動物と暮らす日々を、動物愛護の観点から綴っていきます。

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 今日も今日とて、お狂です。

 昨日、広島ドッグパーク関連の裁判が開かれたようです。原告は前に記事にした記憶がございますが、小学校の先生ですね。子供たちが広島の犬さんのためにとお金を持ってきてくれて、それを寄付した。それが広島の犬さんではなく、別の目的に流用されているということで告訴されたらしいですけどね。訴状はどうなっているんだろう。そんな単純なことだけではないような気もしますね。いろんな問題をはらみましたからね。

 その裁判に傍聴に出かけて、始まる十五分前に陳述することになった方のブログを覗いてきましたら、まあ鍵コメばかりでしたね。びっくりしました。これだけ鍵コメが並んでいるのは初めて見ました。その方が鍵コメの返答をしつつ、言われていたことにうなりましたね。何ヶ月か広島にボランティアに行って、あの団体がおかしいことに気がつかない感性をお持ちの方と一緒にはどうも、みたいなことを。

 この方は広島ドッグパークの事件が始まってすぐに、AAに犬さんのことでいろいろ尋ねたらしいです。わかったことが、「どうもあの団体は犬の種類をよく知らないらしい」ということと、質問にたいしてきちんとした返答がなされないということ。それで最初からおかしいとおしゃっていました。そのせいで、ブログは荒れてましたねえ。

 今更この事件について言ったところで、仕方ないですが、最初は私も応援しておりました。それで偉そうなことはいえませんが、応援しつつも一つひっかかることがありました。それは何かと言いますとね、AAのメンバーの方のブログをあの事件より前に少し読んでいたんですね。事件がどうこういうのではなく、その方の書き方が非常にいやだったんです。個人的なものいいが何というのかなあ、インターネットが公共性のあるものという認識がないというのが非常にいやだったんですね。

 たとえば、公務員の方がブログを書いていて、窓口にやってきた人のことを書くと。「なんでそんなに杓子定規なんだよ。融通がきかないおまえの給料は税金だろ」と言われたとします。そう言われたとブログで書いて、「首しめてやりたかった」と書いたとしたら、なんかいやじゃないですか。たとえがうまくなくてすみません。

 今回そのブログに群がって、いろんな方が「頑張って」「信じています」と言っていた。あの現象がなんか怖かったなあ。個人の資質と犬さんを救う団体に所属していること。それがこれほどかけ離れていると感じたことはなかったですね。皆が応援すればするほど、「どうもおかしいなあ」という気がしたのは、情報公開がなかったせいですね。「おかしいなあ」と思って、声を上げていた人もいました。なのに、袋叩きにあってしまいましたね。皆、冷静に物事を見られなかったのだろうか。

 皆様の中にもご経験のいらっしゃる方、おられると思います。ブログで何か意見を言うと、誹謗中傷されるということ。また正反対の意見の人がやってくるということ。ブログでなくその人の私生活で敵対している人がいて、ブログ上でそのあらましを書くこと。

 私は悪くない。反対意見をコメントしたい。違うよと言ってやりたい。しかし、そう言えばことが大きくなってしまう。ブログが荒れて、閉鎖に追い込まれてしまう。それを避けるために、黙って冷静に最小限のことを書く(全くの黙殺はブログの場合はまずいかもしれませんね)。

 何をとるかと言ったときに、自分の立場を正当化する意見を書く、つまりは自分のためではなく、場当たり的に見えるかもしれませんが、ブログ上で冷静に意見の交換ができるようにする。それをとらないなら、この場合は動物愛護の看板を背負ってたっている責任は遂行されないでしょうなあ。

 私はクリスチャンですと何回も書きましたけど、「あなたのような人がクリスチャンですか?」といわれるようなこともしましたよ。ブログのコメントで「あなた、偽者のクリスチャンじゃないですか、そのものいいは何なの?」と言われたとしたら、私はすぐ謝りますよ。言いたいことはあっても、「申し訳ありませんでした」と謝るでしょう。私が「そういうあなたは何ですか?」と言ったなら、喧嘩ですものね。クリスチャンという看板を背負っていたら、その点をつかれたなら、イエス様の顔に泥を塗ることはできることならしたくありません。って、泥を塗ってることはよくあると思います。でもまあ、ブログの場合はまずそれを考えますよ。

 日本の動物愛護運動を担ってきた方々がいて、それを受け継いだ方がいて、時には間違いもあったでしょう。そこから学んでいくことも多いでしょう。誰でも間違うのです。しかし、間違えたなら、潔く謝る。目的のためにです。目的のために、誰とでも手を組めるように、インターネットといえども礼儀を持って、人と相対する。

 広島ドッグパークの問題を眺めていて、私が学んだことはそういった点です。せめて原告の代表の方の生徒さんが、悲しまないようにしていただけたら。相手を見抜けなかったのは大人の責任かもしれませんが、生徒さんたち子供には何の責任もないのですから。でも、今更どんな説明もできませんよね。

 
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2007.04.21(Sat)00:27 |  日記  | コメント : 6 | トラックバック : 0

