats-051.jpg
 ところで、今日の弥七ちゃん、町子と取っ組みあいをしておりました。町子は最初、キャットタワーの上から、下にいる弥七ちゃんの頭をてんてんと叩いていました。さすがに自分より小さいという理解があるのか、叩き方が助ちゃんや年ちゃんに対するより、やさしい。町子も大人になったじゃないかと思っていたら、「ちょっと、あんた、新入りのくせになまいきよ!」というかみ合いになってきました。

 助ちゃんは、二人を見て、「近くにいくとひどい目に合う」とばかりに、よっていきません。年子は「せっかくケージから出ているんだから、好きなことさせてもらうわ」と二人には関わりません。
cats-056.jpg
 ところが、カーテンに隠れて遊ぶ弥七を見た町子と助三郎、これに参加してしまいました。隠れているのは助ちゃん。町子が「だまされちゃだめよ、弥七」「わかったよ、町子ねえちゃん」

 今日も猫たちは猫でないとできない遊びをやっておりました。また明日。
 
    弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
      okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.11(Thu)00:11 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 昨日の和風モンブラン。おわかりいただけなかったようで、なんか画像が悪いことは置いておきますが、私、このように、自分がわかっていることは人もわかっているとすぐ勘違いする奴です。それで、今日は前もって言っておきます。迎春チョコデザートです。
cats-042.jpg
 いかがでしょうか、いのししさんに見えますかな? 昨日、和風モンブランと一緒に買ってまいりました。二つづつね。私はチョコレートが嫌いなので食べませんが、チョコの好きな世帯主とぶんちゃん、ぶんちゃんは既にプリンを食べておりましたので、パス。世帯主は私と同じように、デジカメで写真を撮っていたらしいです(ダイナ君談)。

 ご存知かどうか知りませんが、私は人を笑わせるものが意外と好きなのです。純粋に笑わせるものですよ。バラエティー番組みたいに、人を陥れて陰で皆で笑うなどというそういう趣向ではないですよ。

 それはいいとして、今日は昼に三匹と一緒に弥七ちゃんを茶の間に出しましたが。
cats-033.jpg
 以前より弥七ちゃん一人で出ていると、皆のいるケージのそばに行って、何やら興味のある様子はありました。夜も三匹が出ていて、自分のケージの近くに近寄ってくると、腕を伸ばしていました。先住猫たちはどの子も威嚇することなく、弥七ちゃんに目を向けていましたが、助三郎にいちゃんが階段にいると、一緒に登ってみました。
cats-046.jpg
 助ちゃんもこのくらい小さいとすっと受け入れた様子です。
弥七ちゃん、ケージの中でも一人で暴れていることがあります。随分元気になりましたねえ。やっぱり来たときは、調子が悪かったんですね。ボールでも遊べるようになりました。遊び方を見ていると、うちに来た子の中では一番活発ですね。


 弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
      okyodesu@hotmail.co.jp  まで
2007.01.10(Wed)00:15 |  日記  | コメント : 12 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。

 今日はぶんちゃんの受験料を支払いに行ってまいりました。なんか気が遠くなってまいりましたね。ぶんちゃんの学校では、私立も公立も多く受験することを勧めます。なぜかというとですね、一つでも有名私立の合格人数が増えると学校のランクが上がるからですね。既に推薦で決まった学生さんさえ、まだセンターを受験するらしいです。合格しても行かないのにです。

 そんなに体ないよ。合格する大学が一つあれば十分じゃん。私なんか、本命一つと滑り止め一つでしたよ。それで十分じゃん。そう言い切れないのはぶんちゃんの成績ですよね。A判定をばんばん出していれば、そう言ってますよ。「体一つなのに、どうすんだよ」とか言ってますよね。全く、高望みばかりするから。

 でも言ってあるんですよ。偏差値の低い大学に行く理由は何かあるのか。勉強が嫌いなら大学など行かなくていい。最低一千万の投資を親はしないといけないのだから、四年間遊んでくれるのなら、行ってくれなくていいんだ。もちろん偏差値が高ければいいという問題ではない。高かったとしても、四年間のほほん、ぺららんと過ごして一千万使ってくれるなら、行ってくれなくてもよい。有名一流大学を出たら、将来が保障された時代は終わった。皆が行くから行くだけの余裕はうちにはないよ。
kannmi-029.jpg
 といいつつ、ぶんちゃんの受験料を払い込みに行き、ついでに甘いものを買ってきてしまうお狂であった。受験料もコンビニで払い込める時代ですよ。飛行機のチケットもコンビニから払い込んだんです。時代は本当に便利さを追求しています(お狂のおなかも)。

 Time is money.とはよく言ったものですが、なんかゆったりさがないのも困ります。便利さを追求するということはどういうことなんでしょうか。まず風情はなくなりますね。

 私が高校の頃、ジャンプ傘を使う人たちと使わない人たち、半々くらいでしたね。友人がどなたかに言われたと。「どうぞ」と人にさしかけるときに、バチンと傘を開くと風情がないでしょうと。これは私の心に残っています。風情がない。日本人から風情をとってしまったら、せこせこ、ちまちまになってしまうかもしれませんね。

