動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.--(--)--:-- |  スポンサー広告
 今日も今日とて、お狂です。

 今日、クリスチャンの友人がうちに来てくれました。九月よりずっと一緒に祈ろうとしていたのですが、できずにいたのです。祈りというのは、クリスチャンにとって呼吸みたいなものとされています。神様に対して、自分の思っていることを話すのですが、大抵は「お金がありませんので、与えてください」「病気を治してください」みたいな願望、「お金を与えてくださってありがとうございます」という感謝、「私はどうしたらいいのでしょうか」という道を示していただくこと、など、まあ親子の会話をご想像ください。

 キリスト教が他の宗教と違うこと。これは「とりなしの祈り」という形があることです。とりなしというのは、他の人の願いをその人にかわってお祈りする。というか、「お願いします。与えてあげてください」ととりなすというのでしょうか。

 ソドムとゴモラという非常に背徳的な町がありました。神様がその町を滅ぼそうとした時に、アブラハムというユダヤ人の先祖となる人が「どうか、その町に十人の正しい人がいたら滅ぼさないでください」とお願いする。この形が原型と言われています。

 とりなしの祈りというのは、クリスチャンは誰でも気軽にやります。「私のために祈ってください」「祈ります」と簡単に言うのですが、実は非常に難しい祈りとされています。なぜなら、当事者に代わって祈るわけですから、当事者と同じ痛みを理解しないといけないわけです。その人の心情がわかって、その人に成り代わってと言うのでしょうか。これができる方はそうおりません。

 今日、うちに来てくださった方は、私が現在一番信頼しているクリスチャンの一人です。クリスチャンと一言でいいますが、キリスト教には、ご存知、旧教もあれば新教もある。新教にも多くのスタイルがあります。同じ教会でも、考え方が違う方が多くいます。考え方が違うのはいいのですが、同じ悩みを持つというのでしょうか、教会の置かれた状況を同じように憂えることができる、となると、なかなか仲間がいないのです。その人の持っている信仰というのがそれぞれ違いますから。日曜に礼拝に出席していればいい、という方もいらっしゃれば、積極的にイエス様の愛を述べ伝えていこうと方もいらっしゃいます。また、自分の属している教会はこういうスタイルだけれども、改革が必要だと思っていらっしゃる方もいらっしゃいます。

 そういう中で一番、お互いの信仰を理解し合えるというのでしょうか。全く同じ考え方ではないですが、同じでなくてもいいのですね。その父親の子供が何人かいて、いろんな子供がいるじゃないですか。違っていていいんです。しかし、父親にたてついたときは、兄弟が父親が叱る前にばしっと叱る。こういうこともありますね。

 それはさておき、聖書を読んでから、まず、私の方から最近の状況、自分の置かれている状態、感じていることなどをお話ししたのです。

 動物愛護に足を突っ込んでから、初めて乳幼児、高齢者などに目が行くようになりました。同じように自分の思いを言葉にできないからです。言葉で訴えられないということは、どういうことかというと、いいようにされるということです。動物が何のために生まれてきたのか。苦しむためでも、狭い檻の中に閉じ込められるためでもない。乳幼児も高齢者も言葉で訴えられないために、同じように虐待を受ける。言葉が使えない命のために、言葉で訴えることができる人間が代弁者として訴えていかなければ、虐げられたままです。

 しかし、どの問題も根本的な解決方法は意識を変えること。社会の意識を変えねば、言葉で訴えられないことをいいことにいいようにされてしまう。私の祖母は介護施設に入っていますが、オムツを替えてくれる時間が決められていて、それ以外の時間に交換してくれません。

 そこまで言うと、幼稚園の先生である年上の友人は私の話の先を続けました。

 そうそう。うちもそうなの。交換してくれる時間がどうこうというのはね、まだいいのよ。私の主人の母。オムツだけしかはかされてないの。パジャマのズボンをはかされてないのよ。面倒くさいのはわかるのよ。一人でオムツの交換はできない。患者はいっぱいいる。空調がきちんと整っているから、いいではないかと思うのでしょうけど、これって命の尊厳という問題から見れば、非常に大きなことなのよ。人間として扱われていないということなのだから。お願いするのよ、はかせてくださいって。でもだめ。生きているっていうことは、こういうことではないと思うのだけれどもね。

 そうですね。介護施設は人手が足りません。だから、効率を考えればそうなるのでしょう。そういうことがまかり通っているのが、そもそも間違いですよ。意識の変革が必要なのです。一生懸命生きてきて、最期がそれでは惨めすぎる。そんな最期を平気でおくらせるそういう意識を変えないといけません。だかれどもね、意識の改革というのは簡単にできない。行政も法律も最終的に変革していかないといけないんですよ。ハードルが高すぎる。やってもやっても、訴えても訴えても、改善されないとむなしくなります。