本当のことはずっと後で解るんだと思っている。テレビで報道されて一夜でヒーローになったり極悪人になったり、速すぎるんだ。ゆっくりと理解して考え、必要ならば見に行って初めて意見も言えるんじゃないのかな。センセーショナルなブログ記事にワッと来て蜂の巣をつついたように荒れるのはいつも本当のことを見えなくしてしまうでしょ。公開コメントできちんと答えていて情報も出していけば、発展的に良い方向へ行くものだと信じていたけど、ややがっかりですな。ネットでは嘘はいくらでも書けるし、テレビはやらせでどんな世論でも作ってしまうからね。とくに動物愛護の旗を立てると人間性や生活まで露出してどろどろとしてくるのです。ボランティアさんが主役の、すかっとした模範的レスキューってのは出てこないのかな。それもリーダーの人間性でしょうかねー。

2007.04.22(Sun)01:42 | みゆき楽団みゆき #ulujXjxo | URL [ 編集 ]
みゆきさま
その通りですね。
ある意味、インターネットの発達によって時間の流れにゆとりがない。
ゆっくり考える間もなく、人の意見が次から次へと。
人が集まって議論しているなら、見えてくるものもはっきりしてくるでしょうが、
顔を合わせていないというのもこわいものがありますよね。
言葉使いの荒い方が悪い方だとは言えないように、
コメントがきつい言葉だから敵だなんて短絡的に考えるようにはなりたいくないですね。

2007.04.22(Sun)01:51 | お狂 #- | URL [ 編集 ]
お狂さんの記事を読むとき
私は自分の私生活や仕事上におけることに置き換えて読んでしまうことがあります。今回もそうでした。
表面的な問題は別でも根本は繋がってますよねきっと・・・。
喧嘩のようなやりとりでなにかが生まれるとは私には考えられないし・・・。
というか、悪態つき合って何かが解決したり生産されたりしたことは
経験上ありませんし・・・。
一時的にカッとなることはあるとおもいます。人間だもの。
でも本気で解決しようと思っていたら喧嘩だけで終了、にはなりませんよね。

2007.04.22(Sun)13:50 | 「はたらくネコ。」の同居人 #- | URL [ 編集 ]
「はたらくネコ。」の同居人さま
私は人生の半分はおそらく終わっていると思いますが、
若いときは、多くの方に甘えてきたと思います。
この程度は許されると思っていたところがあって、ずけずけと物をいい、人を傷つけてきました。
毒舌が自分のキャラだと思っていたのですが、
今になると、もう少しやり方はあっただろうなと思うのです。
人の不快感というものに対して鈍感だったのですね。
今、ブログを立ち上げていて思うことは、
誰もが作家になりえるし、記者になりえるんですね。
公共の場に出ていっているんですよ。
ということは、責任があるということです。
意見を言うときには、納得していただくレトリックが必要ですし、
建築的なものいいが必要です。
書き散らして平気でいるような鈍感な人間は、公共の場で意見を言ってはいけないのです。
とはいえ、間違いはありますし、人様を傷つけることもあるでしょう。
気がつかないうちにそういうことをしていて、ご指摘があったら潔く謝る。
私もどうかなと思うときには、ご意見させていただくこともありますが、
それはあくまで鍵コメでです。
それくらいの礼儀があってしかるべきでしょう。
私が逆の立場であったなら、鍵コメで指摘されたら、
翌日の記事本文で「これこれこういうご指摘がありました。不愉快な思いをされた方々にはお詫び申し上げます」と書きますよ。
場合によっては、そのご指摘自体が記事にできないこともありますけどね。
そういうときは、何を言われても平気だという気持ちで、記事は削除します。
憶測を生むでしょう。
それはいたし方ありません。

2007.04.22(Sun)14:07 | お狂 #- | URL [ 編集 ]
広島ドッグパークの事件は、こちらの比較的近い所で起きたことと言うこともあり、とても関心がありました。
私も最初は密かに応援しておりました。
私は代表の方が第1回目の譲渡会の時に「今後は家庭犬として幸せに暮らして欲しい」とおっしゃったことがとても印象に残って、つらい目にあった犬たちが幸せになって欲しいと思ったのです。
犬の幸せのために、それだけが目標であったなら…
私には何が正しくて、何が正しくないのかよく分からない。白黒はっきりつけられるものの方が少ないのかも知れないけど。
本質を見るってことなんだろうけど。。。

2007.04.22(Sun)22:15 | にゃん吉ママ #- | URL [ 編集 ]
にゃん吉ママさま
私は広島ウォッチャーでしたので、いろんなブログを毎晩見ておりました。
中で何が起こったのか、ボランティアに行ってなければわかりません。
しかし、妙な感じは当初からありました。
悪い噂が流れているけれども、ボランティアに行っている方々のブログでは沈黙があったのです。
なぜだろうとずっと思っていましたが、反論したら「もう来なくていい」と愛護団体の方に言われるからということでした。
犬さんのために我慢していたボランティアさん、最後には立ち上がってくださいましたが、
最初にもっと疑いのまなざしを持っていれば、
助かる命も助かったし、本当かどうかわかりません、仔犬たちがどこに行ってしまったのか。
疑問が多くあります。
それに答えてくれないということが一番の問題ですね。


2007.04.22(Sun)23:34 | お狂 #- | URL [ 編集 ]
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プロフィール

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Author:お狂
社会人から大学院生となった娘ぶんちゃん(猫担当)と大学を卒業した息子ダイナ君(爬虫類、特に亀と恐竜担当)の母親(犬担当)。
先天性代謝異常メチルマロン酸血症のダイナ君と過ごすうえでの出来事、社会に対して思うことなど、動物愛護とは関係ない日もしばしば。
画像提供:ぱたぱたアニメ館(http//www.pata2.jp/index.html)

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