 私は大切な方には手紙を書くことにしております。文房具屋さんに行って、便箋や封筒を選ぶのは楽しいですね。しかし、メールがお手軽な時代。手紙を書こうと思うような相手はなかなかいません。手間暇かけて、思いを告げようと思う相手がそうそういるわけないですね。ぶんちゃんと放れてしまえば、親として書き伝えることが多くなるかもしれませんね。
cats-030.jpg
 しかし、この子のかわいさはお手紙より写真の方がよくおわかりいただけるでしょう。目やにも随分よくなりました。今日、お天気がよかったので、茶の間に出そうとしたら、先住猫三匹を先に出したものだから、日が入ってこなくなったのです。それで、二階に連れていきました。お部屋を片付けている間に、見えなくなったので、探すと押入れの中にじっとしていました。どの猫もやわらかいものの上が好きなようです。

   弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
      okyodesu@hotmail.co.jp  まで
 

2007.01.09(Tue)22:50 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0
 今日も今日とて、お狂です。
 昨日は体調が悪かったため、ブログはお休みとなりました。お休みとなったのはブログだけでなく、実は新年最初の礼拝もお休みしてしまいました。その前、昨年最後の礼拝も体調が悪いためお休みしてしまい、なんかちょっと情けないお狂でした。

 ちなみに、日本の教会では元旦礼拝というのがあります。初詣みたいなものでしょうか。神道の信者さんでない方々が、神社の鳥居をくぐり、お賽銭を入れ、お願い事をするのをおかしく思いますが、「よいことがありますように」という思いの表れでしょうね。が、うちは世帯主がクリスチャンではないので、元旦礼拝には出席せずに、世帯主実家に毎年行くことになっております。

 この一年よいことがたくさんあればいいですが、昨年よいことがたくさんあったのであれば、皆神社に行かないですよね。おそらくあまりよいことがなかったから行くのではないでしょうか。

 うちのぶんちゃん、今年は大学受験です。って、センターまで二週間きってるよ。だいたい、一ヵ月後は受験の真っ最中ですって。ぶんちゃんの学校では、すでに推薦で入学のきまった人たちがいっぱいいます。ぶんちゃんの友人の男の子で、自分は決まったけれども、まだ決まっていない友人のために、天満宮に行ってお守り札を貰ってきてやろうと。それぞれの受験校を聞いて回っているような、世話好きな子がいます。

 当然、ぶんちゃんがクリスチャンだということは、皆知っています。「おまえ、いるか?」「いらないよ」というわけで、ぶんちゃんはお気持ちだけ頂戴した模様。私も高校受験のときですかね、クリスチャンにはなってなかったのですが、教会に行っていたもので、国鉄の学駅の入場券を五枚買ってきて、渡してくれた男の子がいましたよ。ご存知ですかな?学という駅の入場券を五枚もっていれば、「ご入学」になるというので、まあお守り札ですね。私は「いらない」と。かわいげないよね。「おまえにも合格してほしいと思って買ってきたんだ」「ごめん、いらないよ」「そうか」彼も私も貰った友人たちも、皆同じ高校に入学しましたけどね。

 考えてみたら、信仰を持っている人間特有の傲慢さがありましたね。今なら違ったアプローチをしたでしょう。ごめんね。

 ただねえ、「日本人特に田舎の人間はよく何でもくれるけど、必要のないもの貰っても困るのよ」と言っていた東京のバイト先のママさんがいましたけど、私、このタイプです。好き嫌いが激しいので、物もらって嬉しいなあと思ったことはあまりないですね。食べ物はいいですよ。食べたら終わりですからね。物はねえ、よそ様にあげるわけにもいかずにねえ。ですから、私は送る品物はお花か絶対においしい食べ物と決めてます。

 話はもどりますが、昨日礼拝に出られなかったお狂ですが、先週も礼拝に出ていないので、東京のいつもお世話になっている牧師先生の教会の礼拝テープ。まだ見ていないのを見ました。

 お話の中で、イギリスがジャマイカを植民地化していた頃。知りませんでした、ジャマイカの方々は奴隷として働かせられていたのですね。西アフリカから新たに奴隷をつれてこないといけないほど苛酷な、人がばたばたと死んでいくような労働をさせられていたのです。その奴隷解放時のお話があったのですが。

 何年も、何年も、何年も、奴隷解放を訴え続けてきて、ようやく奴隷が解放された、その解放運動の中心になった方(すみません、名前が聞き取れなくて、調べてみたのですが、三人いて、どの方がわからなかった。ご存知の方、お教えください)は晩年亡くなるときにこう言ってなくなったそうです。

     All is well.

 私が何を考えたか、おそらくここにお越しの方はおわかりになるでしょう。奴隷が人としての権利を獲得する手順も、動物が幸せになる手順もかわりません。志のある人が、あきらめずに何年も、訴え続けること。これしかないのです。

 それとですね、私はクリスチャンなので、創世記の一番最初を思い出したのですね。ご存知でしょうか? 天地創造です。

 神様は第一日めに光を創られる。これで昼と夜ができるわけですね。第二日目に水を創られる。海と地上が分けられるわけです。第三日目に、木を含む植物を創られるわけです。第四日目に、太陽と月星を創られる。第五日目には動物が創られるのです。水の中にも地上にもです。そして第六日目に人間が創られるのですね。動植物を支配するため、と書かれてあります。

 そして神様は思われるのです。

  It was very good.

