動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

by AlphaWolfy
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 今日も今日とて、お狂です。

 今日、ダイナ君のお部屋には中学生の男の子が入ってきて、四人部屋を二人使用となりました。彼はカーテンを開けているので、お部屋が明るいです。最近はどの子もベッド回りのカーテンを閉めるのですね。それで、なんかお部屋が暗いのですが、ダイナ君が窓際なので、私はブラインドを全部あげて、カーテンも寝るとき以外は全開にしておきます。そうすると、明るいじゃないですか。

 さて、今日、昼過ぎに腎臓内科の先生が来られて、別室でお話がありました。ダイナ君も一緒に聞きましたが、夏休みに腎臓移植を勧められました。ダイナ君も私も腎臓移植はしたくないと思っていたので、堪えましたね。ダイナ君はお布団をかぶって泣いていました。私も暗澹として、おりました。お話を聞いてから、一度家に帰りました。暗くなりましたね。

 格之進を引き取って、家に帰って、いろいろと家事をしているうちに、世帯主が帰宅。それでまたダイナ君のところに行きました。車を運転しながら、突然気合が入りました。

「ここからが勝負だ」

 何が勝負かといいますと、別に試合をしているわけでも、勝ち負けの判定が必要なわけでもないのですが、私は十字架を背負っています。で、聖書のお話ですが。

 イエス様の祖先アブラハムの孫にヤコブという男性がいます。彼は自分のしたことによって兄と争い、故郷を去らねばならなくなります。逃亡先で結婚し、故郷に帰ることになるのですが、あと少しで故郷だというペヌエルという場所で、家族を先に行かせて自分は一人残るのです。その一人のときに、現れたのが、神様と言われています。何しに現れたか。ヤコブと格闘するためです。夜明けまで格闘して、神様は「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」といわれます。ヤコブは「いいえ、祝福してくださるまでは離しません」と答え、ヤコブは神様に祝福していただくのです。

 聖書の中のこの箇所はいろいろな示唆に富んでいます。神様は人間に負けるわけがないのに、どうしてヤコブを勝たせてあげたのかとか、ヤコブはこの格闘でイスラエルという名前を貰うのですが、これはどういうことかとか。私がここの解釈で一番そうだなと思っている解釈があります。この箇所は祈りの原型であるというのです。

 人間にはそれぞれ思いがあります。神様にこうしていただきたい。物ごとがこうなってほしい。私はこうしたい。ところが、神様にも思いがおありです。このことはこうしたい。こうなるようになっている。それによって、未来がこうなる。という筋書きみたいなものですね。

 祈りというのは、自分の思いと神様の思いがぶつかることなのです。よくクリスチャンは「みこころのままに」といいます。神様がそうなさりたいと思うようになりますようにということですね。よく「みこころなら合格させてくださいますように」とか祈る方もいらっしゃいます。

 ところがみこころがどうであろうが、知ったことじゃない。私はこうしたい。こうなってほしいのだ。という強い思いがありますと、ただただ「神様、お願いします。お願いしますよ。私の願いをきいてください」と祈ることになります。神様も真摯な方ですから、そういうわがままな祈りもきちんと聞いていらっしゃいます。「やれやれ」と思っていらっしゃるでしょう。「仕方ないなあ。相手してやるか」というのが、このヤコブのペヌエルでの格闘ということになります。

 それでですね。ダイナ君です。ダイナ君は移植したくないと言っています。私も今はしたくないのです。しかし、先生がたは夏休みにしないと手遅れになるかもしれないとおっしゃっています。今それを心情的に受け入れられないのですね。

 ここからが勝負です。私は神様と格闘しにいきます。自分の思いをぶつけます。移植したくない!! そう訴えます。夜明けまで格闘するのですが、夜明けというのが私にとっていつかはまだわかりませんね。格闘した末、神様が「わかった」とおっしゃるか、私が格闘に負けて、「わかりました」と素直に受け入れるようになるか。これはわかりません。

 一ついえることは、私が負けたときには、「わかりました。移植します」と、私は心から思えるようになっているということです。この格闘の過程をとばすと、ずっと悶々として「いいのか悪いのか」確信をもたないまま、時が過ぎていくことになります。格闘したヤコブはどうなったか。聖書にはこう書かれてあります。

 ヤコブがペヌエルを過ぎたとき、太陽は彼の上に昇った。ヤコブは腿を痛めて足を引きずっていた。

 格闘が終わったヤコブの上に雲はありません。

 腿を痛めるということがどういうことなのかというお話はまた機会がありましたら。

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2007.04.05(Thu)00:22 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 0
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Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

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2007年04月05日 (木)
ここからが勝負だ
練馬区で新しい家族を待っている猫さんがいます。詳しくは記事より。
近況コメント (8/16up) Finetoday
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