 そこで彼女は私が一番聞きたい言葉を、そして言い続けている言葉を私に言ってくれました。

 あきらめてはだめ。

 私はいつも言っている言葉を彼女に、そして自分自身に、それから神様に言いました。

 そうですよね。今は無理でも、できることから一つからでも訴えていく。明日は無理でも一月先に変わるかもしれない。半年先に無理でも、一年先には変わるかもしれない。五年先に無理でも十年先には。私が生きている間に無理でも、子供の時代には。

 そして私と彼女は、クリスチャンであることを感謝しました。なぜなら、人にはできないことも、神には出来るということを知っているからです。私にはできない、だから神様にお願いして動いていただくのです。それから二人で祈りました。

 彼女が帰っていった後、勇気がわいてきました。私に何ができるわけでもない。しかし、あきらめない。動物の命も乳幼児の命も高齢者の命も、言葉で訴えられない命の尊厳を守っていかねば。あきらめずに、訴え続けていこう。この社会が変わらなければ、明るい未来などありませんから。

 動物愛護などという言葉がなくなる社会、乳幼児の虐待という言葉がなくなる社会、高齢者介護の悲劇という言葉がなくなる社会。命の尊厳とは愛されるということだと思っています。愛されていると確信し、生きていくこと。それが命の尊厳だと思っています。

 人の一生も動物の一生も、あまりに短い。だからこそ、愛されて生きていたい。祈りつつ、そう願うのでした。

 
スポンサーサイト

2006.12.04(Mon)01:43 |  日記  | コメント : 2 | トラックバック : 0

私の娘が通っていた中学では、職場体験と称して、中学生の体験を受け入れてくれる職場で2~3日お手伝いする。。。というのがあって、娘は養護老人ホ-ムを選び、行きました。
よい経験でした。でも、お年寄りを流れ作業のようにお風呂に入れる様子にはショックを受けていました。丸裸にされたお年寄りが順番待ちをしていて、そこには『羞恥心』『尊厳』という言葉が忘れられていたと言うのです。
少人数でお世話しているのだから効率を考えると仕方ない。。。。のかもしれませんが、考えさせられます。
ホ-ムでの遊びもびっくりしていました。「あんな幼稚な遊びをさせられて、お年寄りがかわいそうだった。。。」と感じたようです。年を取っていても頭が幼児になったわけではないのですから難しいですね。。。。。。。


2006.12.05(Tue)17:57 | ねこつかい #- | URL [ 編集 ]
ねこつかいさま
子供にも高齢者にも動物にも、
いつでも「生きていてよかった」
「愛されている」と実感してほしいと思います。
愛されたことのない命は、愛することを知りませんから。
娘さんには確かに、ショッキングな体験だったでしょうね。
しかし、ふと自分が誰でも愛せるのかというと、
これがまた「愛のない自分」という存在にぶつかってしまう。
愛されることも、愛することも難しい時代にきているのでしょう。


2006.12.06(Wed)00:56 | お狂 #- | URL [ 編集 ]
コメントを投稿


トラックバック
<< | HOME |  >>
現在の位置
動物愛護(になってないかも)日記
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
動物愛護(になってないかも)日記
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2006年12月 04日 (月)
  ├ カテゴリー
  |  └ 日記
  └ 命の尊厳
ペットショップ、ネットオークション、およびWeb(法人・個人共)での犬の生体展示販売・販売用生体写真掲載に反対

いつでも里親募集中
プロフィール

お狂

Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

表示中の記事
  • スポンサーサイト
  • 命の尊厳
  • --年--月--日 (--)
  • --時--分--秒
  • この記事にはコメントできません。
  • この記事にはトラックバックできません。
  • 2006年12月04日 (月)
  • 01時43分43秒
by AlphaWolfy
最近のコメント(コンパクト)
データ取得中...
練馬区で新しい家族を待っている猫さんがいます。詳しくは記事より。
近況コメント (8/16up) Finetoday
最近のトラックバック
リンク
ブロとも申請フォーム
フリーエリア

星が見える名言集100
全ての記事を表示する
カテゴリー
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2017年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


ブログ内検索
RSSフィード
フリーエリア

Template by cosmuremure
ここはフリースペースです!ご自由にリンクを貼ったりコメントを書いたりして下さいませ!
【広告】 FC2ブログ 【広告】


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。