 一昨日、ちょっとおそろしい記事を読みました。キリスト教原理主義がはびこっているアメリカです。彼らは地球にある動植物、つまり自然も人間が支配することを許されていると考えている。

 前にも書きました。聖書はどうとも読めるように書いてあります。悪意を持って読めば、人を殺してもよいように読めると思います。よく言われます天動説、地動説などもそうですし、進化論がまかり通っているのは日本だけと言われていますが、進化論の是非もいろいろと取りざたされました。

 しかし、神様がgoodと言われたのは、お創りになったその直後であったのです。誰がどう見たって、今の世の中、goodだなんて思えない。温暖化の影響を見て、goodだと思い、人間は人間の幸福追求を第一次に考えてよいなどと思えるのでしょうか。

 私はクリスチャンですから、原理主義の方々には徹底的に反対します。聖書が誤って理解されることには我慢ができません。教父と言われた聖人とされた神学者によって、聖書が理解されて動物がひどいめに合わされてきた過去を、私は同じクリスチャンとしては容認できません。

 前にも書きました。神様がその創造の技を見られて、「それは非常によかった」と思われた、そんな時の地球とは今は全く違っています。そこまでもどることは無理です。不可能です。しかし、できるなら、なるべく少しでもあの時期に近づけたい。神様がよしとされた、地球です。

 支配ではなく、管理をまかされたのに、きちんと管理することができなかった。動物も植物も人間によって、ひどいめにあわせれてきた。同じ人間をひどいめにあわせてきたのですから、人間にとってみれば、当然のことだったのでしょう。

 神様はノアに言われました。

 わたしはこれらをあなたがたにゆだねている。

ゆだねられていて、一体人間は何をしてきたのか。年頭にあたって、もう一度、私は神様から言われた気持ちがしました。

 何年も、何年も、何年も、あきらめずに、訴え続けていきなさい。

 何をどうやっていいのかわかりません。しかしながら、ここを覗いてくださる皆様、お力をお貸しください。時間がかかっても、あきらめずに共に考えてください。どうすれば、すべての命の上に平安が与えられるのか。

 私もまた天に帰るときに、言いたいのです。

  All is well.


2007.01.08(Mon)22:04 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 皆様、新しい年が始まりましたが、お風邪などをお召しになっていらっしゃいませんか? 弥七です。はじめまして。
yashiti3.jpg
 僕はご存知のように年末にぶんちゃん宅にやってきた生後二ヶ月の仔猫です。牡の黒猫ですよ。来た当初はもうご存知でしょうか、風邪ひきで目やにと鼻がひどい汚い猫でした。二日めには発熱していましたね。ぶんちゃんに抱かれて、おとなしくしていました。今では抱かれると、おとなしくしているときもありますが、這い登ってしまうことの方が多いですね。助三郎にいちゃんが同じようだったらしいです。

 年子ねえちゃんがそうだったように、黒いと非常に写真映りが悪いのです。年子ねえちゃんは、家で一番の美人さんですが、それを認めてくださる方は、このブログでご覧になっただけの方ではいないでしょう。年子ねえちゃんは来たときは、僕より汚かったらしく、蚤はいっぱいいるし、目やには僕よりひどくて目が開かないくらい。耳ダニもいれば、寄生虫も二種類。二、三日はおかあさんがブラッシングするたびに、ブラシについてくる蚤の死骸や排泄物を気味悪そうに見ていた、というくらいですから、もうそれこそ見るも無残な猫さんだったのでしょう。今ではそんな面影すら残さない、品のあるおっとりとした黒猫婦人です。

 僕もまだ目がいまいち治りきっていないのですが、鼻は治って、熱も下がりました。腕の腫れもほぼおさまりました。後は、目と膀胱炎の治療。寄生虫の方は駆除できたかどうか、これから検査となります。

 顔は年子ねえちゃんほど美人にはならないかもしれません。うちに前にいたボルシチ君ことぷう君に似ているようです。が、僕がこの家に来た猫さん、誰にも負けないものがあります。それは毛並みです。年子ねえちゃんよりふさふさと、おかあさん曰く、「漆黒」の黒です。
yashiti.jpg
 ぶんちゃんに抱かれたときは、首にまとわりつきます。そしたら、毛皮のマフラーみたいに見えるんですよ。しかも高級品のだそうです。ダイナ君に抱かれたときは、肩に乗るのが好きです。いつもダイナ君は僕を肩に乗せて、歩いてくれます。鏡の前に連れていってくれたこともありますよ。

 ところで、毛皮というと、皆さん、あれは動物虐待の最たるものです。毛皮不買運動にご協力くださいね。人間の皆さんは毛を体にまとっていないからほしがるのかもしれませんが、毛皮のためにどのくらい多くの動物が苦しい死に方をしていったでしょうか。忘れないでください。人間の欲望のために僕たちは生まれてきたのではありませんからね。忘れないでくださいよ。

 話はもどって、このうちに来て二日間は体調が悪かったこともあって、僕は鳴くことができませんでしたけど、最近では鳴くんですよ。「寂しいよ」とか「おなかすいたよ」とか言います。だいたい、僕が鳴くと、猫好きのぶんちゃんが僕をケージから出してくれて、抱いてくれます。ぶんちゃんは僕に鼻つんしてくれたりしますが、本当はやっぱり他の猫さんたちと同じようにどったんばったんしたいです。おかあさんは結構慎重な人なので、膀胱炎と寄生虫駆除の結果が出るまでは、おとなしくさせておくようにと言っています。

