動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

by AlphaWolfy
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 今日も今日とて、お狂です。

 八月は終戦記念日ということもあって、平和について考えることが多い月です。今月、3日と4日には、京都市と比叡山のある大津市で、「世界宗教者平和の祈りの集い」が行なわれました。この集いは実に20年続けられていて、今年が20周年ですね。比叡山ですから、仏教からのお誘いで多くの宗教家たちが集まってこられました。20年前に集うことは、ある意味命がけみたいなところがあった宗教家たちもいらっしゃいました。イスラム教の代表者は、比叡山に出かけていって、キリスト教の宗教家と同じ席につくことが危険なことだったんですね。

 私がクリスチャンであることはご存知だと思います。おまえみたいなのがクリスチャンかと言われるこもありますね。ダイナ君の治らない病気と戦うことが重たくなってきて、自分が戦うのではなくて、「もう神様、おまかせしますから、あなたが戦ってください」とお願いしたんですね。どうしてキリスト教だったかというと、中学、高校と教会に通っていたからですが、聖書に書かれていることが理にかなっていると思ったんですね。おそらくキリスト教を信仰している方の中で、自分は宗教をやっているのではなくて、真理を追究してこうなったのだと考えていらっしゃる方、多いですね。

 それはさておきです。この大会では、最初に現在アフガニスタンで拉致されている韓国のキリスト教徒の方々のために声明が出されました。当然といえば当然です。また、「宗教が平和をもたらすものではなく、戦争をもたらすものになっている」という意味の発言もされました。環境問題についても意見が出ました。地球を守っていくということですね。

 残念ながら、いつも物議をかもし出す、イスラム原理主義の方も、キリスト教原理主義の方も参加はなかったです。まあ、来るとなったら、大変なことになるでしょうけれども。

 自分がクリスチャンなので、その立場からいいますとね、どの宗教もそうでしょうが、信じる対象というのがありますよね。ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は、これは理解できないでしょうが、同じ神様なんです。ところが、相容れない。ユダヤ教はイエス様を拒否しています。キリスト教はイエス様を通らなければ救いはないと言っていますね。イスラム教は、イエス様は預言者であって、神様の側の方ではないとしています。同じ神様を信じていても相容れない。ここにゾロアスター教や仏教の様々な宗派が加わっています。宗教の話をするなら喧嘩しかしないでしょう。

 しかし、今回のテーマは和解でしたけれども、宗教というものが、現実の世の中の多くの問題に解決を提示できなければ、何にもならないのですね。今回、平和を得るために、集まった多くの宗教家、皆、おそらく多くの期待と反省とを持ってこの席に望まれたと思います。

 歴史の中で、多くの宗教戦争がありました。これは利害がからんでいたからです。その利害は神様の利害ではありません。人間の利害です。宗教によっては対立もあり、憎しみもあったでしょう。それを反省し、未来には平和を期待する。そのために、対立することをやめ、平和を望んでいることをアピールしているんですね。

 私はいつも思うんです。クリスチャンですからね、教会が現実問題に何の解決の糸口をも提示できないことに、半ば憤りを感じているんですね。中学生や高校生の生活に、中絶は身近なものとなっています。これに対して、キリスト教はどういう解決方法を提示するか。モーゼの十戒の「汝、姦淫するなかれ」ではなんの解決方法にもなっていないんですね。やってはいけないことをやるなというには、「なるほど、やってはいけないんだな」と納得する内容を話さなければなりません。「やってはだめなんだ」「大人ならいいの?」みたいな会話では、なんの解決にもなりません。

 どんな社会問題に対しても、きちんと解決を提示できなければ、その宗教は真実ではなくなってしまいます。絵に描いた餅を見せられて、誰が嬉しいですか。上記の例は身近な例ですが、平和ですね。世界で起こっている戦争です。これに対して、具体的にどういう行動を起こすのか。それができなければ、宗教として存続することができない。そういうことになっていると、わかっておられるのかなと思ったりしますね。対話は必要です。対話できるようになったことは前進なのでしょう。宗教で政治を動かさせてほしいと言っているわけでも、アフガニスタンに乗り込んでいって、拉致された韓国の方々を解放してくれるように直談判してくれと言っているわけでもありません。しかし、真理としての宗教が無力であるのを見せ付けられたら、これは存在意義がありません。

 真理には力がある。物事を変えていく動力がある。そう願っています。

 それと同じようにです。動物愛護も環境問題も、スタンスとしては一種、この宗教とかわらないところがあると思うんですね。背中に看板を背負っています。一つ間違えれば、運動に障害をもたらします。戦争ではなく、平和をもたらしていただきたい。問題を定義するとともに、解決方法を提示しないければならない。

 熱意は時には、方向性を間違うことがあります。最初は善意で始まったものが、人間のエゴに取り込まれてしまうことがあります。同じ基盤に立っている仲間によって、罵倒されることがあります。

 さて、そこで存在意義です。原点だけはぶれないように。そこには善意からでた良心だけがありますように。

 そんなことを願っています。
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2007.08.17(Fri)00:54 |  日記  | コメント : 4 | トラックバック : 3
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お狂

Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

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2007年08月17日 (金)
堅い話ですが
練馬区で新しい家族を待っている猫さんがいます。詳しくは記事より。
近況コメント (8/16up) Finetoday
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