 そうそう、おかあさんといえば、今日は頭が痛いと言っていました。風邪もよくならないし、ちょっとかわいそうですね。お湯に触れる機会が断然多くなったせいで、手あれもしているそうです。 
yashiti21.jpg
 おかあさんは毎日、動物のことで頭を悩ましていますが、悩んだところでどうなるわけでもなし、効果的に結果の出る活動というのはないものかねとつぶやいています。命に関わることなので、なるべく早く改善できるようなこと。昨日のヒロさんのコメントにもあったように、やはり法律かなと言っています。どこに言っていくのが一番早いのでしょうか。どうすればいろんな法律が改正できるのでしょうか。

 僕のような仔猫が生まれたときから死ぬときまでを、「幸せだった」と思って暮らせる社会がいつになったらくるのでしょうねえ。運のいい子は保護して里親を世話してくれる人に拾われて、運の悪い子は道端で死んでいく。そんなことがあるのはどうしてなんでしょうねえ。

 おかあさんはいつも、「元気な子はうちではない家庭で幸せになってもらえばいい。元気でない子をうちで世話したらいい。でも、元気でない子もうち以外で幸せになるのならなってもらいたい。元気であるとか、障害があるとか、そういう区別ではなく、すべての命が幸せに暮らしていければいいんだけどね」

 おかあさんのつぶやきは、先天性代謝異常という病気を持つダイナ君とともに歩んできたからこそのつぶやきです。人間も動物も植物もつまりは自然も、命のあるものすべてが生きていることを心底喜べるようになるには、まだまだ時間がかかるようです。

 あ、でも、僕の里親さんが見つかるのには、時間がかかっては駄目ですよ。

2007.01.06(Sat)23:02 |  日記  | コメント : 14 | トラックバック : 0
 皆様、新しい年の浮かれた空気も少し落ち着いてきた五日目ですが、お元気ですか? ワット君です。僕だけどうして「君」がついているかというと、僕はぶんちゃんちの子供ではないからだよ。
cars-017.jpg
 僕は数年前からこの辺りをうろうろしています。いろいろと餌場はありますが、昨年夏からここに来るようになって、それなりに良い思いをしています。そうだな、この辺りは随分野良猫が少なくなってきた。この家に来ると、必ず三匹の猫がいるよ。同じ種族がいないと寂しいからね。

 それとね、犬の格之進君が馬さんを食べているらしいのだけれど、送料無料にするとすごくたくさん買わないといけないらしい。それで、冷凍庫に入らないということで、僕にも馬さんが回ってきたことがある。でも、僕、あまり馬さん、好きじゃないな。そういえば、捕まえられて、病院に連れていかれたこともあったな。そうそう、なんか月に一回、ここでご飯を食べていると、首につめたいものをつけられることもあります。そうだ! そのうえ、昨日は「ドライシャンプー、つけてあげるね」とか言われて、粉まみれにされました。まあ、それでもここが気にいっているんだけどね。

 だいたい、僕は朝になると、玄関の前で「餌、ください」と鳴くことにしています。玄関の中では、ケージの中で飛んだりはねたりと、町子ちゃんや助三郎君がやっているようだけど、僕は外の猫さんですから、慎ましやかに「お願いしますよ」ときちんと座って鳴いています。
 
 夕方になると、辺りを見回しながら玄関の前のダンボール箱の中に入って、晩御飯を待ちます。
cars-019.jpg
 車がないと、餌がもらえないということも、僕にはわかっているので、朝のように「餌ください」と無駄に鳴くことはしません。黙って、ダンボールの箱の中で待っているよ。箱の中にはホットカーペットの上敷きを切った敷物を入れてくれているからね。
flower-039.jpg
 朝一番、餌を貰ったら、とりあえず、湯たんぽのお湯を暖かいのに代えてもらいます。でも僕は昼間はここにはいないのですよ。どこに行くかって? 内緒だよ。夜のご飯を貰うと、やっぱり湯たんぽのお湯を代えてもらうんです。だから、夜中まではここにいて、湯たんぽの上に座っているんだよ。玄関の電気が消えたら、おかあさんもぶんちゃんも寝てしまうので、朝まで出てきてくれないって知っています。ここの家族は夜が遅いんだよね。夜に車で出入りすることが数回あるわけ。その時に、うまくいけば煮干をもらえるんだ。それで、湯たんぽに当たりながら、いるんだけどね。

 ところで、今朝、なんかおかあさんがあたふたしていた。話を聞いてみると、ケージの中にいる年子ちゃん、町子ちゃん、助三郎君のうちの二匹がおなかをこわしているらしい。昨日までは一匹だったらしいのだけれど、今日になると二匹になっていたので、これはもう動物病院に連れて行かねばとぶんちゃんを大声でおこしていました。

 ダイナ君は今朝から学校。ぶんちゃんは午後から講習が始まるので、やっぱり学校に行くらしい。新入りの弥七ちゃんの治療に忙しくて、おかあさんはおなかをこわしている子がいることはわかっていたらしんだけど、治ってくれることをひそかに期待していたみたいだね。

 「まさかコクシジウムが移ったのでは。でも、弥七と遭遇することはなかったけどなあ」と言っていたけど、僕が玄関にいることなどほとんど目に入ってないみたいでした。僕は朝ごはんをもらえたし、湯たんぽのお湯もかえてもらったから、まあいいんだけどね。

 それにしても、ついこの間はボルシチという同じくらいの小さな猫がいたというのに、本当に出入りの多い家だよ、ここは。今度保護した弥七ちゃんは、目やにが出ていて、風邪をひいていて、腕が噛まれて腫れていて、コクシジウムで猫回虫。そのうえ、膀胱炎。

 目やには随分おさまったらしいよ。コクシジウムも駆除の確認待ち、回虫もおかあさんが今日便を観察していたね。駆除できたらしいよ。腕も昨夜の先生の話だと、ほとんど腫れがひいたらしいよ。膀胱炎もお薬がきけばおさまるだろうね。風邪で体が弱っているんだよ。小さいから、今はいろいろな菌が攻撃しやすいんだよね。

 まあ、僕は「でか」とか「ふと」とか「ぶた」とか「おもた」とか言われているけど(関西の言い方だよ、これ皆ね)、元気いっぱいです。

 夜には必ず、ぶんちゃんとおかさんが抱いてくれて、「ワット君」と呼んでくれるんだけどね、僕は抱かれるのはあまり好きじゃないのさ。随分、抱かれるのにもなれたけどね。

 この間、近くの犬のたらちゃんみたいに、玄関から廊下まで上がってしまったんだよ。そしたら、茶の間の入り口のところに、格之進君のフードの食べ残しがあったので、僕が食べておいたよ。「こら、入ってきちゃだめ」とか言われたけどね、この間、おかあさんなんか、僕を抱いてお台所に連れていって、煮干をとっていたよ。場所の確認はできたけど、蓋は自分では開けられないなあ。時々、そういうわけで、家の中にはお邪魔してるんだけどね。

 おかあさんもぶんちゃんもダイナ君も、おとうさんもだけど、言葉は怒っているけど、顔が怒ってないからな。僕だって馬鹿じゃないよ。何年も野良猫をやってれば、近寄っていい人と悪い人くらいはわかるよ。きっと弥七ちゃんもわかったから、この家に姿を現せたのでしょう。

 さて、僕はもう夜の遊びに出てくるよ。そろそろ玄関の電気が消えるらしいから。

2007.01.05(Fri)23:36 |  日記  | コメント : 12 | トラックバック : 0
 皆様、三が日も終わり、いかがお過ごしでしょうか? お仕事が始まり、日常がもどってきた方もいらっしゃるのではないでしょうか? 格之進です。

 僕にとっては、沖縄以外の地で過ごす初めての冬となりました。cats-006.jpg
 毎晩、おかあさんのお布団で寝ているので、寒くはないですけどね。僕はおかあさんと離れることがあまりないので、それなりに安心していますが、今日も実はぶんちゃんと一緒におかあさんのお里に預けられていました。

 というのも、今日はダイナ君が医大に点滴に行く日だったのですが、猫の弥七君の調子がどうもおかしいらしいのです。暮に一度血尿が出たらしかったのですが、採尿できないし、一回きりのことだったので、まあ様子を見て病院の先生に相談しようとしたらしいです。ところが、昨日、二回続けて血尿だったらしく、おかあさんが病院にお電話していました。

 横で聞いていると、夜のご飯とともに、腕の腫れを治す抗生剤を食べさせてしまったので、これから連れてきても注射できるわけでもない。採尿が出来ないなら、明日病院でお預かりしてみる、ということでした。

 それで、朝一番にダイナ君、ぶんちゃん、弥七君、おかあさん、僕で出かけ、医大でダイナ君を降ろし、動物病院で弥七君を降ろし、途中までもどって、おかあさんの実家でぶんちゃんと僕を降ろし、おかあさんはダイナ君の病院にもどっていきました。

 ぶんちゃんは昨夜、珍しく頑張って勉強して遅くなったそうなので、半分寝ていました。それで、ぶんちゃんはおばあちゃんにお布団を敷いてもらっていましたので、僕も一緒に入って寝ました。思いの他、ダイナ君の点滴に手間取り、おかあさんが僕たちをお迎えにきたのは、昼過ぎ。おかあさんが「今からお迎えに行きますよ」というお電話をくれたことは、僕にはわかっていましたがので、裏の入り口に座って、今か今かと待っていました。

 見かねたおばあちゃんが、窓のところに椅子を持ってきてくれて、僕がお外を見られるようにしてくれたので、僕は椅子に座って、裏の入り口のすぐ横にある窓から待っていました。おかあさんが車を止めたときには、僕は窓から乗り出して、「早く、早く」と叫んでいました。

 おばあちゃんもおじいちゃんも、僕を大切にしてくれますが、僕のそばにいつもいるのはおかあさんなので、おかあさんがいないと落ち着きません。帰宅してから、おかあさんは、ぶんちゃんとダイナ君を近くの病院に連れていき、インフルエンザの注射を打ってもらっていました。僕も一緒にいきましたが、車の中でじっとしていました。

 弥七君は、採尿できたら病院からお電話がかかってくることになっていましたが、なかなかかかってきません。採れなかったときには、お泊りになると聞かされていました。が、どうも十九時くらいに、先生は針で刺して、検査したらしいです。おかあさんとぶんちゃんが本屋さんに行っていると、連絡があって、そのまま弥七君をお迎えに行きました。

 弥七君は3+の出血で、原因はまだわからないとのこと。生後二ヶ月なので、石ではないかもしれない。可能性としては膀胱炎が高いだろう、ということです。採便はできなかったらしいですが、お水の容器になんと!!回虫がいたとのこと。コクシジウムのお薬は昨日、投薬がすんでいるので、今晩回虫駆除のお薬を飲ませるそうです。

 おかあさんがしょっちゅう、おやかんにお湯を沸かして、消毒しているお話をすると、お湯でないと確かに消毒にはならないけれども、そこまで神経質にしなくてもいいかもしれません、とのこと。コクシジウムの治療はいくつもしたけれども、皆、きちんと駆除できていますからということで、おかあさんは少し安心した様子です。

 弥七君は病院の待合室でぶんちゃんに抱かれて、いつものように首に上がっていき、背中に回ろうとしたらしいです。ぶんちゃんにすっかり馴れたとのこと。ぶんちゃんは手放したくないようですが、おかあさんは早く元気になって里子に出したいと言っています。次にいつ保護猫さんが来るかもしれないからです。

 おかあさんは、町子も本当は里子に出したい。でも、ストロバイトの猫を、それも仔猫ではない猫を、貰ってくれる人はなかなかいないだろうとあきらめたのでした。新しい猫が来るたびに、ワット君に申し訳ない気持ちになると言っています。本当はワット君をきちんと飼ってあげたいらしいです。でも、ワット君は外を自由に生活しているので、室内になれるだろうか、という思いもありますし、家の中で保護しないといけない猫、里親さんを見つけてあげないといけない猫が次々とやってくるので、できないままでいます。

 猫は僕たち犬に比べると、まだ弱い立場にいるらしく、無責任に飼った人たちのつけを、責任を持って飼っている人たちが肩代わりしている。ですから、本当は一件に二匹猫がいればいいのですが、それ以上かかえこんでしまう家が多くあります。飼う人たちが、きちんと避妊去勢し、外ではなく、室内飼いすれば、保健所に連れていかれる猫たちの数は減少するはずなのに、ここ十年の間、横ばい状態だそうです。

 飼い主のモラルが向上すること。そのためにはどうせねばならないのか。なかなか今年も大変そうです。

 

2007.01.04(Thu)21:45 |  日記  | コメント : 10 | トラックバック : 0
 皆様、明日からお仕事の方も多いと思います、いかがお過ごしでしょうか? 町子です。舌、噛みそうだわ。私、猫族の中では一番若いのよ。しかも、一番後から我が家にやってきたわけだしね。

 それにしても、おかあさんは毎日、弥七の世話に大変そうね。ぶんちゃんもダイナ君も、弥七を抱いて、肉球をきれいに拭くお手伝いしてるけど、お湯でトイレ洗ったり、いちいちトイレの砂を全部かえたり、今までうちに来た子の中では一番大変なんじゃないのかしらって年子ねえちゃん、言ってた。
cats-019.jpg
 まあ、私は高みの見物なんだけどね。

 そうそう、昨日のことよ。おかあさんとぶんちゃんが、すごい喧嘩してねえ。私もびっくりしたんだけど、格之進にいさんったら、茶の間にいたんだけど、あまりのおかあさんの剣幕にこそこそと二階に上がって避難してたわね。何でも、ぶんちゃんがここに来て、志望校を変更したい、とか言い出したらしいわ。ぶんちゃんの様子がおかしいのは、おかあさんも気がついていたらしいわね。で、そのぶんちゃんの変更の動機というのを、おかあさんはさすがに女だわね、ちゃんと理由がわかっていて、いろいろとぶんちゃんをどなっていたわね。

 ぶんちゃんがどこの大学に行こうが、私なんか関係ないんだけどね。やっぱりおかあさんはぶんちゃんの将来を考えて、苦言を呈したらしいのよ。私、難しい言葉を知ってるでしょう。へへへ。ぶんちゃんはおかあさんにこてんぱんに言われて、泣いていたわね。ぶんちゃんは何でも学校で泣いたことは一度もないし、泣けば負けた気がするので、泣かないようにしているらしいのだけれどもね、そこはおかあさんは容赦ないからね。
cats-020.jpg
 何でもおかあさんも大学受験のときに、年末に志望校のランクを一つあげたらしいのよ。皆不合格になるからと止めたらしいわ。ところが、おかあさんという人は努力一筋の人で、そのうえ、言い出したらきかないらしいのよ。そして、合格したらしいのだけれどもね、おかあさんが言うには、ぶんちゃんにはそういう根性がないらしいのよ。そりゃそうよね。あれだけ寝てればね。私たちと同じくらい寝てるもの。

 だけれども、おかあさんはぶんちゃんの言い分と自分の言い分の妥協点を探ったらしいわね。でも、ぶんちゃんにはちょっと不利ね。ランクの難しい大学だったら、受験してもいいと言われてたからね。これでぶんちゃんが頑張るかどうかは知らないけど、ただでさえ家の中が大変なときに、ぶんちゃんはいつもやっかいなことを引き起こすって、おかあさん、ぼやいてたわ。

 何でも三年前、ダイナ君が入院中にぶんちゃんが高校受験だったらしいのよ。ダイナ君、大変だったらしいわ。もう病院から出られないのではというところまでいったらしいのよ。そういうときに、ぶんちゃんったら、学校さぼって図書館で勉強してて、先生に見つかったのよ。おかあさんは学校に呼び出されたらしいわね。

 だけどねえ、ぶんちゃん、二歳のときからかまってもらってないのよ。ダイナ君が生まれたら、病院通いが頻繁で、あっちに預けられ、こっちに預けられしてたらしいのよ。だからねえ、年子ねえちゃんが言うには、ぶんちゃんは言い出すタイミングというのがいつも遅いって。大変なところを見ていて、言い出しにくくて、我慢して、我慢できなくなったときっていうのが、なんか家が忙しいときらしいのよねえ。

 ぶんちゃんは幼稚園のときから、明日持っていくものを一人で準備するくらい、手のかからない子だったっていうのよ。そうは言ってもねえ、私が大人であっても、人間の手を借りないといけないのと同じように、ぶんちゃんもおかあさんの手を借りないといけないことがあるわけよね。おとうさんは、何でも好きにしたらいいじゃないかという人だからね、相談の対象にならないわけね。私たちでいうと、格之進にいさんみたいな存在からしらね。

 明日、ダイナ君は医大に点滴に行くらしいのよ。弥七も動物病院に行くんだけどね、夕方になるらしいわ。病院同士は近くにあるのにねえ、一回ですまないところがしんどいわよね。まあ、私は寝るわ。だって、私まで病気になったら、おかあさんもぶんちゃんも困るもんね。
cats-016.jpg
 そうそう、最後にお知らせです。

 弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
      okyodesu@hotmail.co.jp  まで
 
2007.01.03(Wed)22:12 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
 おめでとうございます。何がどうなっておめでたいのかわからないけど、おかあさんがそう言えっていうから言ってみました。助三郎です。今日は雨なんだよ。おとうさんは朝早くからギターかかえてどっか行っちゃった。静かでいいな。
flower-030.jpg
 僕と町子は昨年ストロバイトになっちゃってねえ、食べ物が味気ないのなんの。ダイナ君も結構きつい食事制限してるけどねえ、まあ食べる楽しみがないっていうのは、つらいもんよ。かわいそうなのは、年子ねえちゃんで、同じケージにいるもんだから、つきあわされて、おやつももらえないんだよ。ごめんね、ねえちゃん。

昨日のことなんだけどね、夜になっておかあさんがなんか真っ青な顔をしてるわけよ。というのも、おかあさんはPCの前によく座っているわりには、あまりPCで調べものをしないらしいんだ。混乱するからだって。ところが、たまたま弥七の病気について調べたわけ。そしたら、虫の駆除というか、消毒なんだけど、普通の消毒ではだめで熱湯消毒しないと効果がないらしいのよ。

 おかあさん、エタノールを吹き付けることばかりしてたものだから、真っ青になって、とりあえず、弥七のケージの床を熱湯で浸してたね。ハイターでお洗濯すればいいだろうとお洗濯してたらしいんだけど、これも効き目なし。実家から古いタオルもらってきて、使い捨てにするらしいよ。うちのタオル?うちのはね、既に動物愛護団体に送っているので、余分がないのよ。

 おかあさんは一日に三回、三個の湯たんぽにお湯を入れるんだけど、なんかもうお湯を沸かしっぱなしだよ。やかんがフル稼働。弥七が血尿っぽいって大晦日に言ってたんで、どうするのかなと思ったら、弥七のトイレに広告の紙を敷いて採尿しようとしたらしいのよ。ところが、弥七はそれまでトイレで排泄してたのに、猫砂がなくなったせいで、お布団の上でやっちゃうんだよ。おかあさんは一時、採尿は断念したらしいね。

 それにしても、排泄したっていったら、お湯沸かして手も足も拭いてやって、トイレも洗って、まあ大変そうだよ。でも、おかげで僕らのトイレもこまめにきれいにしてくれるようになって、「この子たちも大丈夫かな。長い間、検便してないし」だって。格之進にいさんも、お散歩にはいかないけど、お外に毎日少しだけ出てるから、土は大丈夫だろうかと、コクシジウムに対して戦々恐々って感じだね。何でも、ネットで販売していた寄生虫予防の消毒スプレーを購入したらしいけど、時期がほら、お正月じゃん。すぐには来ないんだよ。
cats-009.jpg
 新年そうそう大変そうだけどね、弥七はぶんちゃんやおかあさん、ダイナ君になれてきたみたいだね。ケージから出そうと、ケージの中に手を入れると威嚇してるけど、抱かれたらおとなしくしてるよ。鳴き声も最初の二日は全くしなかったけど、熱も下がって、湯たんぽの上でぬくぬくして、元気になってきたみたいだね。一人が寂しくなったら、鳴いて抱いてくれって言ってるよ。ボルシチもそんなところがあったなあ。僕もダイナ君に抱かれて、一安心だよ。

 町子は弥七が平気みたいで近寄っていって、じっと見ていたりするね。ボルシチというかぷうちゃんのときには、威嚇してたけど、弥七が病気なので、気の毒に思ってるのかねえ。それにしても、暮も明けても、うちは忙しいわ。そうそう、お知らせです。
  弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
      okyodesu@hotmail.co.jp  まで

cats-014.jpg
 あ~あ、おかあさん、忙しいからって冷凍うどん食べて、お昼にしてるようじゃ、風邪が治らないぜ。また明後日から、病院通いだろう。おとうさんがいない間によく寝ときなよ。
2007.01.02(Tue)14:24 |  日記  | コメント : 8 | トラックバック : 0
 謹んで、新年のお慶びを申し上げます。
cars-022.jpg
 猫族族長、年子です。

 皆様におかれましては、ますますご健勝のことと存知ます。
 昨年も私どもはあわただしい日々を過ごして参りました。えっと、おかあさん、この字何? 読めないんだけど。私、ダイナ君みたいに漢字検定の勉強してないし、使ったことのない言葉を言わされても、意味がわからないし。

 そういうわけで、年子です。皆さん、ご機嫌いかが? 新しい年といっても、おせちが出てくるわけでも、鏡餅を食べるわけでもなし、何もいいことないわ。それに、これから家族皆はおとうさんの実家に行って、ご飯を食べるんだって。私たち、ケージの中でお留守番。何がおめでたいよ。ぷんぷん。

 格之進にいさんは、おかあさんの実家に預けられてぬくぬくするらしいわ。格之進にいさんは、一人にしておけないからだって。年長者なのに、だらしないったらないの。まあ、いいけどね。人それぞれ、育ってきた環境が違うから順応性もいろいろよね。

 今朝、ご飯を食べていたら、おかあさんとダイナ君が結構あたふたしていたのよ。何かと思ったら、新しくうちに来た弥七ちゃんが、ケージの中のお布団におもらししたとかで、それが大きいほうだったらしいのよ。ご存知のように、弥七ちゃんはコクシジウムという虫の治療中じゃないの。再感染したら困るというので、おかあさんはダイナ君にビニル手袋を入れてもらって、いろいろと手伝ってもらっていたわね。

 え? ぶんちゃんはどうしていたかって? ぶんちゃんとおとうさんは寝ているわよ。ダイナ君は点滴に行かないといけないので、朝早くにおかさんに起こされたわけよ。点滴しながら寝るからいいらしいけどね。

 おとうさんはもう二週間以上、咳が出ているんだけど、おかあさんはダイナ君の入院で疲れが出てきたのか、一昨日から咳に加えて、鼻までずるずる言わせているわ。見たら、いつも飴をなめてて、いいなあ。

 そんなこんなで、いつもとかわらない我が家の元旦でした。いろんなことがあった昨年だけれども、今年は少し平穏であってほしいわね。そのためには、いろんな動物たちの生活が安全でないといけないのはわかっているんだけどね。

 とにかく、うちの中では弥七ちゃんの体調がよくなって、里親さんが見つかることが最優先ね。え? 何? おかあさん、これをお伝えしてって? はいはい、一番大切なことだからね。
  弥七ちゃんの里親さんになりたい方は鍵コメか、
      okyodesu@hotmail.co.jp  まで

 あ、そうだ。ぶんちゃん、来月、受験だそうよ。あまりに勉強しないので、「あんなので合格したら他の方に申し訳ない」とおかあさんは言っているし、おとうさんは「あいつは受験をなめきってる」と言っているわ。ぶんちゃんが合格すると、私、かわいがってもらってるから、離れ離れになるのがつらいので、私はいいんだけどね。

 ダイナ君もこれから一番厳しい冬になって、気が抜けないらしいのよ。入院の不安や感染の不安もあるらしいわ。

 そういうわけで、問題山積みの我が家ですけど、それなりに楽しんでやっていくそうよ。まあ、そんなお気楽な家族なのよ。
cars-023.jpg
 とにかく、皆さん、今年もよろしくお願いいたします。

2007.01.01(Mon)11:10 |  日記  | コメント : 10 | トラックバック : 0
<< | HOME |  >>
現在の位置
動物愛護(になってないかも)日記
 トップページ
  └ 月別アーカイブ
        └ 2007年01月
ペットショップ、ネットオークション、およびWeb(法人・個人共)での犬の生体展示販売・販売用生体写真掲載に反対

いつでも里親募集中
プロフィール

お狂

Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

表示中の記事
  • 2007年01月
--年--月--日 (--)
スポンサーサイト
2007年01月29日 (月)
いろいろな事件が
2007年01月27日 (土)
人生には四則計算がある
2007年01月25日 (木)
ダイナ君の移植を考える
2007年01月22日 (月)
なぜ? またまた?
2007年01月21日 (日)
またか!どうしてまた?
2007年01月20日 (土)
マックス、ありがとう
2007年01月16日 (火)
何枚服を持っていますか?
2007年01月15日 (月)
苦情のご相談
2007年01月13日 (土)
うどん屋さんで川柳
2007年01月12日 (金)
子供は嫌い
2007年01月10日 (水)
弥七ちゃん、元気です
2007年01月08日 (月)
All Is Well
2007年01月06日 (土)
新年のご挨拶  弥七
2007年01月05日 (金)
新年のご挨拶  ワット君
2007年01月04日 (木)
新年のご挨拶  格之進
2007年01月03日 (水)
新年のご挨拶  町子
2007年01月02日 (火)
新年のご挨拶  助三郎
2007年01月01日 (月)
新年のご挨拶  年子
練馬区で新しい家族を待っている猫さんがいます。詳しくは記事より。
近況コメント (8/16up) Finetoday
最近のトラックバック
リンク
このブログをリンクに追加する
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア

星が見える名言集100
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

カテゴリー
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

12月 | 2007年01月 | 02月
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -


ブログ内検索
RSSフィード
フリーエリア

レンタルHP


Template by cosmuremure
ここはフリースペースです!ご自由にリンクを貼ったりコメントを書いたりして下さいませ!
【広告】 FC2ブログ 【広告】


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。